Dear My son From Father


「開け、巨蟹宮(きょかいきゅう)の扉…キャンサー!」

巨蟹宮の星霊を人間界に呼び出すための金の鍵に魔力を込める。すると、鍵の先端が徐々に光を灯し始めて、宙に光る鍵穴のようなものが現れる。
その鍵穴に鍵を差し込んで回しながら、星霊を呼び出すための前口上を唱えればリンゴーンッと鐘が鳴り響く音が何処からともなく聞こえてくる。
そして、髪を編み込みにしてその髪型のシルエットはまさしく蟹。背中から生やした六本の蟹の足。そして、鋭く丁寧に研がれた鋏は両手に当然の様に収まっている。その姿は蟹の星霊でありながら、いつもお世話になっているスタイリスト・キャンサー。

「ルーシィ…、今日はどんな髪型にするエビ?」

「エビー!!?」

「残念ながら、今回は髪型のセットの件で呼んだんじゃないの。珍しく戦闘よ」

「OKエビ」

後ろで何かショックを受けて叫んでいるハッピーさんは置いておいて、キャンサーを前にしていたからつい素で会話をしてしまった。その差に気付いた様子は無いかと少し観察したけれど、どうもその様子は無し。
むしろ、未だに何かショックを受けていてそこから抜け出せていないようだったから、その間に公爵をぶちのめそうという考えに至ったところだった。

プルプルとどこか仔犬の如く震え始めた公爵。全く可愛さの欠片どころか気持ち悪さが倍増しているだけだけれども。
何か悶々と考えているのか頭からは湯気が少々発生している。
そして、何かの考えに行き着いたのか、ポケットに手を突っ込んだと思えば何処か見覚えのある金色の物を手に取り出してきた。

いや、見覚えがあるどころじゃない。
つい先程、キャンサーを呼び出すのに私自身も使ったばかりのものを公爵は手にし、そしてお決まりの前口上を叫んだのだ。

「開け!処女宮の扉!バルゴ!!!」

「!?」

「ルーシィと同じ魔法!?」

途端につい先程キャンサーを呼んだ時と同様に、何処からともなく鐘の音が鳴り響く。すると、つい先程まで目にしていた一際巨大なメイド服を着た女性が地面から光の粒子と共にその姿を現した。
そして、瞬間に理解する。
失礼とは分かっているけれど、その巨人と呼べるであろう彼女は公爵を主人とする星霊。…だからこそ、その巨体の姿でいられるのかもしれない。

アクエリアスから聞いたことがあった。星霊の中には契約主である人間の主人に忠実な僕であると考える者がいるらしい。そして、その忠実精神によって、自身の姿を主人の望むままに変える者もいるのだとか。
目の前のバルゴという星霊も正しくそうなのだろう。でなければ、星霊とはいえあそこまで巨大な“人形”はいない、はず。

「…というか、ドラグニルさんまでもがいるのですが!?」

「ナツー!?そんなところで何してるのー!?」

「いや、何って…コイツが急に動き出したから後をつけてきたんだよ!」

「“つけて”というより、“掴んで”ですがね…」

あたしの言葉の通り。
ドラグニルさんはバルゴの着ているメイド服の肩の部分をシワが出来るのでなないかと不安になってしまう程、ガッシリと掴んでいた。
というか、そもそもバルゴが呼び出されたのと同時にドラグニルさんもその姿を現したということは、星霊と一緒に星霊界を通ったということ。星霊界は文字通り星霊達のみが存在する世界。人間がその世界に行くのは星霊魔導師にとって常識のタブー。絶対に犯してはならない禁忌であり、そして人間は星霊界では呼吸が出来ないと言われている。
そこを無傷で何事もなく、こうして姿を現したドラグニルさんは本当に流石としか言えない。

まぁ、それに結果的にとはいえ禁忌を犯した公爵は星霊魔導師としてそれなりの処罰を受ける。正直、ザマァ見ろと言いたい。

「ルーシィ!オレはどうすればいい!?」

「!っ、彼女を退けてください!!」

「何をしておる!バルゴ!!その小童(こわっぱ)をぶちのめさんか!!」

三者共にほぼ同時の発言。
指示する側と指示された側の動きもまたほぼ同時。
反応がほぼ同時だったならば、何で差がつくか。それは、実力の一言に尽きるだろう。
指示されたバルゴよりも先にドラグニルさんは足に竜滅の火を灯して、彼女の頬に蹴りを入れる。その様子は正にクリーンヒットの一言に尽きる。見惚れてしまう程の鮮やかな蹴りでした。

そして、その一撃で伸されてしまった星霊を見て動揺を隠せない様子の公爵。その様子から見て恐らく、星霊のバルゴが彼にとっての奥の手のようなものだったのだろう。ドラグニルさんの蹴りによって一撃で伸されたけど。
しかしそんな様子の彼に慈悲など一切存在せず。
腰のホルスターから鞭を取り出して素早く公爵の首に巻き付ける。そして、勢いのまま宙に浮かせて彼の得意魔法である土潜(ダイバー)は使えなくさせる。
それと同時に私の考えを瞬時に汲んでくれたキャンサーも宙に跳ぶ。そして、ハサミをシャキンッと怪しい光をたたせながら開き、公爵と交差するその瞬間だった。

申し訳程度に生えていた公爵の髪は一本も残らず全て切り取られ、見事ハゲチャビンへ。
テラリと光るその頭はなんと間抜けなこと間抜けなこと。

「この度の髪型、いかがですかエビ?」

キランッとカッコ良く決めるキャンサー。無事、何とか公爵を倒すことに成功したあたしは、ホッとして思わず持っていた『日の出(デイ・ブレイク)』をギュッと握りしめたのだった。



***********


公爵の館の地下下水道にて、読んだ今手に持っている『日の出(デイ・ブレイク)』は、一言で言うならばヒドイなんてそんな一言で済ませるような内容ではなかった。
日の出(デイ・ブレイク)』は、エバルー公爵がケム・ザレオンに無理矢理書かせた公爵が主人公の冒険小説だった。しかし、本当に構成も文体も酷くてとてもではないけれど、ケム・ザレオン程の文豪が書いたとは思えない程の作品だった。

そう、だからこそ。
この本には何か秘密が隠されているのではないかという考えに至った。

そう、ドラグニルさん達に説明をするものの本人達は頭上にクエスチョンマークを浮かべるばかり。そんな様子に思わずあたしは苦笑いがこぼれる。そして、依頼主に会えばその意味が分かるといってここまでやってきたのだった。

「これをどうぞ」

「こ、これは一体どういう事ですかな?私は確か“破棄”してほしい依頼した筈です」

「“破棄”するだけならば簡単です。それはカービィさんにだって出来ます」

そう言えば、依頼主であるカービィさんはイラついた顔であたしの手から本を取り上げる。そして、そんな反応を示した彼があたしの中の一つの推理が正解だったという証拠にもなった。

「貴方が何故そうまでして、その本の存在が許せないのか漸く分かりました。父の誇りを守るためです。貴方は、ケム・ザレオンの実の息子ですね?」

「うぉっ!!!」

「パパー!!?」

あたしの発言に驚きを隠せない様子どころか、思わず叫んでしまっているドラグニルさんとハッピーさんは置いておいて。目の前にいるカービィさんも流石に驚きを隠せないでいるようだった。
何故あたしがその事を知っているのかと聞きたい風だったけれど、それを無視して『日の出』を過去に呼んだ事はあるか否かを問うた。

結果はNO。
それ以前に読むまでもなく、父であるケム・ザレオンが駄作だと言っていたと淡々と口にした。その言葉に父の遺作でもあるその本を問答無用に燃やすのかと切れ出すドラグニルさんに再度、誇りを守るためにしようとしている事だということを必死に抑えながら言い伝える。
そしてその言葉にカービィさんは同意し、そして起こった過去の事を語り始めた。
三年間、連絡すらも入れなかった父が突然ある日家に帰って来た。仕事である小説の執筆をしていたんだろうというのは当時の彼でも分かっていたらしいのだが、一体何処で書いていたのかまでは分からなかったらしい。そして、一切の相談や会話どころか、尊敬していた父から突然の一言。
「二度と本はかかん!!!!!」
そう言って、利き腕である右腕に鉈を振り下ろして突然の文豪家人生を終わらせたらしい。更にその後衰弱していったケム・ザレオンは病院に入院。そもそも自分自身の手で己の利き腕を切り落とす行為を行ったというだけで、本人の精神状態はとても危ういものだった筈なのに息子である彼は更に止めを刺す言葉を投げたらしい。
当時はそんな父親であるケム・ザレオンを憎んでいたらしく、自殺した後もずっと憎み続けていた。しかし、それはいつまでも続くものではなく。年月が経つにつれて、憎しみは後悔の念へと変貌していった。
あの時、酷い言葉を父に浴びせさえしなければ、少なくとも自殺をすることはなかったのではないか、と。あの時の自分が若くなければ、時間はかかれどやり直す事も出来たのではないか、と。

「だからね…、せめての償いに父の遺作となったこの駄作を。父の名誉のためにこの世から消し去りたいと思ったんです」

そう言って締めくくったカービィさんは、ポケットをガサゴソと漁って中から一つのマッチ箱を取り出した。瞬間、彼が何をしようとしているのか理解する。
マッチ箱の側面についた(やすり)状の摩擦面にマッチ棒を勢いよく擦り付けて先に火を灯す。

「これで、きっと父も…」

「待ってください!!」

マッチの先に灯った火が本に近づき今にも燃えてしまう。その瞬間だった。
突如、本が金色に輝きだした。そして、それと同時に『DAY BREAK』と表紙に書かれたタイトルの文字が浮き出していく。否、それだけではない。著者名に書かれている『KEMU‐ZALEON』の文字も同じように宙に浮き出て行く。
そして、ポツリと私の中でずっと考えていた推理を零す。

「ケム・ザレオン。いいえ、本名はゼクア・メロン。彼はその本にある魔法をかけました」

あたしがポツリポツリと呟いている中ででも止まらず文字は宙に浮かんでいく。
そして、著者名は先程言ったゼクア・メロンに。タイトルは『DEAR KABY』に。そう、ゼクア・メロンがかけた魔法というのは文字が入れ替わるという魔法だった。それは、表紙のタイトルや著者名だけじゃない。中身に書かれたその何万を超えるであろう文字全てが宙に浮かぶその光景は幻想的で、まるで夢の中にいるようで。確かに彼は最低な小説を書いて小説家を止めた。だけども、最低な小説を書いただけではなく、それと同時に最高の本を書いてしまった事によって、満足してしまったのかもしれない。
そんな光景にドラグニルさんもハッピーさんも、あたしも抑えきれずに目の前の光景に興奮せずにはいられない。
それでも、あくまで冷静に、平静を装う。

『DEAR KABY』
それは、カービィさんへの手紙という最高の本。

「私は…父を…理解出来てなかったようだ…」

涙をポロポロと零すカービィさんのその姿は、確かに父を想っている息子の姿で。それを見れてあたしはやっと満足の笑みを零す事が出来たのだった。


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