ハコベ山のバルカン


周りは一面雪で埋め尽くされた銀世界に、降り続ける吹雪により視界に入ってくるのは雪と天気の悪さによる暗い灰色。
視界の悪さに加えてのこの気温の低さ。夏季の格好(ノースリーブにホットパンツ)でこの環境は厳しいの一言に尽きる。たしかスーツケースの中にコートを一着いれていたような気がする。恋しい…。


「…流石にこの気温は寒いですね」

「まぁ、そんな格好をしていたらな」

「あぃ」

「いつか慣れることを祈りつつ少年のお父様を探しましょう」


そうドラグニルさん達に言って、あたしは少年のお父様の名前は残念ながら知らない為人影を探すことにした。

体を震わせ布一枚もない両腕を擦り、あまり意味がないだろうが摩擦熱で無駄に温めようとしながら人影を探すも、この猛吹雪による視界の悪さによりほんの数メートルも見えない。人影も今のところ全く見つけられないでいた。

一分一秒過ぎて行くたびにどんどん奪われて行き冷えて行く体温を感じながら、僅かながら襲ってきた眠気と格闘しながら小さな人影らしきものでも逃さないように目を凝らし気配を集中させていた。
そんな時だった、先程まで少年の父親の名前であろうマカオと声が出る限り、喉を枯らさんとする勢いで叫んでいたドラグニルさんとハッピーさんがいつの間にか静かになっていた。
どうしたのかと、銀世界にしか向いていなかった顔を2人の方へと向けると目の前に茶色い布が視界一杯に広がり思わず後退りしてしまった。


「…えっと、何ですか?」

「何って毛布だよ。これ羽織れ」

「ナツは火の魔導師だから元々体温高い方だし、オイラもナツについてるから大丈夫だけどルーシィは寒いでしょ?」

「風邪引かれちゃミラに怒られるしな」

「いえ、一応暖を取れる手段は持っていますから大丈夫ですよ」

「じゃあ、毛布羽織って暖取りな。そのままじゃ確実に風邪引くぞ」


何体か契約している星霊の内の一体が、暖を取れる手段だから問題無いと言っても毛布を私の前に出し温まるように言うドラグニルさんとハッピーさん。
短いとはいえ少しは旅していた身の為、まだあと少しくらいならば大丈夫だと見ているのだが、自分よりずっと長くギルドの仕事をしている二人は暖を取らねば風邪を拗らせると言う。
このまま大丈夫だと通しても良さそうだが、生憎二人は引き下がりそうにない。

相手は自分と同年代そうだが、ギルドの先輩でもある為今回の忠告は受け入れることにし、渡された毛布を受け取り肩にかけた。
肩に羽織ったからこれでいいだろうと思い捜索を再開しようとするも、先程暖を取れる手段を持っていると言ってしまった為暖も取れと言われてしまった。正直失言だったと思う。
…暖を取ってしまえば自分はただのお荷物になってしまうのではと思いつつ、腰につけているホルダーから銀色の鍵を一つ取り出し時計座のホロロギウムを呼び出した。

ハッピーさんはハルジオンの沖で、目の前で一度アクエリアスを召喚した事があった為、そこまで驚いてはいなかったが、ドラグニルさんはまだ星霊魔法を見たことが無かったからか何も無い場所から大きな時計が現れた事に結構なオーバーリアクションをして驚いた。
そこまでオーバーじゃなくともいいのではと思ったが、ギルドマークを入れてもらう時にストラウスさんが妖精の尻尾には星霊魔導師がいなかったと言っていたのを思い出し星霊を見る機会が今まで無かったのを思えば、普通かと思い直した。
身内で、母親が星霊魔導師だった為幼い頃から星霊という存在を知り関わってこれたが、星霊魔導師が周りにいなければ星霊という存在自体知るというキッカケすらないだろう。

そんなドラグニルさんの反応は無視して、ホロロギウムの胴部分の窓を開けて中に入って体育座りをして暖を取った。
中の空間はそこまで広いというわけでないため、中に入っている人の体温で中がどんどん暖かくなるのである。入ってまだほんの少ししか時間が経っていないのに中が暖かくなってきた。ドラグニルさんが貸してくれた毛布も一因だと思う。

ただ、一つ。問題があるのだけれど。


「「ホロロギウムに入っている間は外と中の音が完全遮断されるので、用、もしくは聞きたいことがあればホロロギウムに言ってください」と申しております」

「じゃあ、その状態で移動出来んの?」

「「足生えているから大丈夫です」と申しております」


そっか、と言ってドラグニルさんとハッピーさんは再びマカオと叫び始めた。
あたしも中から見える範囲で人影を探し、ホロロギウムにも人影が無いか探すのを手伝ってもらうことに。



あれから、更に時間が経つも人影らしきものも、ドラグニルさんとハッピーさんの声に応える声も無かった。そのため、もう少し場所を変えてみようかと考えていたそんな時だった。
岩山の上の方からガサガサボスボスといった何かが歩いている音が聞こえてきたと思った瞬間、白に黒の斑点模様が腕にある大猿がドラグニルさんとハッピーさんを襲ってきた。
間一髪のところで避け、ハッピーさんがバルカンだと叫んだその瞬間、大猿のバルカンがドラグニルさん達を無視して軽々と飛び越えホロロギウムとあたしの前に瞬時に立った。

あ、嫌な予感がする。
そう思った瞬間、バルカンがホロロギウムの中に入っているあたしを見て人間の女だと意外にも喋った。しかも、いらないことに語尾にハートマークを付けて。
大猿でエロ猿のようだが、人語を解し喋る程度の知能があるらしい。

その大きく発達した両腕ホロロギウムごとあたしを持ち上げ肩に担いでそのまま何処かへと走り出したバルカン。
遠くでハッピーさんがあたしの名前を叫んでいたようにも思えるが、残念ながらそこまでの余裕がなかった。
正直に、言います。


「「酔って吐きそう…」と申しております」


誰か、バルカンから下ろしてください。


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