ありえない光景





入学式からあっという間に1ヶ月が過ぎた。

覚悟はしていたけれど、授業スピードはものすごく早い。1年時から当たり前のように受験を意識したカリキュラム。

ただ意外だったのが課題というものが用意されないこと。自主学習は各人に任せ、その結果授業についていけなければ自己責任。そういうことなんだろう。

本当に相凛学園に入学したんだな、と今更ながら実感している。

「鷹臣、飯食いに行こ」
「ちょっと待って。今行く」

俺は隣の席の佐川 洋介とよく話すようになっていた。昼休みも一緒に昼食を食べる。人懐っこくて話しやすい良い奴だ。今日も俺は弁当、洋介も売店で購入したパンを抱えて中庭に向かった。

「そういえば、お前の同室生ってみどり先輩だよね」
「うん、そうだよ」
「あの人って高遠先輩と付き合ってるんでしょ?」

入学してすぐに、縁と勝威さんがこの学園では有名な存在であることを知った。兄弟でビジュアル的に目立つ2人だから、当然といえば当然だ。

縁に至っては「えん」ではなく「みどり」という間違った名前の方が浸透している。原因は高遠さんがわざとそう呼ぶせいだけど、本名で「みどり」だと思っている生徒も結構多いようだった。

「そうみたいだね。俺はよく知らないけど」

洋介のことは信用しているけど、2人のことを勝手に俺の口から話すのは抵抗があった。

「この前みどり先輩と初めて廊下ですれ違ったんだよね。噂されるだけあってすげー可愛いかった。オーラが違うんだもん。私生活が想像できないな」

「別に中身は普通だって。家事もちゃんと分担してくれて、優しい先輩だよ」

高遠さんと縁と3人でいつも晩御飯を食べている話をすると、洋介はかなり驚いていた。

入寮初日以来、高遠さんは毎日俺たちの部屋に遊びに来る。勝威さんは来たり来なかったりまちまちだ。高遠さんが無理矢理連れてくることもある。来るかどうかはわからないけれど、一応毎日4人分作ってしまう。

人数が増えるだけなら料理の手間は然程変わらないし、賑やかな食卓を俺自身結構楽しんでいたりする。

「……そういや、お兄さんの勝威さんもさぁ」
「ん?」
「…や、なんでもない。あの人もモデルみたいでかっこいいよね」

今、何を言い淀んだんだろう。

気になったけれど話題を変えられてしまっては聞き返すこともできない。縁に言われたこともあり、俺はなんとなく勝威さんのことが気になっていた。

「やばい!俺今日次の授業の準備当番だったんだ!悪い、先戻るわ。」
「うん、また後で。」

洋介は慌しく教室へ帰っていった。昼休みはまだ30分以上残っているから、裏庭に行くことにした。

殆どの学生は食堂を利用しており昼に外に出る生徒はめったにいない。入学してすぐ落ち着ける場所を探しているときに、偶然木々の生い茂った裏庭を見つけた。一人になれるこの場所が俺はわりと気に入っている。

けれど、いつものベンチへ向かう途中で、すでに誰かが座っていることに気がついた。

2人並んで座っている後ろ姿。先約がいるなら仕方ない、と元来た道を戻ろうとした、そのとき。左に座る小柄な学生が、隣の背の高い生徒に顔を近づけた。


……キスしてる。


男子校だから当たり前なんだけど、男同士だ。縁と高遠さんのことは素直に受け入れられたけど、こうして実際の現場に直面すると、流石に動揺を隠せない。

ふと、背が高いほうの学生がこちらに視線を向けた気がした。数メートル離れているから、はっきりとはわからないけれど。

ていうか、あれって……勝威さんじゃない?


気がづくと俺は、その場を走り去っていた。自分の教室に辿り着くまでのことは、あまり良く覚えていない。






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