色褪せない決意






「シャル、この間依頼した案件はどんな感じだ? 順調に進んでいるか?」


電話の向こうにいるシャルナークにそう問うと、進捗状況を教えてくれた。滞りなく進んでいるようで、このまま行けば一週間も経たずに団員に次の仕事の詳細を伝えることが出来るだろう。オレは「調べが済んだらオレに情報を送ってくれ」と伝えると電話を切り、革張りのソファにもたれかかった。

壁に掛けた時計が、静かに時を刻んでいる。仮宿の一つであるこの家は街から外れた静かな郊外にあり、オレが動きを止めると一切の音が消えて、窓の外から時折聞こえてくる虫の音とミミズクの鳴き声だけとなる。オレは心地良い静寂さに身を浸しながら、冷め切ったコーヒーを喉の奥へと流し込んだ。


静かだ――。


ここは本当に静かだった。人が寝静まった深夜に廃棄船がゴミを落とすことも、盗人が何かを狙って襲ってくることも、死にゆく人間の呻き声が聞こえることもない。
蛇口を捻れば水が出るし、市場に行けば溢れるほどの食べ物があるし、胸まで空気を吸い込んだとしても咳き込むこともない。流星街にはない全てがここにはあった。

あの街では皆その日を生き抜くのに必死なのに、外の世界に出れば欲しかったものが全てが揃って居るだなんて、この世は何て不条理なのだろう。流星街を出てから何年もの月日が経っているのに、あの街で感じた砂を噛むような思いが未だに身体を離れない。無力さに侵食されて身体がボロボロに崩れてゆくようだった。

オレはコーヒーカップを片手に、満天の星空が見える出窓に腰を掛け、流星街に居た時には立ち上る煙のせいで見えなかった星空を見上げた。

はじめはただ欲しかった。本当にそれだけだった。次第に、なぜ自分たちは欲し続けているにも関わらず、欲しいものを手に入れられないのか――、そう考えるようになった。そして、オレは年月を重ねるごとに根本的に相容れることのない外の世界と内側の世界の構造を知り、どんなに願ってもただ「流星街に生まれた」というだけで手に入れることが出来ない現実を、知っていった。

政治的に存在しない国とされ、戸籍を作ることも出来ず、廃棄されたゴミを糧として、何もかもを奪われながら、泥水をすする人生を過ごす。それが流星街に生まれた人間に用意された人生な。あの街に生まれた――、ただそれだけで我々は、もがき、苦しみ、のたうち回る人生しか過ごすことが出来ないのだ。


なぜこんな不条理がこの世に存在しているのか。なぜ、誰もそのことに疑問を持たないのか。なぜ、立ち上がらないのか。なぜ、奪い返そうとしないのか。なぜ、なぜ、なぜ――。

それは幼い頃からオレに付き纏う疑問で、そして、未だ答えに辿り着けていない疑問だった。
しかし、幸か不幸か、オレは力を得た。理解してくれる仲間を持った。
今のオレは外の世界から奪われたモノを取り戻すことが出来るのだ。


夜空を仰ぎ見ると、星たちがまるで散りばめられた宝石のように輝いていた。蜘蛛の――、幻影旅団の頭になると決めたその日から、死は全く怖くなくなった。例えオレが命を失おうと、蜘蛛は次の頭をそこに据えて動き続け、そして、外の世界に奪われ続けたものを取り戻し続ける。だから、死は怖くない。だけど……こんなに星空が美しい夜は、心が少し弱くなる――。


あまりにも星空が綺麗だったせいかもしれない。背負っていないはずの逆十字の重さを、背中にずしりと感じた気がした。しかし、オレは決めた。あの時に。この重さを死ぬまで背負い続けると、オレは決めたのだ。


ふぅ……と大きく息を吐き、オレは煌き続ける満天の星空から顔を反らして元のソファへと戻った。そこでは、相変わらず壁に掛けた時計が静かに時を刻んでいた。

こんな日は無性に酒が飲みたくなる。オレはコーヒーの代わりにグラスにウィスキーを注ぎ、光を受けてまるで満天の星のように輝いている琥珀色のそれを、ぐいと喉の奥に流し込んだ。カランと飲み干したグラスが哀しげな音を小さく立てた。








クロロはこんな事を考えていそうだな?という自分勝手なキャラ観を過分に詰め込んでいます。ヒソカ→マチ→クロロの報われない想いの矢印は、夢小説と別のベクトルで好きです。


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