開かれた金牛宮の扉


「開け、金牛宮の扉…タウロス!!」


幾つか持っている星霊の鍵の中で、とりあえず契約している中で一番のパワーを誇る金牛の星霊タウロスを召喚した。
バルカンは突如何もないところから二メートル、いやそれ以上の大きさの牛が出てきたことに驚き怪訝な顔を浮かべるも、明らかに己の敵だという認識はあった為その目は吊り上がったままだった。
タウロスの体長はおおよそ目の前のバルカンと同じ位。力の差はどの程度だろうか。自分というルーシィは魔導士としても星霊魔導士としてもまだまだ新米の若輩者。その力と呼べる魔力は誰か見ても新米級の大きさ、いや小ささ。

呼び出す星霊魔導士の力量によって強さが比例する星霊は、文字通り強くもなり弱くもなる。
今の自分がパワーファイターのタウロスを呼んでも、タウロスの本来の強さすら引き出す事は出来ない。その上、つい先程までホロロギウムを契約時間を少し延長するまで召喚し続けていた。

ただでさえ少ないあたしの魔力。
一体何処まで続くか分からない。少なくとも、タウロスとの契約時間ギリギリまでの召喚し続けるのは不可能だろう。自分の魔力の残量を感じながら無意識に空いている手が握り拳を作る。
しかし、先程バルカンに底の見えない真っ暗闇へと突き落とされたドラグニルさんの事が心配で気になって仕方がない。
何やらバルカンと変態的な会話しかしていないタウロスだが、今はそんな事をしている暇は無いと伝えればタウロスは今の状況の深刻さを理解してくれたのだろう。背中にかけていた人間が持つ事は不可能な程巨大な斧を取り出して両手でキツく握り締めて構えた。


「速攻でお願い!」

「MOー!分かりましたー!!!」


タウロスに指示を出し、それを聞き入れたタウロスは巨大な斧を両手に握ったままバルカンに向かって勢い良く走り出した。
バルカンはそれに応戦しようとまるで格闘家のようなファイティングポーズを構えて対応しようとする。

そこから、タウロスとバルカンの攻防戦が始まり繰り広げられた。
大斧をタウロスが突進しながら横一線に薙ぎ払えば、バルカンは飛び跳ねながら数歩分後ろに下がって避ける。そして数歩分下がったと思えば、今度は向こうから勢い良く突進してきてタウロスの土手っ腹に向かって頭突きを食らわせようとするもタウロスは危なげなくその直進的なロケット頭突きを避ける。
避ければ、大斧を振り上げて下ろす。これの繰り返し。

戦況は横一線で変化が見られない。強いて言うならば二匹の体力、スタミナ的なものが減っていっているということだろうか。コレは明らかに減っているというのは分かる。
極寒の寒さで季節は夏だというのに真冬並みに雪が深く高く積もっているハコベ山にいるというのに、呼吸が荒くなってきて肩で息をし始めている二匹のに伝う汗。こんな地で汗をかくなどあたしは生まれてこのかたした事がないのではないかと思う。あくまでも記憶にある分では、だが。物心着く前はどうだったんだと聞かれれば記憶が無いと即答せざるおえない。


どれ程の時間が経っただろうか。
そこまで言う程の時間が経っていないのかもしれない。その方がずっと有り難いのだが。
あたしとしては、この目の前で繰り広げられている攻防戦を早く終わらせて欲しいというのが願望である。
理由は、崖に突き落とされたドラグニルさんを助ける為。バルカンによって騙されて突き落とされた瞬間、(エ-ラ)という背中に天使を彷彿させる羽を生やし空を飛ぶ事が出来る魔法を発動させますハッピーさんが急いで、文字通り飛んで行ったので底に叩きつけられて見るも無残な姿になっている…なんて最悪の事態にはなっていないと願いたい。
しかし、目の前で突き落とされたのだ。心配しない方が可笑しく異常だと呼んでもいいだろう。
あたしが、ドラグニルさんとは一切無縁の関係だというのであればそれは異常でも可笑しくもない。ただの無関心のお人好しではない奴で終わる。
だが、あたしとドラグニルさんの関係は一切無縁ではない。奴隷商に捕まった時に助けてくれた、入ってみたいと思っていた魔導士ギルド妖精の尻尾(フェアリ-テイル)へと連れてきてくれ入れるように手回ししてくれた、いわば恩人なのだ。自分は恩を返さない人でなしになったつもりはない。

一瞬。
その一瞬だけタウロスはあたしを見て互いにアイコンタクトをして頷き合う。


「そろそろ終わらせてもらうことを頼める?」

「MOちろんです!」


アイコンタクトの内容を分かりやすく文章にするならばこんな感じだろうか。
アイコンタクト本当に通じているのか、と聞かれそうだがちゃんとあたしの言いたいことをタウロスは分かってくれている。実際にタウロスはバルカンを仕留める為に大技を放とうと構えているから。


そして、大技が放たれる。

その時だった。
ドラグニルさんが突き落とされた崖の方からバサバサと羽を羽ばたき風を切る音と少しの呻き声が聞こえてきて、そちらの方へと目を向けた瞬間。
桃色の残像が目の前を通った。

大丈夫でしたか、怪我はありませんかという心配の言葉も思わず心配で駆け出しそうになった行動しようとした足も全てが止まった。
今の私は口を開けて右手を中途半端な高さに上げた状態で一時停止された。


「なんか怪物増えてるじゃねーか!!!!」

「Moふっ!!?!?」

「ウホ…!?」



…確かに、タウロスを初めて見たドラグニルさんにとってバルカンと似たような怪物に思え見えたかもしれない。
しかも、どちらも二メートル以上の体長持ちこの場にいる人間はまだギルドに入ったばかりの新米魔導士のあたしである。助かったと思った瞬間、戻って来れば化け物が二体もいてあたしを心配してくれての行動だというのは、今目の前で「あの牛みたいなのに襲われなかったか!?」と聞いてくれているからこそ分かる。
タウロスを召喚してしまったあたしが間違っていたのだろうか、しかし、バルカンのパワーに対抗しようと思えばやはりタウロス以外思い浮かばない。ここに水が無いため契約している星霊の中で最強のアクエリアスは召喚できない上に今日は水曜日ではない。

いや、しかし。

でも、ねぇ…?



この微妙な気持ち、感情。
グチャグチャしたコレをなんと言えばいいのでしょうか。


いえ、ドラグニルさんが御無事そうで何よりではあるんですがね。


前頁/目次/次頁

- ナノ -