> ハリサケソウナ、ココロノソコ。





「シズちゃんてさ、誰にでも優しいよね。この間はドタチンが怪我して戻って来ただけですごい怒ってたし、こっそり俺達の喧嘩に巻き込まれないように新羅の立ち位置を考えて上げてたりさ……ねぇ、なんでそんなに人に優しくするの?」
 あの日、あの時、朦朧とした意識の中で投げかけた質問は、今も俺の中で燻っている。一生思い出したくない何重にも鍵をかけてあるはずの過去は、意識的に浮上してくることはまずないはずなのに。
 それでも時々、急に浮き出ては俺にそれを見せてくる。変わらない過去を、もしかしたらの可能性を捨てさせる、苦しいだけのものを。
 仮にも天敵である俺のところなんかにのこのこやって来て、あまつさえ部屋に上がってくるシズちゃんが信じられなかった。差し詰め案内したのはあの妹たちだろう。人が来ても誰も入れるなとあれだけ言っておいたのに、使えない。
 俺ことを心配そうな顔をして見下ろすシズちゃんに嗤いそうになる。ここは俺のテリトリーで、こんな状態でも君を殺すことだって可能かもしれないのに。
 なんでそんな辛そうな顔するの。
 なんでそんな態度を取るの。
 勘違いするくらいなら、最初からそんなのいらないのに。
 シズちゃんだって、気持ち悪い俺のココロなんていらないだろ?
「……」
 シズちゃんは、押し黙ったまま俺から視線を外さない。俺はそれを真っ向から受け止めて、――逸らした。
「帰って」
 なんでここに来たんだ。なんでドタチンでも新羅でもなくシズちゃんが見舞いに来るんだ。そんなの、誰だって予想できない。
 会いたくなかった。こんな弱っている時なんかに、君に醜態をさらしているようで、一番会いたくなかったのに。
「……臨也」
「………………嫌いだ」
「……」
「俺は、シズちゃんが、嫌い」
 寝がえりを打ってシズちゃんに背を向ける。羽毛布団を抱きしめるようにして抱え込んで、顔を見ずに俺はゆっくりと区切りをつけて告げた。
 嫌い、嫌い、嫌い。こんなに俺を苦しくさせる君が嫌い。
 でも、同じくらい――好きだ。君が、好き。
 だけどそんなこと、口が裂けたって言えやしない。だってそうだろ? 相手はあのシズちゃんで、向こうは俺のことをこれっぽっちも好ましく思っていないのを知っている。好かれる確率は天地がひっくり返ったってありえないのに、なんでそんな無謀な賭けにでなくちゃならない?
 負け戦と分かっていて胸の内を晒すなんて、論外だよ。
 ねぇ、だから。
「君は?」
「……何がだ」
「君はどうなの? 俺は君のこと、どう頑張ったって好きになれないよ。だって人間じゃないじゃん、シズちゃんは」
「……」
 時計の秒針の音だけが一定の間隔で部屋に流れる。背中に刺さる視線が痛い。熱を帯びた肌がちりちりと焦げていきそうだった。胎児のように丸くなって、早鐘を打つ心臓を押さえつける。永遠に沈黙が続くかと思った。
 やがて、小さく息を吸う音が聞こえた。あぁ、何か言われるな。聞きたくないな。でも、俺が仕向けた問いだ。答えは決まっている。分かりきっている。
 だって、俺がそう導いたに等しいんだから。
「…………だ」
「……」
「俺も、手前が、大嫌いだ」
 あぁ、ありがとう、シズちゃん。
 これで俺は――。
 嗤う口元に、涙が伝った。

 これで俺は淡い期待を抱かずに、済む――。





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