下車の際はお忘れ物の無い様お気を付け下さい。


ガタゴトと揺れながら人の足では早々出せない速度を出して、魔導列車は線路の上を走る。
何故早々出せないと態々言ったのかというと、ここ魔法が存在する世界において速度上昇系の魔法も当然ながら存在していて。その魔法を使用する魔導士なんかは、魔導列車よりも高速に走ったりする事が出来るからである。
利用客はそこそこ。
ただ、同じ車両に乗っている人はルーシィ達を含めて四組程度で、はっきり言って少ない。
人がごった返している時と比べれば、明らかに快適な列車旅が送れる程だった。

そう、つい先程、鳩尾に見事にして華麗な正拳突きを一発貰って夢の世界へと旅立っているナツ、ただ一人を除いて。
いつかのハコベ山の時にナツ本人が言っていた通り、滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーは乗り物に滅法弱いらしい。あの時は馬車だったのだが。
ちなみに、ナツを気絶させた張本人であるエルザの言い分は「これで少しはラクになるだろう」とのこと。
振れ幅が物理側に全振りされた実力行使ではあるものの、それでも彼を思っての事である。物凄く痛そうな音が列車内に響きはしたけれど。

「……あ、そういえば、あたし。妖精の尻尾フェアリーテイルで、ドラグニルさんとハッピーさん以外の魔法を見たことがありません」

そんな中でも、変わらず会話を続けるルーシィに対してハッピーとグレイが「コイツ、猛者か……?」といった少々、否、大分失礼な眼差しを向けて来る。
そこ。
別にエルザが夏に対して残像が見える程のグーパンを鳩尾に決めたのに対して何も反応していない訳ではないでしょう。
口を開くにも少し間が空いてしまったのが、いい証拠と言えるでしょう。だから、そんな目で私を見るのを即刻やめてください。切実に。

「スカーレットさんはどの様な魔法を使われるのでしょうか?」

「エルザでいい」

「わかりました、スカーレットさん」

……。
別にコントではありません。
ただ、名前呼びかつ呼び捨てが出来ないだけです。これは一種の癖とも呼べるものなだけです。
一拍の間が生じてしまい、微妙な空気になりかけはしたものの直ぐ様に機転を利かせてハッピーが会話を続けようとする。

「エルザの魔法は綺麗だよ!」

そんなハッピーの必死のフォローに耳を傾けてみれば、続いた言葉が敵の血がいっぱい出るからとの事。
それだけで、エルザの戦闘能力の高さが容易に伺えるというものだ。服に汚れを殆ど付けることなく戦えるとまでハッピーが言い切れば、純粋に彼女の戦闘センスの高さと良さまでもが分かる。
そこまで、会話が少しながらも弾んだところで、少し照れた様子を浮かべながらもエルザは自分よりもグレイの魔法の方が綺麗だと聞き耳に徹していた彼に話を振った。

「そうか?」

と、ぶっきらぼうに答えながらも魔法を見せてくれるらしい。
開いた左掌の上に握り拳を作った右手をトンと乗せる。瞬間、キンッと氷雪色の魔法陣がグレイを中心として展開される。そのまま彼の両手から冷気が漂い始め、隣に座っているからこそなのだがほんの少しだけ肌寒く感じた。それも一瞬の事で、そろっと握り拳を作っていた右手の指を広げていくと、彼の左掌の上には妖精の尻尾のギルドマークを模した氷像がそこにはあった。
窓から入り込む陽の光をキラキラと反射して輝くその氷像は一つの宝石の様にも見えた。

「……わぁ」

「氷の魔法さ」

「脱ぎ癖があると伺っていたのですが、失礼ながら似合わないですね」

「ほっとけ」

火属性の滅竜魔法を使うナツ。
氷の魔法を使うグレイ。
きょろきょろと大きな瞳を動かして、ナツとグレイを交互に見比べる。
あぁ、だから仲が余りよろしくないのですね。案外単純な理由でとても可愛らしいと思う。が、しかし。彼等はいい年した青年なのだから、それをわざわざ声にして指摘してやるのも野暮というものだろう。と、そう思ったのだけれど。

「ルーシィ、小さいけれど声に出して言ってるよ」

「そうだったのか?」

「どうでもいいだろ、そんな事ァ」

「えと、すみません」

無意識ながらも口にしてしまっていたらしい。
ハッピーにそれを指摘され、エルザはグレイに対してそれを生真面目に確認して、気絶しているナツはそのままエルザの膝枕で無反応、グレイ一人だけに集中砲火がいってしまい彼はほんのり頬を朱色に染めて何も無い方へぷいっと向いて顔を背けてしまった。
拗ねさせてしまったらしい。素直に謝罪の言葉を口にすれば、別にアンタの所為って訳でもないと間を空けることなく答えてくれた。
直ぐに服を脱いでしまう露出狂の気がチラホラと見える変態の様な彼ではあるが、根は真面目で良い人らしい。一人称というものは大事だというのは分かってはいるけれども、余りそれだけを突き通してしまうのはダメだなと改めて彼がどういった人なのかを考え改める事にした。

「つーか、そんな事よりそろそろ本題に入ろうぜエルザ。一体何事なんだ?おまえ程の奴が人の手を借りたいなんて、余程だぜ」

「そうだな…、話しておこう」

先の仕事の帰りだ。エルザはそう話を切り出した。
事の発端は、彼女が仕事を無事終わらせてギルドに帰る前に寄ったオニバスと呼ばれる街の魔導士が集まる酒場での事。
曰く、その酒場で大声を荒げて酒を飲んでいるマナーの悪い魔導士が複数人いたらしい。
人数は四名。総じて魔力を感じられた事から、四人とも魔導士である事は確実。
傍から見て、好んでかつ積極的に近づきたいと思わせる事さえさせないげひた声と口悪い言葉の中に幾つかエルザの耳を意識的に向けざる負えない単語が混ざった。
ララバイ子守歌
『エリゴール』
この二語だ。
ララバイとだけ、聞けば対象を眠らせる魔法か何かかと考えるのが普通か。
されども、同時にそのララバイは封印されているらしくそれで四人組の内の一人がえらく荒れていたのだ。封印されている、ただそれだけでその謎の魔法は相応に強力な魔法であろうという事が伺えた。
が、それだけでは話が一向に見えてこなかった。
グレイがその話だけでは単純に得体の知れない魔法の封印を解除する仕事を請け負った魔導士の可能性だって十分にあると言った。

「あぁ、グレイの言う通りだ。だからこそ、私もその時はそこまで気にかけていなかった。“エリゴール”という名を思い出すまでは、な」

エリゴール。
魔導士ギルド『鉄の森アイゼンヴァルト』のエース、死神のエリゴール。
暗殺系の依頼ばかりを遂行し続けたが故に付いたあざなである。
本来、暗殺依頼は魔導評議会の意向で禁止されている。然し、暗殺系以来の報酬金額の良さに金を選んだのが鉄の森であり、その中でも率先して依頼を熟していたのが彼のエリゴールなのだとエルザは説明続ける。
カンカンカンという鐘を突く音とプシューッという汽笛の音が聞こえ、ガタゴトと揺れていた列車が止まる。
エルザの説明を受けながら、“三人と一匹”は足がかりとなる目的地であり、つい先程までの会話の舞台となっていたオニバスの駅へと降り立った。

「当然の結果だが、今から六年程前に魔導士ギルド連盟を追放され。現在は闇ギルドというカテゴリーに分類されている」

「あぁ、思い出しました。確か当時の鉄の森の総長マスターは逮捕され、ギルドそのものも解散命令を受けていましたね」

「そうだ。まぁ、闇ギルドと呼ばれているギルドの大半が解散命令を無視して活動を続けているギルドだからな。鉄の森もまたその例から漏れていないという訳だ」

そこまで説明した所で、エリゴールという魔導士の存在をその時思い出せなかったという事に少しの悔しさをにじませ。そして、顔に暗い影を落として血祭にあげれなかったという事をエッセンス程度の殺意を含めてぼそりとエルザは呟き続けた。
そこまで話を聞いて漸く、グレイもハッピーもルーシィも何故エルザ程の実力者が協力者を求めたのかという理由を考え付いた。
現在の闇ギルドとなった鉄の森を率いているのは先程から話題に上がっている死神エリゴールである。
そんな彼を相手にするともなれば、酒場にいた四人組だけでは飽き足らずギルド一つまるまる相手にする事となる。そうともなれば、流石のエルザでも一人だけでは漏らしてしまう可能性があった。

「奴等はララバイなる魔法を入手し、何かを企んでいる。私はこの事実を看過する事は出来ないと判断した」


「鉄の森に乗り込むぞ」

「面白そうだな」


楽しそうにエルザの宣言に応えるグレイに対して、一応ながらも新人というアレで見学という理由で今この場に同席している自分は明らかに荷物では。
魔導士としての技量は無い訳ではないものの、前線を昔から戦い続けている魔導士ギルドに所属している魔導士と比べればやはり見劣りしてしまうというもの。
思わず「はぁ……」と一つ溜息を零してしまう。
まぁ、元々見学という形で今回の仕事に同行させてもらっている身なのですから。ナツ達のフォローを中心に立ち回れば足を引っ張る事はないだろうかと。そこまで考えたところで漸く気付く事が出来たのだ。

「あ、れ……嘘でしょ」
「どうしたの?ルーシィ」
「ドラグニルさんの姿が無いのですけれど!」

そう、魔導列車から降りたのは三人と一匹だけ。
エルザの判断によって気絶させられていたナツは、そのまま魔導列車に乗ったままなのだった。


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