かなわない


「ま、マカオ!?」

「え、何故…?」

「そっか、バルカンは撤収(テイクオ-バ-)で命を繋ぐ生き物だったんだ」

「と、言うよりも…」


彼の本来の体長では、バルカンのあの体長でちょうど良く挟まっていた穴を通り抜けて落ちてしまうのでは。
と、言おうとした矢先でだった。
少年のお父様、マカオさんの体がぐらりと奥の方へと傾き始めたのだ。
更にとどめに、ギリギリ何とかマカオさんの体を支えている壁がボロボロと崩れ始め亀裂が走っていく。それは、最悪なこと以外にはなくて。

慌ててマカオさんのもとに走りに行き出すものの既に遅し。
ボロッと一際大きな音を壁がたてたと思った矢先に、とうとうマカオさんの体は底にまで光届かぬ奈落の崖へと真っ逆さまに落ちる。その無抵抗な躰が、無慈悲にも宙に投げ出された。
その光景に目を見開かない人間は、現時点では一人もいない。
宙に投げ出され、今すぐにでも落ちるというそのギリギリの瀬戸際のところでドラグニルさんがマカオさんの躰を見事にキャッチ。
したものの、飛ぶ術を持たないドラグニルさんもまた共に落ちるかと思いきや、ハッピーさんが(エ-ラ)を背中に生やしてドラグニルさんの足を掴む。が、二人分の男性は流石に総重量が重く、必死に翼を羽ばたかせてはいるものの少しずつ落ちていっている。
そこを最後に、何とかあたしも追いついて落ちていってしまっているハッピーさんの(ここは、本当に失礼だと思い謝りました)尻尾を掴んで、横になってしまいながらも頑張って耐える。

しかしもしかし。
少年のお父様は絶賛気絶中。
そのお父様の足をドラグニルさんが掴んでおり、更に翼を発動させているハッピーさんがドラグニルさんの足を掴んでいる。
つまり、あたしの腕には人間(男性)のニ・五人分の重さがかかっているというわけでして…。
ずるり、ずるりと嫌な音が自分の両の手とハッピーさんの尻尾の間から聞こえてくる。
そういえば、自分の握力の数値はどれぐらいだっただろうかと変に考えてしまう。否、そもそも計ったことなかった。
そして、そんな悠長な暇など一切無い。
今でも少しずつずるりずるりと落ちて行ってしまっているのが両手に感じられているのだから。


「ルーシィ!!」

「お、重い…」


そろそろ両手が限界を迎え、手からハッピーさんの尻尾を滑り落とす。
その瞬間だった。
まるでタイミングを計ったかの如く、とある過去の偉人は口にした「ヒーローとは遅れてやってくるものだ」と。その言葉を思い出すくらいの神タイミング。
これほど盛り上がるような登場の仕方は早々ないものだろう。
ヒーローと叫ばれても可笑しくないタイミングで登場したのは、ドラグニルさんの勘違いによって蹴り飛ばされてつい先程まで気絶させられてしまっていたあたしの大切な仲間である星霊のタウロスだった。
もう限界だという瞬間、あたしの手の上にタウロスの大きな手が重なった。
ガシリッと掴まれたその手は何よりも頼もしく、あたしの不安定な手なんかよりもずっとずっと安定していた。

ちなみに、この時ドラグニルさんが涙を流しながらタウロスの事を「牛」と言っていた。
いえ、確かにタウロスは金"牛"ですがね。



タウロスの力のお陰で、無事ドラグニルさん達を引き上げることが出来た現在。
無事助けられた少年のお父様の怪我の手当てをしています。
撤収される前に相当激しく戦ったらしく、体中は傷だらけ、いやむしろ傷がついていない場所を探す方が苦労する程のものだった。
特に酷いのは子供でも見て理解できる程バックリと開き未だに血が止まらない右脇腹の傷だ。どくどくと嫌に脈打ちながらその傷口からどろりと深紅の体液を流し続けている。
何日も仕事から帰ってこないということは、大怪我を負っている可能性があると山に登る前に予想はしていたため、応急セットを持ってきてはいたもののこの脇腹の怪我は応急セットなんかでは間に合わない。

いや、最悪この怪我では、助からない。
傷が酷いというのもあるが、血の出血量があまりにも多すぎる。
一般的に循環血液量の三割を急激に喪失すると死亡すると言われているけれど、お父様の場合は本当にギリギリ三割を失っていない程度な程の出血量だ。
本当に、まずい。

どうにかして、助けることは出来ないのかと必死に知恵を振り絞り思案している時だった、視界の隅にちらりと火の粉が目に入る。
落としていた頭を上げれば、そこには火を纏った右手を振り上げているドラグニルさんが。その右手を無情にも、お父様の脇腹に当てた。


「…なっ!?」

「ぐあああああっ!!!」


止める暇など無く、むしろ止めようと喉から出かかったあたしの声をかき消す勢いでお父様の喉から出た苦痛と悲痛の織り交ざった声が洞窟内に轟いた。


「今はこれしかねぇ!ガマンしろよマカオ!!」

「あぐあああっああ!!!」

「ルーシィ!マカオを抑えてろ!!」

「!!」


ドラグニルさんが火を当てた傷口が火傷によってどんどん塞がれていった。
いつの時代か使われていた治療法に火傷を用いたものがあるということを咄嗟に思い出せたあたしは、ドラグニルさんに言われたのとほぼ同時に火傷の痛みに悶えているお父様を全力で抑えた。
ドラグニルさんの機転によって、酷かった脇腹の傷は火傷で無事塞がり結果、完全に止血されて少なくとも大量出血死を迎える心配は無くなった。



この後直ぐに、あまりの痛みに正気を取り戻したお父様曰く、バルカンというあの凶悪なモンスターは一体だけではなかったらしい。
十九匹は倒せたらしいのだが、二十匹目で撤収させられてしまったとぼやいていた。
…一人で、二十匹もあのモンスターを相手に、してたんだ。


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