飛び降り下車は大変危険な行為です。おやめください


「何ということだ!!」

オニバス駅ホームにエルザの声が響き渡る。
その声色は明らかな焦燥と後悔。
理由は単純明快で、乗り物に弱い事で妖精の尻尾フェアリーテイルに所属している魔導士であれば周知と化している。そんな彼を話に夢中になってしまい、魔導列車に置いてきてしまったのが彼女が後悔の言葉を零している理由である。
そこまでならば、特別筆舌にする事でもない。
問題は、エルザのその後の行動である。

「そういう訳だ。列車を止めてくれ」

「いや、どういう訳!?」

車掌さん。
貴方のその突っ込みは正当なものです。心中お察し致します。
そんな感じであれやこれやと言い争っているエルザと車掌を、正確にはエルザの現在進行形で行おうとしている無茶振りしている彼女に対して。成程、彼女もまたやはり妖精の尻尾の魔導士であり、こういう感じなのかと少々冷めた眼差しでグレイと見比べていた。
そんな眼差しにグレイは気付いた様子で、自分はまだまともだと主張する。が、生憎アタシには露出狂のどこがまともなのか問い質したい気持ちにしか駆られない。

そんなこんなをしていると、ハッピーが上に上がっていた緊急停止信号を起動させるレバーの存在に気付き、躊躇なく飛んでいって力いっぱいに下げた。
瞬間、駅だけではなくオニバスの町から緊急停止のベルをけたたましく鳴り響かせ、列車の側を一定の間隔をあけて設置されている信号機全てが一斉に赤く点灯していくのが、窓から様子を見ることが出来た。
自分達が乗って来ていた列車が発していた線路と違うもう一つの線路を使って走って来ていた列車が、緊急停止信号を見て急停止しているのもまた一緒に見える。
あぁ、乗り物に弱いナツが降り損ねた。ただそれだけで、ここまで大事に発展してしまうのか。
それが、このギルドでの日常なのだというのであれば、まずはそこに慣れるところから始めなければならないのでしょう、ね。

「ナツを追うぞ!あ、すまない。荷物を“ホテル チリ”までよろしく頼む」
「いや、アンタ誰だよ……」

「もう、滅茶苦茶ですね……」
「だな」
「同意の前に服を着てください」

貴方もその例から全く漏れていないという事をいい加減自覚してくださいという意思を込めた眼差しを向けながら吐き捨てれば、グレイ自信の現状をぐるぐると見回して物凄く申し訳の無いという空気を晒しだす。
が、そんな事よりも早く彼に服を着て貰いたかった。
というよりも、彼の貞操観念は一体全体どうなっていうのかという疑問が先程から消えてくれないのだ。
確かに新人も新人で、ギルドの魔導士として熟した仕事はエバルー公爵の一件である一つだけ。それも、結果的には依頼そのものが無効となった為、ノーカウントともいえるかもしれないが。因みにハコベ山の件は完全にボランティアにカウントされる為ノーカウントである。
それを考えれば、妖精の尻尾に所属してから一度として仕事を熟していないという事になる。そんな新人に対して良い感情を抱かないかもしれない。

それでも、あたしは年頃にして一人の女性なわけで。
せめてもう少し、場所と側にいる人間の事を考えて欲しいというのが望みだったりする。

「兎に角、魔導四輪に乗って行くぞ。ルーシィ、ハッピー、早く後部座席に乗れ。グレイも早くズボンをはいて天井にでも乗っていろ」
「おい、待てオレだけさらっと人が本来乗るべき場所じゃないところに宛がわれたんだが?」

パンツ一枚姿で、ズボンよりも先に上着を着ようとしているグレイのツッコミは妙に虚しかった。


◇◇◇◇◇


魔導交通法というものがこのマグノリアには存在している。
馬車などにはその交通法は含まれず。魔力を燃料として走る魔導車にのみ適用される法律だ。
その中でも速度に関する項目があって、街中を走る場合はこの速度以上をだすと罰金が生じたり限度によっては牢屋へ連行されたりする。
まぁ、つまり何が言いたいのかと言うと……だ。

ナツを乗せたままの魔導列車を追いかける為に、エルザが魔導四輪車を法定速度以上を出して線路沿いの砂利道を走らせていて今にもグレイが振り落とされそうな勢いなのだ。
氷の魔導師であるグレイは足と天井の一部を凍らせて、早々に落ちないよう工夫をしてはいるものの。余りの速度に体全身を襲う勢いの良い風に目を大きく開けていないでいた。
もう少しスピードを落とせないないのかという彼の訴えに耳を貸す気が微塵も無いのが、かの魔導四輪車の運転手であるエルザだ。
まだSEプラグが膨張していないのが、申し訳程度の救いと言うべきか。

「……あ、見えてきました!先程あたし達が乗っていた列車です!!」
「動き始めてるよ!」

つい先程まで列車を止めていた原因である緊急停止信号が、エルザとハッピーが引き起こしたものだという事が伝わってしまったらしい。まだ完全に速度が上がり切ってはいないものの、このままでは魔導四輪車では追いつけなくなってしまうのは自明の理だった。
どうしたものかと、焦りつつも施工させている中で。眼前で三人と一匹が目を見開く光景が突如として降って湧いてきた。
否、正確には飛び出してきた。と言うべきか。

速度に乗り始めてきた列車からガシャンッと窓ガラスを突き破って、ナツが飛んで現れたのだ。
当然ナツ自身に速さなんてものは今現在無いし、法定速度を大きくオーバーした魔導四輪車がブレーキをしてもそんな直ぐに止まるはずもない。

「ナツ!?」
「何で列車から飛んでくるんだよォ!!」
「どういう思考回路をされているのですか!」
「ルーシィ、それがナツだよ」

三者三様の悲鳴と一人のツッコミに対する捕捉は、ナツの悲鳴をBGMにして風に流されて行く。

そして、そのまま。
芸術的なまでに綺麗にナツとグレイの額同士が、これまた綺麗な音を立ててぶつかり合った。その衝撃が想像以上に強かったのだろう。振り落とされない様にグレイの体を拘束していた氷も同時に砕けて、二人は石ころや時折それなりの大きさがある岩が無造作に落ちている荒れた地面にそのままの威力で絶叫と共に叩きつけられたのだった。
ここまでの流れに関わった二人が知り合いでも何でもない赤の他人によるものであったならば、ルーシィはこの芸術的光景に思わず拍手をしていた事だろう。
コミカルで実に客受けのいいギャグテイストだと。

砂埃と甲高いブレーキ音を立てたところで漸く、魔導四輪車は急停止した。
慌ててドアを開けてエルザと共に魔導四輪車から降りて二人の元へと駆け寄る。因みにハッピーは既にエーラで飛び寄っている。
二人が何やら言い合っている様だが、それよりも怪我が無いか彼ら二人を一通り見回してみる。が、額が赤くなって少しコブになってしまっている以外とくに怪我らしい怪我が見当たらなくて、流石に驚きを通り越して感嘆混じりに呆れた。

「あ、ハッピー!エルザ!ルーシィ!!ひでぇぞ!オレを置いてくなよ!!」
「ナツー、ごめんねー」
「すまない」
「申し訳ありませんでした」

ナツの無事を確認出来たことにより、この面子で一番責任を感じていたエルザがナツを自身の胸に抱き寄せた。
が、鎧を普段着の如く身に纏っている彼女に抱きしめられた事によってガシャンッという金属音と「硬っ!」というナツの小さな悲鳴だけが聞こえた。
アレは中々に痛そうだなと思いながらも、この短い付き合いでエルザという人物を触り程度にも理解したルーシィは何も言わない。

そんな事よりも、無事だったかという言葉に対してエルザのホールドを自力で外れながらそんな訳があるかとナツは反論する。
曰く、揺れる列車で意識を取り戻した彼は当然の如く乗り物酔いに苦しみ、兎に角吐いてしまう事だけは何とか回避しようと試みていた最中のこと。
うろ覚えながらも、鉄の森アイゼンヴァルトと名乗った、特徴があまり無い男の魔導士に絡まれたらしい。
エルザに気絶させられていた間に今回追っている闇ギルドの事の説明があった為、ナツは知るはずがない。
のだが……。

「バカモノぉっ!!!!」

少しの助走が伴った右手による平手打ちが、理解の追いついていないナツの左頬にクリーンヒットした。
そのまま、二メートル程飛んでいって彼は本日二度目の地面に叩きつけられた。
理不尽な怒りと物言いではあるものの、剣幕がすごい為に何が何だか分からないまま敬礼の形をとって兎に角聞く姿勢だけはしているナツに後程、労りの言葉を送ろうとルーシィは密かに決意した。

その後も何度思い出そうとしても、襲撃してきた魔導士自身の特徴らしい特徴が思い浮かばないらしい。
ただ、一点を除いて。

曰く、三つ目があるドクロっぽい笛を持っていたらしい。
それに対して、特に何か思い浮かぶものがあるという訳でもなく。グレイなんかは単純に趣味の悪い笛程度しか認識せず、又ナツ自身もそれに同意見だった。
エルザもその様な笛があるのかという程度の認識だったが、ルーシィだけは違った。
澄ました風の顔をデフォルトとするルーシィの目は大きく開いて何処でもない虚空を見つめている。みるみる内に顔は青ざめていき冷や汗を垂らす。
ワナワナと震えだし、「あんなのは、作り話です……」とぶつぶつと自分の口から言葉を零しては否定してを繰り返している。

「ルーシィ、どうしたの?」

ルーシィの様子に気付いたハッピーが心配して声をかけてくれるも反応しない。
それに気を回せるだけの余裕は、今のルーシィには無かった。

『三つ目のドクロの笛』
呪歌じゅか
子守歌ララバイ
『眠り』

『死』

否定したくて、そんな訳ないと頭から消そうとしても何度も何度も浮上する不気味で不吉な文字羅列。
そして、それらが結びつく答えは災厄を振り撒く黒魔術。
それが頭の中で完成してしまった瞬間、思わずルーシィは叫んだ。


「その笛がララバイです!呪歌ララバイ、“死”の魔法!!」


それは、幼い頃に読んだ事のある埃を被っていた黒い本に記されていた呪殺魔法の一つ。
あの黒魔導士ゼレフが更なる魔笛へと進化させたと伝えられたのもの。

笛の音を聴いた者全てを呪殺する“集団呪殺魔法”。
それが呪歌ララバイ

そんなものを使って、鉄の森が何をしでかすつもりなのか。
その目的は依然として不明のままではあるものの、その様なものが死神エリゴールの手に渡ればどのような事が起こるのか……。
その危険性を漠然とながらも改めて認識し直したナツ達一行は、再びエルザを運転手として先程まで以上の速度を持って走り出してしまった列車を追いかける為に隣町であるクヌギへと向かったのだった。


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