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2/7/Fri







寒さに耐えながら、今日はいつもより早く布団から出た。窓の外は今にも雪が降りそうなくすんだ空の色。こんな日くらいは晴れて欲しかったなと思う。

今日は相凛学園合格発表の日。合否は郵送での通知と聞いている。早起きした甲斐も無く、書留が届いたのは昼過ぎだった。

チャイムの音で1階に下りて玄関を覗くと、すでに母さんが封を空けて中の書面を取り出しているところだった。

「俺より先に開けるかな」
「誰が見たって結果は変らないんだからいいでしょ?」

今夜はお祝いだね、と渡された封筒。隙間から"合格通知書"の文字が見えた。

「隼人、今日うちでやる合格祝いね、真木乃君も来るから」
「は!?なんで?」

合格に喜ぶ暇もなく、予想外の母さんの言葉。

「午前中に真木乃君のお母さんから連絡があって、向こうも合格だって。隼人も受かってたら一緒にお祝いしようって言ってたの」

「いつの間に連絡取り合ってたんだよ…」

去年の12月に美術室の前で話して以来、真木乃とは一言も話していない。それどころか、たまに廊下ですれ違うときには、心底嫌そうな顔でこちらを睨みつけてくる。

俺、あそこまでされることしたっけ…?

気まずい。とにかく気まずい。
何を話せばいいかもわかんないし。

そもそも真木乃は来るだろうか。あいつのことだから、俺と合同の合格祝いなんで嫌だってはっきり断りそうな気もするけど。


……って、期待していたのに。



「……お邪魔します」

相変らずの、超絶不機嫌そうな顔で真木乃は現れた。隣には真木乃の母親。小柄で華奢なところが真木乃に似ていると思う。

「真木乃君いらっしゃい!美智子さんも、うちに来るの久しぶりね〜」
「誘ってくれてありがとう。これ、ケーキ」

本来の主役である俺たちはそっちのけで、母親同士が盛り上っている。「合格祝い」として用意された食事を食べ始めても、真木乃は俺の方を見ようともしない。

「じゃあ、隼人と真木乃君は2階で遊んできたら?」

予想通り、恐れていた展開。

絶対こうなると思ったんだ。久しぶりに再会した母親同士、子供抜きで話したいこともあるんだろう。つまりは"邪魔だから2階にいってて"ってことだろ。それなら最初から合格祝いなんて名目じゃなく、普通に2人で会ってくれたら良かったのに。

言われたとおり、仕方なく俺の部屋へ真木乃を連れて行く。

「……飲み物取ってくるから、適当に座ってて」

耐え切れず部屋から出てしまった。俺さ、結構誰とでも話せるんだよね。適当な話振ってそれなりに盛り上がる程度の会話。そういう広く浅いコミュニケーションが得意なタイプ。

でも真木乃に対しては何も思い浮かばない。どんなことに対して興味をもつのか、何が地雷で怒るのか、さっぱり見当もつかない。

コーラとお茶のペットボトルとグラスを用意して部屋に戻ると、真木乃は立ったまま本棚を眺めていた。

「真木乃、飲み物どっちがいい?」
「そう呼ぶなって言わなかったっけ」
「小さい頃もこう呼んでたじゃん…」

真木乃は一瞬驚いた表情を浮かべる。俺が昔のことを覚えていたのが意外だったらしい。

少しだけ不満そうではあったけれど、それ以上、呼び方については何も言わなかった。

「真木乃、本棚が気になるなら読んでいいよ」
「これ全部お前の漫画?」
「この段から下は父さんの。置き場所貸してるんだよね」
「絶版のやつもある…」
「へー、そうなんだ。読んだことあるの?」
「無いよ。古本屋では結構な値段になってたし…」

その漫画は俺達の生まれる前に発売されたもので、父さんのコレクションの中の一つだった。
息子の部屋に預けるくらいだからそんなに貴重な物だとは思っていなかった。

真木乃が漫画なんて、興味無さそうに見えるのに意外な感じ。

「父さんから持ち出し禁止って言われてるけど、この部屋で読むなら自由だよ。読んでいけば?」

「全部で32巻もあるんだよ」

「真木乃の家うちの近くなんでしょ?読みたいときに来ればいいじゃん」

険悪な雰囲気を変えたくて、何気なく口をついて出た言葉だった。いつもそうだ。その場の空気を読んで適当なことを言ってしまう癖がある。

「……ありがとう」

真木乃は俺の提案を意外な程素直に受け入れた。

相変らず愛想はないけど、俺を見るときの眉間の皺が無くなったし、結果的には良かったのかも。

漫画コレクターの父さんに感謝しなきゃね。


「真木乃、まだ怒ってる?」
「なんのこと?」
「去年俺が話しかけたときも、それ以降もずっと俺のこと睨んできてたじゃん。てかついさっきまでそうだった」
「それはお前がいいかげんなこと言ったから」
「……いいかげん?」

「小さい頃、俺が引っ越してこの町を離れるときに手紙をくれたよね。ずっと忘れないとか、次に会ったらまた遊ぼうとか。でも蓋を開けてみれば、お前は俺のことなんて一切覚えちゃいなかっただろ」

「それは悪かったと思うけど…5歳の頃の話だよ」
「だけど俺はすぐわかったよ」


真木乃の視線は本棚に向けられたままだ。返事に困って、その横顔をじっと見つめてしまう。


「中学で再会したとき、俺はすぐに隼人だってわかったのに」


中学の入学時点で真木乃はこの街に戻ってきた。俺と同じ学校で、同じ新入学生として。


真木乃は俺のことを見つけてくれたのに。

俺が忘れていた。

"ずっと忘れない"と言っておいて、適当な約束もほったらかしで。


「……ごめん」


自分の軽薄さに、なんだかどうしようもない気持ちになる。雰囲気につられて薄っぺらい言葉を吐いて、そうして薄っぺらい人間関係を、広く浅く広げているだけの自分。あの頃の俺と今の俺は、根本的に何も変っていないんじゃないか、と。

そして何より、大事な幼馴染を悲しませてしまったことと、それに気がついてすらいなかった事実が悲しかった。


「もういいよ。それより漫画、読んでいい?」


そう言って真木乃は目の前の本棚から1巻を取って、その場に座り込む。


夜も更けて、階下の母さんたちから呼ばれるまで
俺たちは一言も話さなかった。


互いに無言で過ごす空間は、不思議と不快だとは感じなかった。






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