> Part1.臨也 姿が視えない





「あーあーあー、本っ当に今回はしてやられたよ」
 消毒液の匂いがするこの部屋にいるのは、もう何日目なんだろう。早くここから出たいのに、ドクターストップがかかっているからいつまで経っても退院できやしない。
 病室の窓は誰が開けたんだろうか。緩やかな風が春の匂いと共に部屋に入って来る。窓の傍には木があるのか、小鳥のさえずりが聞こえてきた。
 それらが俺の心を余計に不安にさせていくなんて、きっと誰も気づかない。
「まさか俺達がリンチに遭うなんて信じらんないよね。本当に今回はどうかしてた。油断してたよ。シズちゃんと一緒だったし、あ、もちろん責めるつもりはないよ? 俺に対処できないことを単細胞なシズちゃんに望むのは酷ってもんだろ」
 ベッドの上に足を投げ出して、目の前にいるであろうシズちゃんにべらべらと話しかける。もうここに来てから一時間は経っているはずなのに、シズちゃんは最初の挨拶もそこそこで、あとはずっと無言だった。それでも気配は感じるから、まだ傍にいてくれているんだということが分かる。
「最近は大丈夫だけどさ、最初起きた時はぼわっとした感覚しかなかったのに、鎮痛剤が切れ始めたら体中痛いのなんの。それに比べて、なんで君はすぐに退院してるのさ。俺と同じかそれ以上の暴力を受けたって聞いてたけど、何、もう治ったの?」
 右足首の骨折に左肩の脱臼、肋骨に罅が数か所。その他にも体中に痣や擦り傷、切り傷、打撲痕が存在するらしい。らしい、というのは人づてに聞いたからだ。現在俺の目には包帯が巻かれていて、そのせいで世界は黒一色だ。
「もしかして親に連絡いったのかなぁ。そしたらクルリがマイルも知ることになるのか……。あぁ嫌だ嫌だ。あの二人が聞いたら絶対にここにきてひとしきり笑って帰るだろうなぁ。ていうか会うのが痛い。痛すぎる。もう面会謝絶にしてもらおうかな。猫耳フードの二人が妹なんて知れ渡ったら俺は嫌だね。まだシズちゃんところの弟君が来て病院内が騒然となるほうがマシだよ」
 シズちゃんの答えを待たずに、無意味な言葉を、文字の羅列を、話す、喋る、紡ぎ続ける。
 いつもより饒舌に。いつもより、大げさに。
 だって、じゃないと。
 この暗闇に、押し潰されそうなんだ。
「いざや」
 シズちゃんが、久々に口を開いた。そこでやっと、本当に彼が隣にいてくれていたんだと確認できた。
 やけに静かに、本当に名前通りに静かに話すシズちゃんはなんだかすごく気持ち悪くて、それでもその聞き慣れた声に日常が思い出されて、息をついた。
「何、今日はやけに静かじゃん。いつもならここまで喋り通せばキレて俺なんかベッドから転がされると思ってたのにさ、珍しい。もしかしなくても遠慮してる? 俺が病人だから? まっさかねぇ、そんな優しさを俺に示すなんてシズちゃんじゃない、って言いたいところだけど、でも……シズちゃんらしいよ、物凄く」
 そう言って俺は微笑んだ。その笑顔は、完璧なはずだ。
 シズちゃんはどんな顔して聞いているんだろうか? 顔を真っ赤にして、今にもキレそうなのを我慢してたりして。
「ねぇ、喉渇いた」
 言えば手に何かを握らされた。……この感じはペットボトルかな? でこぼこした感触から冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターだろうと推測する。気を利かせてくれたらしく、蓋を開けようとすればすでに空いていた。ここ何日かで大抵のことはできるようになっていたから、こんなことしなくてもちゃんと外せたのに。
 シズちゃんの優しさが逆に辛くて、歪みそうになる顔を必死に抑え込みながら水を喉に流した。冷たいそれが身体の中を通っていく。至るところにある傷のせいで火照っていた身体には、その冷たさが気持ちよかった。
「ん、……ありがと」
 わざとシズちゃんの手に触れるようにして飲み物を返す。その温かい手にもっと触っていたくて、あぁ、らしくない、と唇を噛んだ。





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