妖精の尻尾のナツ


アクエリアスによってハルジオンの港に乗り上がるように流された船によって、運の良いことに怪我人などは出なかった。
だが、この騒ぎを聞きつけて沢山の野次馬が集まり、中には軍の人間を呼べと叫ぶ人の声も聞こえる。
このまま行けば、直ぐに軍隊がすぐさま港に来るだろう。そうすれば、女性達は助かるし火竜(サラマンダ-)の悪行も知れ渡り表を歩けなくなるどころか、牢屋にぶち込まれることは確実だろう。


「あ、ナツ置きっぱなしだったの忘れてた」

「さらっと酷いことを言いますね。ハッピーさん」


そう言いながら、急いで二人は船の中へと戻っていった。
特にナツはどうやら船に弱いらしく、先程アクエリアスによって引き起こされた津波で流された船は想像を超える揺れがあったはず。
そんな揺れに襲われたナツは弱りきって、最悪吐いてしまっているかもしれない。
そう思ったルーシィは走り辛いはずの踵の高いヒールで危なげも無く走り、ようやく先程まで自分がいた部屋のドアの前まで辿り着いた。


「ドラグニルさん!だいじょ…!?」


後になってらしくないことをしてしまったと思うほど、ルーシィはドアを大きな音を立てながら開けて、ナツの安否を確かめようとした。
当の本人は無事だった。先程の事で何処かぶつけて怪我をした様子もパッと見はなさそうだ。五体満足なんの問題もなかった。
その眉間によせられた皺と怒りで元々のつり目が更につり上がった以外は。


「小僧…人の船に勝手に乗ってきちゃイカンだろぉ。あ?」


火竜は、本当に魔導士なのだろうかとルーシィは段々疑問に思えてきた。
魔導士ならば、怒りによってどんどん上がっていくナツの魔力に気づくはずなのだ。先程ルーシィが途中で言い淀んだのも、ナツの高い魔力に当てられたからである。
だが、気づいた様子のない火竜は、後ろに控えていた男達につまみ出すよう指示していた。
そんな中、ナツは戦闘態勢に入るためか上着を脱いでいく。
ナツが魔導士だということに気づいているルーシィは、あまり心配はしていないが一応という理由で鍵を手放さず、一つの金の鍵を握りしめ続けた。


「おまえが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士か」

「それがどうした!?」

「よぉくツラ見せろ」


二人の大男がナツをひっ捕えようと突っ込んで来るのを気にせず火竜に話しかけ続けるナツ。その目は嫌らしい顔をし続けている火竜しか映っていない。
あと一歩分で二人の大男の手がナツに届く、その瞬間だった。


「オレは妖精の尻尾のナツだ!!!おめぇなんか見た事ねぇ!!!!」

「な!!!!」

「え?」


右手で相撲がツッパリをするかの如く簡単に大の大人、大男二人をのして倒してしまった。
その時、ナツ自身そのつもりだったのか定かではないが、右肩に赤い妖精の尻尾の紋章が見せつけるかのようにして見えた。
それは確かに妖精の尻尾の魔導士である証。ルーシィはまだギルドの人間ではないため知らなかったのだが、もしギルドに所属している魔導士の全員がああいったギルド毎の紋章が体のどこかに必ずあるということを知っていたら、あの男にそれを見せてと言えばこんな面倒な事にならなかったのかもしれないと少し後悔した。
チラッとハッピーの方も見ると、背中に緑色の紋章があった。それは、ハッピーもまた妖精の尻尾の魔導士であるということを示していた。


「ドラグニルさんが、妖精の尻尾の魔導士…」


「な…!!あの紋章!!!」

「本物だぜボラさん!!!」

「ば、バカ!その名で呼ぶな!!!」


「ボラ、紅天(プロミネンス)のボラ。数年前、巨人の鼻(タイタンノーズ)っていう魔導士ギルドから追放された奴だね」

「聞いた事があります。魔法で盗みを繰り返し追放されたという、全女性の敵と呼べる至極最低最悪な人間ですね」

「かなり嫌ってるね、ルーシィ」


無表情でかつ丁寧に淡々と答えながらもサラッと嫌味がふんだんに込められたその言葉に、ハッピーは冷や汗を流しながらルーシィには喧嘩をしないようにした方が良さそうだと思ったのだった。





前頁/目次/次頁

- ナノ -