制限速度はお守りください。


チラリと視線を横へと向けた。
ガタンッと車が縦に大きく揺れたと思えば、すぐ隣で顔を真っ青に染めたまま片手を口元に、片手を頭に添えながら死んだ人の様にして倒れている器用なナツがそこにいた。
ちなみにその背中を擦ってあげているのは、朝からあたしに何か伝えることがあった筈なんだけどと頭を悩ませているハッピーだ。
“変”だとか、
“ルーシィ”だとか。
呻いているナツが“気持ち悪い”とこぼした時には、それだと言わんばかりに目を見開き指さした。

「ともかく、あまり“変”や“気持ち悪い”とあたしの名前と単語を連呼しないでください。あたしが変な人間だったり気持ちの悪い人間だみたいに聞こえます」
「あ、ごめん」

素直に謝ることができるのはいいことですが、次はないですよと念を押しながらその頭を優しく撫でてあげる。
ついでに、グロッキー状態のナツの背中も撫でてあげる。が、視線は彼らにではなく小窓から覗く緋色スカーレットの髪へと向ける。
ちょっと窓から顔を覗かせてみれば、きっとSEプラグがボコりボコりと膨張してしまっている事だろう。というか、グレイがさっきからそう叫んでいるからそうなんだろう。
それだけの速度で街中を走っているのは、ガタゴトと揺れる車体と流れる窓の向こうの風景で嫌でも察せられるといものだ。

いざ、鉄の森アイゼンヴァルトに追いついても、このままではエルザの魔力が尽きてしまう。その恐れをグレイは口にして言うが、対して彼女は気にした風もなく。いざという時は棒切れでも持って戦ってやると言い切る始末。
これが、イケメン発言というやつですか。次登場させる新しいキャラクターは彼女をモデルとさせて頂きましょうか。
そんな風に街中で華麗で見事なドリフトで滑るようにして走る魔導四輪車の車内にいることにも慣れてきたルーシィが、現実逃避に今執筆している話の続きを妄想していると今日一番の強い真横への揺れに車内組は襲われた。
それは左から右へと作用したもので。
ハッピーはそのままの勢いで窓を突き破って飛んでいきそうだった為、ギリギリのところで抱き留めた。そのままの流れでナツが足元に転がり倒れて、グレイは耐えきった様子ではあったものの口元に手を当てて悶絶している様子だった。
ちなみにルーシィはハッピーを抱き留めてから、そのままの勢いで長椅子に横へ倒れる様な形になった。
そんな事もすぐに忘れてしまう事案ではあるのだけれど。


「脱線事故……ものはいいようですね」

魔導四輪車が止まっても、道中の揺れによって完全にノックダウン状態となったナツを背負っていざ、クヌギの駅を更に進んだ先にあるオシバナ駅に着いた。駅前で拡声器を持って駅員は、列車の脱線事故により関係者以外は立ち入り禁止だと叫んでいる。
内部の安全が確保されるまでは封鎖するとも言っている。
が、そんな事お構いなしにエルザは質問を駅員に投げつける。
……即座に応えなかった駅員には、ヘッドロックをキメていたけれど。つまりは、即答できる人いがいはいらないということなのだが。
エルザの運転していた魔導四輪から、大量にごった返していた人間の波に呑まれたナツは未だに立っている事すら不可能な状態らしい。

「おい、そいつ重いだろ。オレが背負おうか」
「いえお言葉ですが。戦闘能力はあたしよりもフルバスターさんの方が断然に上です。片手だけでも塞がってしまうのはよろしくないでしょう」

最悪、タウロスを召喚して彼に担がせるという手段も無いわけではないですし。
と一言漏らせば、重いと感じたら言えよと何故か頭を一つ撫でられて彼は先に前へと走っていった。
それも直ぐに立ち止まってしまうのだが。
グレイの隣でエルザも立ち止まっているのが見えて、最後に階段を登り切ったルーシィの目の前に広がっていたのは、自分達が来るよりも先に突撃していた筈の軍の小隊が全滅している光景だった。

「相手は一つの魔導士ギルドで、即ち全員が魔導士だという事だ。軍の小隊程度では話にならんという訳だ」

全員が流血に見るからに大怪我を負っている者がいるものの、息はしており時折呻き声も聞こえることから、生きているという事だけはわかった。
その後、出血量の多い人にだけ傷口に布を中ててきつく縛るという雑すぎる応急手当だけはして妖精の尻尾フェアリーテイル一行は、ホールの方へと足を速めて急ぐ。
バタバタと隠す気の無い足音が三人分、ホールまでの廊下に響き渡る。

思わず眉間に皺を作ってしまう程の硝煙が鼻孔を擽る。
やっとの思いで辿り着いた、ホールにはざっと三十以上の魔導士と、列車の屋根の上に偉そうに座っている大鎌持ちで刺青が彫られた上半身裸の男がいた。
あの大鎌の男が今の鉄の森を率いている首謀者にして実質的なリーダー。
エルザが道中に言っていた“死神・エリゴール”という男は彼なのだろう。

「あれ、あの鎧の姉ちゃん……」
「成程、計画バレたのオマエの所為じゃん」

三本髭の様な傷痕がある男がエルザの姿を視界に入れた瞬間、明らかな嫌悪感を顔に張り付けて大きな舌打ちをした。
ふくよかな男もまた、エルザの姿を見て覚えがある様子。どうやら彼等は、エルザが酒場で見かけたという四人組の男の内の二人らしい。
この数を流石に三人と一匹では、分が悪いにも程がある。
未だに背中で死んでいるナツを起こそうと揺すってみるものの。「列車、魔導四輪車、人混み、ルーシィの四連コンボだ」と自分までもが乗り物としてカウントされてしまった。いえ、人混みは乗り物ではなく単純に人の波に酔ったという感じだそうですけれど。
それを考えたら、人混みは“乗り物”としてカウントされないから三連コンボなのではと思わない訳でも無い。
自分が乗り物としてカウントされた件に関しては、背負っていたのだからまぁ似たようなものかと思っておく事にした。

そんな事をしている間にも、時は進んでいる。
エルザが鉄の森達に今回の事件を起こした目的を問いただしていると、彼等は下品な大笑いをしだした。それはまるで、そんな事を未だに知らずにいたのかと言わんばかりに。
すると、エリゴールが唐突に風魔法によってふわりと浮き出してそのまま、駅ホームにある幾つかのスピーカーの内の一つに近づいてコンコンと叩いた。それが、答えだったのだ。
それだけで、今この場にいる全員が彼等の目的を悟った。

「まさか、呪歌ララバイを放送するつもりか!!?」
「ふはははっ!この駅の周辺には何百、何千もの野次馬共が集まっている。いや……、音量を上げれば町中に響くかな?死のメロディが」
「……大量、無差別殺人」

気分が最高潮に達しているのだろう。そのままエリゴールの演説は続く。
曰くこれは粛清なのだと。
“権利”を奪われた者の存在を知らずに、“権利”を掲げて生活を保全している愚か者共へのと。
この不公平にして不平等な世界を知らずに生きるのは罪なのだと。
だからこそ、“死神エリゴール”がを与えに今この場に来たのだと。
随分と大層な御託を並べ連ねる彼だが、そんな事をしたところで権利は当然戻ってこない。そもそもの話、自業自得によるものだというのに彼等の言い分は随分と呆れたものだった。
それでも彼等はブレーキが壊された列車の様に止まらない。

「ここまで来たら最早欲しいのは“権利”ではなく“権力”だ。権力があれば全ての過去を流し未来を支配する事だってできるからな!」
「アホらしくて、バカみてぇな物言いだな!」
「ふんっ、残念だったな妖精ハエ共!」

そう言って、エリゴール達との会話に両耳にガーゼをテープで止めている男が割って入る。
バッと左手を地面に叩きつけたかと思えば、有り得ない長さと速度で彼の影がみるみる内に伸びて行く。それは、一瞬にしてルーシィの目の前にまで到達して、鋭い爪を生やした黒い影の手が文字通りにして生えて襲い掛かって来た。

「闇の時代を見る事なく死んじまうとはなぁ!!」

「この声……やっぱりオマエかぁあああ!!!」

その鋭い爪があと僅かにしてルーシィに到達するかと思われたその瞬間、つい先程まで倒れていたナツが両手に滅竜の炎を纏って影の腕を引き裂いた。
ナツ・ドラグニルが復活した瞬間である。
反射的に腰のキーホルダーに手を伸ばした状態であたしはほんの僅かの間に眼前に起こった出来事に固まっていた。
直ぐ傍でエーラで浮いていたハッピーが庇う様にして抱き付いていた状態で、同じようにして固まっていた。
前方で振り返るようにして立っていたグレイとエルザの二人は、ほっとした風だった。
ひやりとする場面が早々にあったものの、それはそれ、これはこれというやつだ。
これで、今この場に居る妖精の尻尾全員が戦闘態勢に入れるのだから。

「今度は地上戦だな!」



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