飢えた狼の餌


ドラグニルさんが、メイドの方々を蹴り飛ばしてしまったことにより屋敷中に大きな音が響き渡った。主にとても巨体な身体を持つメイドさんが二階から一階へと勢いよく叩きつけられたことによる衝撃音なのですがね。
しかし、その衝撃音によって更に警備員的な存在が駆けつけたりするのではないかと考えて、慌ててドラグニルさんとハッピーさんを引っ張ってそこら辺の部屋に取りあえず入ったのが今から五分程前の事。
偶然にもその部屋は、小さな図書館並みの蔵書量を持つ書庫で、目的の本がこの部屋にあるかもしれないと探し始めたのもまた同時刻。しかし、たった一冊の本をこの量から探し出さなければならないというその事実に早々に疲れてきそうなところだったのだけれど…。


「おおおっ!!!金色の本発っけーん!!!」

「ウパー!!」

「う、うぱ?」


先程から、エロい本を見つけただの魚の絵が描かれた本、つまりは図鑑を見つけただのとふざけた声が結構な大音量で聞こえていたと思って呆れた眼差しでも送ろうかと彼らを見れば、ドラグニルさんの手には文字通り金色にキラキラと輝く本が一冊。
…何か、魔法でもかけられているかのような感じに輝いているのが若干気になるところなのですが。それ以上に今、気になるのはその本のタイトル。そして、その著者の名前。


「『日の出(デイ・ブレイク)』の著者名のところをちゃんと見させてください!」

「お、おぅ!?」


ほぼ奪い盗る様にドラグニルさんの手から金色に輝く本を手に入れてまじまじと本の表紙を見る。
本のタイトルは依頼にあった通り、正しく『日の出』。そして、その著者はかの有名な魔導士作家。ケム・ザレオン。
彼自身が魔導士でその一生の間妻と結婚し、子供を授かるまで世界中のあちこちを旅してそれを本にした。そんな彼に憧れた小説家の卵はこの世にどれ程いるだろうか。
勿論、私もその一人で彼の小説は全て読んでいたと思い込んでいたのですが…。まだ、未発表の作品もあったのですね。

そう考えながら、パラパラと中身を読んでいればふと一つの違和感をこの本から覚える。…一度、きちんとこの本を読めば分かるかもしれない。けれど。


「よし、ルーシィ。その本をよこせ、燃やすから」

「ポッと簡単に手に火を灯してしまうドラグニルさんは凄いなと思います」



かの、有名なケム・ザレオンの未発表作をここで燃やしてしまうのは文豪界隈ではどれ程の大罪扱いになるのだろうか。
そう考えずにはいられないけれど、しかし。この本を燃やすのが今回の依頼内容。

仕事場に私情を持ち込むのは厳禁。
私もただの放浪の魔導士ではなくなり、魔導士ギルドに所属した人間となったのだからここは潔くドラグニルさんに本を渡すべきなのでしょうね。非常に残念ですが。えぇ、本当に残念です。
と、心中暗くなりながらもドラグニルさんに本を渡そうとしたその瞬間。まさに小説のようなお約束展開がたった。


「成る程、成る程。ボヨヨヨ…」


何処からともなく、部屋中に響き渡る独特の笑い声と何かを理解したかのような呟き。その声は、つい先程玄関面接時に一言二言会話したこの屋敷の主。
遠慮がちに言うならばそのふくよかな体型にまるで針金のような足と腕。頭など申し訳程度に生えているようにしか見えず、あるはずの首がパッと見で見当たらない。

この屋敷と今尚聞こえるその独特の笑い声の主を探してキョロキョロと見回せば、綺麗に掃除されている床の一部が異様に盛り上がった。かと、思えばその盛り上がった場所から茶色の魔方陣が発生して徐々に魔法を使用して穴を掘ってやってきた人物の姿が露になってきた。
今思えばあれでよく今の今まで無事に生きてこれたなと冷静に考えてしまうほどのビール腹とそれが頭に顕著に来ているのか、申し訳程度に生え整えられたくりんとした髪に脱毛してやりたいと考えてしまう。


泳がせていて自分は頭がいいとか、ベラベラと勝手に話始めた内容の中に一つ気になるワードが一つ。

“くだらない本”…?
依頼主も200万Jも払ってまで破棄して欲しいと頼んできた程の本。
『日の出』。
かの有名なケム・ザレオンはこれまで執筆して出版してきた本の出来栄えから本の神に好かれた男とまで言われた超有名人だ。そんな彼の作品を駄作とまで呼ぶほど目の前の公爵はそれ程の人間か否か。
いや、それ以前にそこまで言わせるほどのこの本を読んでみたくなってきた。くだらないとまで言うのであればこのまま「このまま貰っちゃっても良いのでしょうか…」と思わず呟いてしまえば、どれ程くだらない本でも自分のものだと主張する公爵。

そんな彼を無視してパラパラと本を勝手に開いて読み始める。正直にって目の前の公爵などどうでもいい。


「むむっ!気に食わん、偉ーい我輩の本に出を出すとは!!


来い!バニッシュブラザーズ!!」


一人勝手に空気を読まずに、その場で本を読み始めれば雑魚らしく叫んで増援を呼ぶ公爵。
天井に届きそうな程の高さを持つ本棚がズズッ…と音を立てながら横にスライドされて隠し扉が姿を現す。いや、扉は既に開かれており長身の人間の影が見える。影は二つ。


「グッドアフタヌーン」

「こんなガキ共があの妖精の尻尾の魔導士かい?」


物語はまだ、漸く中盤に入ったばかり。


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