素晴らしい日々





小さい頃に一度だけ尋ねたことがある。「母さんは、俺が女の子だったほうがよかった?」って。3人兄弟の末っ子。本当は女の子が欲しかったんじゃないかって。

「あなたが生まれたとき、すごく幸せだった」

そう答えてくれた母さんの言葉を疑っているわけじゃない。俺自身とても大事にされている自覚はある。でもね。それならどうしてこんな名前をつけたの?


『今日うちで鍋するから食べに来ない?あとね、着ない服も結構溜まってきたから見においで』

「いいの?やったー!行く!」


電話の相手はお隣に住んでいる友ちゃん。俺より五歳年上だから今は21歳。服飾関係の専門学生でバイト代の殆どを服や靴に費やしている。

クローゼットにしまいきれなくなった大量の服を、定期的におすそ分けしてくれる。俺にとってとっても有難い存在。

電話を切ってすぐに友ちゃんの家へ向かった。呼び鈴を鳴らさずに入っても俺は怒られない。2階にある友ちゃんの部屋へ向かう途中、リビングを覗くと胡坐をかいてテレビ画面に向かういつもの背中が見えた。

「渡良瀬、おじゃましてまーす。それ新しいゲーム?」
「今話しかけんな。うるさい。」
「なにそれ、お客さんだよ、かまってよ」
「いいから姉ちゃんのとこ行けよ2階にいるから」
「うわ最悪。友ちゃーん!!渡良瀬がひどいんだけどー!!」
「あのな、悪いけどうちの姉も渡良瀬だからな」

この態度悪いのが同い年の幼馴染。生まれたときからお隣さんだから、幼稚園も小学校も中学校も。もうずーっと一緒。兄弟よりも一緒にいる。

とはいえ、同じように育ってきた俺たちも頭の出来は全然違う。渡良瀬は勉強ができるから、「さすがに高校は離れるだろうね」って、両親も俺の2人のお兄ちゃんも皆がそう思っていた。

なんかそれがちょっと癪に触ったっていうか。中学最後の1年間死にものぐるいで勉強したら奇跡的に同じ公立高校に入学できた。

母さんは最後まで「志望校のランクを落としなさい」ってうるさかったけど、受かったら受かったで「さすが私の子」ってすっごい褒めてくれた。そういうすぐ手の平返すとこ嫌いじゃないよ。

まぁ自分でわかってたからさ。俺はやれば出来る子だって。


ゲームに夢中の渡良瀬のことは放っておいて2階に上がると、友ちゃんは自分の部屋で服を広げて待っていてくれた。

「友ちゃん服着てみてもいい?」

「どうぞー。わたし出かけることになっちゃったから部屋使っていいよ。ここに出してるのは好きなの持っていっていいからね」

「うん!ありがとう!」

「あ、そうだ。いいものあるんだよ。これもあげる」

「いいもの?」


友ちゃんはそう言って、クローゼットの中から何かのケースを取り出して中を見せてくれた。


ほんとだ、いいものだ。


新しいの欲しいと思ってたけど結構高くてなかなか買えなかったから。嬉しい。


「もらってもいいの?」
「うん、きっと似合うと思うよ」
「ありがとう友ちゃん」


当たり前のように"似合う"って言葉を言ってくれた。それだけでも心がぎゅって、熱くなる。いつもいつも、友ちゃんは優しい。


「じゃあね、モカちゃん」


男なのに、こんな名前。女みたいだって散々言われてきたけど。

今はそう言われることでさえ嬉しいって感じる。だから結果的に母さんは正しい選択をしてくれたんだね。


「萌佳、そろそろ母さんたち帰って来るから。着替えな」

2階に上がってきた渡良瀬がドアの隙間から顔を出す。


「渡良瀬、友ちゃんがウィッグくれたよ」


黒髪のストレート。ウィッグつけて、友ちゃんから貰った女の子の服着て。そういうのが好き。


そういうの。


着て、毎日いられたら幸せなのに。



「白いスカートいいよね。森ガールっぽい?!」

「あー…、お前そういう長めの丈だと似合わないんじゃない。清楚っぽいイメージないからな」

「なに。遊んでそうとでも言いたいの」

「イメージな。短いのないの」

「またー、そんなこと言ってミニスカート履かせようとしてー」

「はいはい。着替えたら降りてこいよ。晩飯喰ってくだろ」

「うん。食べる!何鍋?」

「牡蠣鍋。」


やったね。大好き。俺ね、好きなもの多いの。食べられないもの無いし、食べ物じゃなくてもね。

まず最初に肯定から入ることにしてる。なんでも受け入れるとこから始める。


渡良瀬や友ちゃんが、俺に対してそうだったみたいに。



高校1年生。16歳。


好きなもの、好きな人たち。
そういうのに囲まれて、楽しい日々を過ごしている。





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