届かない想い




彼の瞳にはいつも、ここではないどこか遠い場所が映っていた。


生まれ育った流星街でもない。今あたし達がいるこの仮宿でもない。強いて言うなら、この蜘蛛の活動を続けた先に辿り着くであろうそんな場所を、彼はいつも目に映していたのだと思う。


「マチ、仕事だ」


数ヶ月ぶりに聞いた待ち望んだ彼の声は、次の仕事の内容を淡々と告げるだけだった。それでもあたしは彼の発する一言一句を聞き逃さないよう、耳に全意識を集中させていた。

団員たちは互いに干渉をしない。仕事をしていない時に他のメンバーがどこで何をしているのかあたしは知らない。クロロに関してもそう。仕事をしていない時にクロロがどこで何をしているのかあたしは知らない。

連絡先を互いに知ってはいるけれど、クロロがあたしに必要以上の連絡をすることも、あたしがクロロに必要以上の連絡をすることもない。

これが、幼馴染ではなくなった今のあたしたちの――「団長」と「団員」の正しい距離なのだと、あたしは今でも信じている。


「分かった。日を空けておく」
「忙しいようなら無理しなくていい。これは、『暇な奴』だけでこなせる案件だからな」
「分かってるって。行けるかどうか分かったらまた連絡する」


プツリと電話を切る。即答出来る内容なのに返事を濁してしまうのはあたしの悪い癖だった。今からなら予定の調整なんていくらでもなるのに、クロロが相手だといつもあたしはこうしてしまう。他のメンバーからの連絡を数えても月に一度か二度しか鳴らない携帯を、ちゃんと充電して毎日持ち歩いてしまっている自分が何だか酷く愚かな人間に思えた。


「三週間後、かぁ……」


壁にかかったカレンダーをなんともなしに見る。
仕事が始まる前は、心が少し高揚する。今回、彼はどんな仕事を命じ、何を盗めと言うのだろうか。彼が何を求め何を見つめ何を思っているのか、それを紐解く時間はいつも心が躍る。
薄暗い部屋の壁にトンと背中を付け天井を仰ぎ見ると、つぶった瞼の裏に意志の強い黒い瞳がありありと浮かび上がった。


「クロロ……」


瞼の裏に映る彼へと言葉を掛けるも、この声が彼に届くことはない。

彼は家族同然に育ったあたし達にそういった感情を向けないし、あたし達の胸を熱くたぎらせている想いは、恋だの愛だのなんて世俗的なものでは決してない。
絶対的な信頼。それが団員を突き動かす想い。それがあるからこそ、蜘蛛は彼を頭として機能しているし、あたし達も彼を頭としてその命に従っているのだ。

血の繋がりよりも遥かに強固なその繋がりに、恋だの愛だのそういった低俗な感情はいらない。そう、こんな低俗な感情なんていらないんだ――。


あたしは今でも信じている。今の彼とのこの距離が、「団長」と「団員」として正しい距離なのだと。


あたしは携帯をぎゅっと握り締めた。

そうだ、返事は明日にしよう。明日彼の声が聞けるかと思うと、沈んでゆくこの心にも耐えられる気がした。

窓の外に視線をずらすと、煌々と光を放つ月が目に入った。この月はきっとこの世界のどこかにいる彼の頭上を優しく照らしているのだろう。月の光が差し込む窓辺に立ち、あたしはその月に思いを馳せた。






強気な女性の一途な想いって心にキュンときます。


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