強者への挑戦権を求めた者


マグノリア駅。
流石は人口六万人近くあり、古くから魔法も盛んな商業都市にある駅だと言える程大きく、又利用している人の数が凄まじい。
徒歩や、道すがら通った馬車などを中心として利用し、旅をしてきたルーシィからしてみれば眩暈がする程だった。
ガヤガヤと老若男女の様々な声。
案内を知らせる為の館内放送に、幾つか見える出店の客引きの声。
そして、今目の前で現在進行形で館内に響き渡る怒号と豪打音の数々。
フェアリーテイル内では、最早日常と化しているのであろう喧騒にルーシィは呆れ混じりの溜息を零す。もう、今日一日だけで何度目なのか、何て気にしてはそれこそ負けだ。

果物を売っていた出店一つ、巻き込んでのナツとグレイによる殴り合い。
店が巻き込まれてしまった店長はただただ、粉々に砕けていく店を前にして膝をついて泣き崩れている。その様は酷く哀れで同情を誘うその姿に何も思わない程ルーシィは薄情な人間ではない。
更に言うならばこの惨状をかわるがわる通って行く通行人が此方の様子を見ていく。
関わろうとはしない、がその野次馬精神には感服せざる負えない。巻き込まれたくないというのはありありと感じるのにも関わらず、それでもチラチラと見て来る視線が鬱陶しく感じる。が、未だに滝の如く涙を流す目の前の店長が酷く不憫過ぎて、申し訳なさ過ぎて……。
ルーシィの長い筈の導火線が切れてしまうのも仕方が無かった。
腰のベルトに吊り下げる様にして付けている、鍵束から一つの鍵を取り出して物理的に二人の喧嘩を止めようかと思った矢先に一つ、面白い事をルーシィは思い付いた。
思い付いたのであれば即実行。

「あ、スカーレットさん。おはようございます」

「「!」」

たった一言。
その一言だけで、つい先程まで殴る蹴るをしていた筈のナツとグレイの動きが一時停止する。そして、間髪入れずにお互いに肩を組み合って「仲良く」という台詞と一緒に冷汗ダラダラながらも歪な笑顔を顔に張り付けた。
その様子に声を出す事は無かったものの、吹き出してしまし二人に背を向けて震える体を何とか収めようと必死になる。

「って、騙したなテメェ!!」
「ほ、本当はお二人とも仲が宜しいのではないですか?それと、出店の店長さんには即刻謝るべきです、そして慰謝料の話もしなくてはなりません」
「冗談じゃねぇ。何でこの面子で仕事に出かけなきゃいけねぇんだ」

愚痴愚痴と粘り気が少し混じった思いを綯交ぜにしながら零すものの、涙を流しながら残骸と化した出店を片付けしている店長に謝りに足を動かしている当たりグレイは悪い人間ではないと再確認出来た。
反対にナツはというと軽い口調で「悪かったな、おっちゃん」と一言謝罪を口にした。別に適当という訳ではない、それが彼なのだろうというのを理解しているのはルーシィよりも付き合いが長いこの街の人間である店長だ。
「次こそもう少し気を付けてくれよ、ナツ。グレイ」と赤くなった目をしながらも謝罪を受け入れた店長は懐が広すぎる。

「そういえば、どうしてルーシィがここにいるの?」

足元から声が聞こえた。
目線を声がした方へと向けると、そこには二本足で立っている青猫。ハッピーがいつの間にか立っていた。というか、この場にいたのにも関わらず彼はナツ達二人の喧嘩を止めずに見届けていたのかという思いが浮上した。
が、それは何とか押し込めてハッピーの質問に素直に答える。

「ストラウスさんに頼まれたというのもありますが、端的に言えば見学です」

そう言って昨日にミラジェーンに言われたことを思い出す。
ナツとグレイ、そしてエルザの三名。この三人がチームを組めば素敵だという考えをミラジェーンは断固として曲げるつもりはなかった。が、素敵だと思いはするものの不安材料が一切ない訳では無く。
少々ギクシャク気味な所が不安になるのだとか。
そのまま、三人を仕事に行かせていいものかどうか悩んだ末、白羽の矢が立ったのがルーシィだった。まだギルドに入ってから日も浅く、かつ仕事をしたのもエバルー公爵の一件のみ。
実力もあり、幼少期からギルドに入って働いている三人の側で見学をするのもいい勉強になるのではないかというのがミラジェーンが悩んだ末に至った見解だった。
ミラジェーンにそう頼まれさえしなければ、ルーシィ一人で別の仕事を取っていた。

「まぁ、ルーシィならそうするだろうね。オイラは一緒に仕事が出来て嬉しいよ」
「……はい。入りたての若輩者ですが、勉強させて頂きます」
「相変わらず固いよね」

そんなそうこうしている内に、今回の発端者が遅れて現れた。
ガラガラと音を立てながら大量の荷物を荷車に乗せ、崩れないように紐で何十にも縛っている。
そして、それを片手で重たげな様子を一切見せずに引っ張っているその堂々とした佇まい。
鮮やかなスカーレットの長い髪を靡かせて、鈍色の鎧を煌めかせながらエルザ・スカーレットがこの場に参上したのだ。
今尚出店の片づけをしているナツとグレイの姿を横目に一つ溜息を零した後、ルーシィの存在に気付いて近づいてくる。

「君は、昨日妖精の尻尾フェアリーテイルにいたな……」
「新人のルーシィと申します。ストラウスさんによる御助言によりこの度同行する事になりました。よろしくお願いいたします。」
「あぁ、ミラから話は聞いている。君がギルドの連中が騒いでいた娘だったのか、私はエルザだ。よろしくな」

一言二言交わして、握手を一つ。
その後、エルザの口から吐き出された“傭兵ゴリラを倒した”という尾ひれでも何でもない上に事実が捻じ曲げられたソレに修正を加えた。
これからの仕事内容を少し説明を受けると、冷汗が一つタラリとルーシィの背中を流れる。
彼女曰く、“少々危険な橋を渡る”かもしれないらしい。まだギルドに入って二件目の仕事なのにも関わらず新入りがそれに関わってもいいのだろうかという考えが過るものの。何事も経験だとバッサリと一言で切り捨てられた。

二人。とハッピーを含めた一匹で話し合っていると、其処に粗方の片づけを済ませたナツとグレイがこちらに戻って来た。
そして、条件付きでエルザの頼みを聞いてやってもいいという爆弾発言を惜しげも無くナツは吐いた。
それに眉を一つピクリと動かし続きを施すエルザ。
勇猛と蛮勇を履き違えるなと突っ込みを入れつつも自分は無償で働くとどもりながら言うグレイ。
あぁ、案外彼はヘタレと呼ばれる者なのかもしれないと一人検討違いな事を考えているのはルーシィただ一人だけだったりする。
ナツが次の言葉を口にするまでどれ程の時間が経ったか。
ほんの僅かな時間だ。なんならば数秒の事の筈なのに少々長く感じてしまったのは錯覚によるものだ。

「帰ってきたらオレと勝負しろ。あの時とは違うんだ」

「……確かに、おまえは成長した。私は些か自身がないが、いいだろう受けて立つ」

それは、強さを求める者同士による会話。
その後、二言三言と交わして乗る予定だった電車がやって来て、乗り込んだ途端に乗り物酔いしたナツを見て。
色々と台無しだと思ったのはルーシィだけではなかった。


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