新たな土地と新居、環境


「それじゃ、契約金は月7万(ジュエル)だ。これ以上は負けてあげないからね」
「はい、ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」
「ふん。ほら、これが部屋の鍵だよ。無くすんじゃないよ!」
「はい」


チャリンッと一つのリングに繋げられた二つの鍵がルーシィの手の上で音が鳴る。
その二つの鍵を握りしめるのと同時にもう一度小さくチャリッと金属がぶつかって音が生じた。

少年ロメオの父親であるマカオ・コンボルトを救出しにハコベ山に行って救出も成功したのは良かったものの。結局街に戻ってこれた時には日は大分沈み空は茜色へと染まっていた。
時間が遅すぎたというのもあって、その日家を探すのは不可能となってしまったルーシィはギルドマスターから許可を得て、一日だけ仮眠室を借りて寝泊まりしてその日を過ごしていた。
そして、次の日。
ミラジェーンお手製のサンドイッチと淹れ立てのコーヒーをちゃちゃっと胃に入れて、定住地となる家探しに出ていた。

最初は、フェアリーヒルズと呼ばれる、妖精の尻尾(フェアリ-テイル)の“女”魔導師限定の女子寮をミラジェーンに紹介してもらっていたルーシィ。しかし、ギルドに所属するまであても何もない根無し草の旅に出ていたため、定住地となる場所をキチンと見定めたいと言って保留にしたのだ。
そして、時刻はお昼過ぎまで進み冒頭に戻る。
お昼を食べるのも惜しんで、ようやく契約を果たしたルーシィにとっての良物件。場所はマグノリアの街を幾つも走っている水路のウチの一つに沿って建てられた借家。商店街の近くというのもあり買い物には困らず、更に勤め場所になるギルド妖精の尻尾からそう離れてもいない。更に更に、ミラジェーンから紹介されていたフェアリーヒルズの家賃よりも3万Jも負けさせる事に成功した。
結果、ルーシィにとってこれ程の優良物件は無いだろう。

ギルドにはまだ入ったばかりの新米魔導士というのもあって、収入も少ないであろう最初なんか特に。少しでも支出を抑えたかったルーシィにとっては、ガッツポーズを天に向かってしてしまう程だった。
立地条件は悪くない。二階建てで、一階につき四部屋の計八部屋。
運の良いことに二階の左の水路側の部屋が一つだけ空いていたのだった。家賃は月7万Jと本来よりも3万も安く済ませることが出来た。
近くに商店街などもあって買い物にも困らないだろう。


マグノリアに来て早々に幸先の良い買い物が出来たとほくほく顔のルーシィは、つい先程契約を果たした借家の大屋さんから貰った鍵を指でくるくると回して鼻唄を歌っていた。
魔導師ギルドになってからまだ一日しか経っていないが、たとえばこの場状況ににナツやハッピー達がいたら目を丸くしてギョッと驚いていたかもしれない。
無表情なのは相も変わらず。否、ほんの少しだけ彼女の表情筋が珍しく仕事をしていた。
今はまだ空っぽの新たな自分の家。部屋をどうレイアウトしようか。あの部屋の良さを損なわないものにしたい。箪笥や机、ベッドなど値の張る大きな家具は既にセットとしてあるから布団カバーなど軽いもので済むから気は楽というもの。
しかし、日用品も買い揃えなくてはならない。旅に出ていた時、キャリーバッグに入っている服と下着の分だけではこれからの生活には圧倒的に少ない。

それらの買い物を済ませたりとこれからの生活のために新居を整えるのにいったいどれ程の時間がかかることやら。
しかし、ルーシィーはそれ以上にこれからの生活が楽しみで仕方なかった。一つの町に何日間か定住することが無かった訳ではない。しかし、それでも長くて一週間程度で町を出るまでの間はホテルで寝泊まりしていた。一人暮らし、というのは今のところ一度も経験していなかった。
何事も初めてというものに対して不安と恐怖を覚える。それは慣れたものに対してもあるが、その大きさは比ではない。
だが、彼女の今を占めているのはそれらを軽く上回る程これからの生活を楽しみにしていた。


同時に、ギルドの魔導師としての正式な仕事を早くこなしたいという気持ちも大きかった。
が、今は生活の環境をある程度整えるのが先決である。旅費がそこまであるという訳ではないが、少なくとも粗方を揃える金位は持っている。それはこれまで旅をしてきた中で困っている人を助けたお礼で手に入れたお金だった。

で、なわけで。

重かったキャリーバッグから着替えを前部部屋に置いて空っぽにしてから商店街にルーシィーは来ていた。
態々空っぽにしたバッグを持って商店街に来たのは数が多くてかさばるであろう日用品を入れるため。
まぁ、そんなものも気休め程度でしか無くて。日用品、必需品と商店街で最低限揃えきった頃には入りきれない程になってしまったのだけれど。


「シャンプー、トリートメント、洗顔フォーム…詰め替え用もあって、 皿やコップも買った」


あぁ、来客用の茶菓子を買い忘れてしまった…。と、箇条書きに丸が書かれたメモを片手にぶつぶつと呟いて少し不用心ながらも歩くルーシィー。
買い物を始めた時はまだ日は空高くにあったというのに、今では沈んでその姿は建物や山の向こうに隠れてしまっている。青かった空は茜色に染まり夕焼けななっていた。
何かに集中していたり、夢中になったりすると時間というのは経つのが早い。それが体感的なものだということはルーシィー自身ちゃんと理解している。しかし、そう思わずにはいられない。
嫌いなもの程時間が経つのが遅くて、楽しいもの程早い。子供の頃はそんな理不尽さに対して、変に拗ねていたこともあった。

そんな時も、自分自身にはあったんだと思い出したルーシィーは一人くすり。と、これまた珍しく表情筋を働かせて新しく契約したばかりの家に向かって歩いていた。


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