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 九月に入ったばかりのヨークシンは至る所にまだ夏の暑さを含んでいて、太陽光をふんだんに浴びたビルも、街を吹き抜ける風も、真夜中になってもその身に夏の熱気を残している。
 しかし、ミズキが潜んでいるビルは、外の熱気が嘘のように冷たく、まるで一足先に冬が訪れたように凍えていた。

「安心しなよ、今キミと戦る気はないから◆」

 目に凝をして周囲を警戒するクラピカにヒソカが笑いを噛み殺したような声で言う。クラピカはまるで千の怒りと万の憎しみをひと纏めにしたような目でヒソカに向き合う。電灯の光ひとつない室内で二人の視線がバチッと重なり、室内の温度がさらに下がる。

「無駄話はしたくない。早速お前達のことを聞かせてもらおう」

 クラピカに直立不動のまま問いかけられ、ヒソカは、せっかく座るように促したのに連れないねえ、とでも言いたげな顔で肩をすくめてその口を開いた。

「そうかい? それじゃあ……蜘蛛は構成員13名で、その証はナンバー入りのクモのタトゥー。メンバーは突然入れ替わることがある。入団志望者は在団員を倒せば交代。それ以外で欠員が出ると団長がメンバーを補充する。活動は主に盗みと殺しで、たまに慈善活動もする」


 蜘蛛。ナンバー入りの蜘蛛のタトゥー。入団。在団員。団長。活動は盗みと殺し――。


 淡々と紡がれるヒソカの言葉のひとつひとつに、ミズキは頭を鈍器で殴られるような衝撃を感じた。
 思い返せば、荒野で暴れている大男を目にした時、一番最初に頭に浮かんだ言葉は『ヒソカ並みのとんでもない化物が現れた』だった。ミズキは何も知らない時からヒソカとそれを結びつけていたのだ。
 ヒソカが何について語っているのか、もう否定しようがなかった。


 幻影旅団――。ヒソカは幻影旅団の一員に違いなかった。

「そこまでは知っている」

 息も忘れて呆然とするミズキを他所に、二人は会話を続ける。

「ボクも、二、三年前に四番の男と交代で入った。目的は団長と戦う事なんだがなかなか達成できなくてね……ガードが固いんだ。常に二人は団長の側にいる。そして、ひとたび仕事が終わると姿を消して、手掛かりすら掴めなくなる」
「…………」
「そこで、お互いへの結論だが、一人では目的達成が困難だと思わないか?」

 どこかから入り込んだ隙間風が、瞬きもせずにヒソカを見続けるクラピカの前髪をひゅう、と揺らす。

「……何が言いたい」
「団員の能力を教えようか? ボクが知っているのは七人だけだがね◆」

 静寂が落ちる。

「ボクと、組まないか?」


 なんて言う場面に出くわしてしまったのだろうか――。


 ヒソカは確かに幻影旅団の一員だった。しかし、明らかに旅団に敵意を向けているクラピカと手を組もうとしている。蜘蛛にはヒソカレベルの実力者があと十二人もいるというのにそれを裏切ろうとするなんて。ヒソカ。なんという男なのだろうか。

「さあ、どうする? キミ次第だ。ボクと組むか――、一人でやるか」

 空気が限界まで張り詰め、ピリピリとした肌を刺す緊張感に、ミズキは瞬きひとつすることができない。たった数秒が何十分ものように感じられた。


「ヒソカ、一つ聞く。緋の目の行方を知っているか?」

 怒りを押し殺した冷たい瞳でクラピカがそう問い掛けた瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走り、ミズキは身体を強張らせた。
 憎しみ。クラピカから伝わってきたのは、指先が凍ってゆくような激しい憎しみだった。

「クルタのことは何年前だっけ?」
「四年前だ」

――緋の目。クルタ。四年前。
 三、四年前から、希少ゆえに今までほとんど流通していなかった世界七大美色の『緋の目』が、市場に出回るようになっていた。大きな狩りがあったとも、どこぞのマッドサイエンティストがクローン化に成功しただの言われていたが、この場でこの言葉が出るということは、つまり――。

「残念だが、ボクが入る前のことだ。団長は獲物をひとしきり愛でると全てを売り払う。緋の目も例外ではないはずだ」

 幻影旅団の主な活動は盗みと殺し。悪逆非道な幻影旅団の団長は、緋の目を手に入れるためにクルタ族を襲い、殺し、その目を奪い愛玩品として飾り、そして、飽きて売り払った――。

 想像するだけで吐き気が込み上げる。ミズキは、クラピカの瞳に映る、尽きることのない憎悪の理由が少し分かったような気がした。

「それ以上のことは知らない。……一つ言えることは、頭を潰さない限り蜘蛛は動き続ける――それだけさ」


 ピルルルル。突如電子音が鳴り響き、ミズキはまるでバネのように音の根源へと目を向ける。音の発信源はクラピカの懐であった。

「どうぞ」

 ヒソカに電話を促され、クラピカは警戒心の満ちた顔のまま携帯電話を取り出して耳に当てる。

「私だ」
『クラピカ! 大変よ、旅団の11番が逃げたわ!』

 携帯電話の向こうから聞こえてきたのは、女性の慌てふためく声だった。荒野でクラピカに話し掛けていた小柄な女性の声に似ている。

――旅団の11番。

 その言葉にミズキの脳裏にあの荒野で暴れていた大男の姿が蘇る。あの大男は、クラピカの一団を追っていった旅団の仲間に取り返されたのではなかったのか? 捕まえていたのか!?

「何!? 奴が!? 自力でか?」

 クラピカの畳み掛けるような声を聞きながらミズキは頭を降る。
 いや、クラピカが生きてここにいるということは旅団の追跡を逃れたということだろう。クラピカの仲間のドライビングテクニックか桁外れだったのか、あるいは追跡を逃れられるような何かが起きたか――。

 クラピカが登場して以後、固まっていたミズキの脳がシャカシャカと高速で働き出す。

 クラピカは蜘蛛の一人を捕まえた。そして、捕まえたからにはあの旅団の十一番は自力では脱出不可能な強固な縛めにかかっているはず。その男が逃げ出したというとは、おそらく――。

『いいえ! 旅団の仲間がコミュニティーの連中に化けてきたらしいの。どうやらリーダーが電話で連絡した時にはもう入れ代わっていたみたいよ!』

 ミズキの推測を裏付けるような答えが、電話の向こうから返ってくる。

『おそらくリーダーは殺されたわ……私たちはパターンBに向かっている。すぐに戻ってきて!』

 クラピカの仲間だけではなくコミュニティーの連中も殺されていることだろう。ミズキの知らないところで大戦闘が起こっている可能性も考えられる。大事件発生だ。

「ああ、分かった」

 プツリと電話を切ったクラピカも、盗み聞きしているミズキも、沈痛な面持ちをしている。

「忙しそうだから手短に話すよ。組むか……と聞いたが別に一蓮托生ってわけじゃあない。情報交換を基本としたギブアンドテイクだ。気楽だろ? 互いの条件が合わなければそれ以上の協力は無理強いなし」
 クラピカは息が詰まるような鋭い目でヒソカを見ている
「返答は?」
 一拍置いて、ヒソカが問い掛ける。

 組織員を大量に殺され報復に沸き立つコミュニティーと、復讐に燃えるクラピカ。そして、団長と戦うために蜘蛛を裏切るヒソカ。これらが噛み合えば、旅団との戦いはさらに熾烈になり、大規模な戦闘も容易に起きる。クラピカの返答次第で、この先が大きく変わる。

 ミズキはゴクリと唾を飲んだ。

「明日、また同じ時間に――」

 クラピカは答えを言わず、それだけ告げると振り返りもせずに去っていった。あとに残ったのは、クラピカの去っていった方をまるで肉食獣なような瞳で見続けるヒソカと、虚脱して壁に寄り掛かるミズキだけであった。



「くっくっく……彼もなかなか美味しそうに実ってきた――」



 ヒソカは至極嬉しそうに喉を鳴らす。何度も聞いた事のあるはずのヒソカの笑い声が、その時のミズキはまるで死神の笑い声のように恐ろしく聞こえてならなかった。




「……さてと。そろそろ出ておいでよ」


 ひとしきり笑った後、ヒソカはそう言った。

 まさかバレている!? 絶は完璧なはずなのに――

 心臓がバクンと跳ね上がり、指先が震える。

「どうやら彼は、自分自身に血の匂いが染み付いているせいで気付かなかったみたいだけど。ボクの鼻は誤魔化せないよ? ねえ、ミズキ?」

 完全にバレている。逃げられはしない。
 ミズキは深呼吸を一つすると、いつでも戦闘態勢に入られるように全身の筋肉に力を入れたまま隠れていた壁から姿を現した。

「盗み聞きだなんて、いい趣味してるね」
「――何者だ」
「…………」
「お前は何者だ」
「……奇術師さ」
「嘘を言うな!」
「嘘じゃあない」
「……ではひとつ聞く。お前は幻影旅団の一員なのか?」
「……そうだよ」

 覚悟していた言葉ではあったが、直接ヒソカの口から聞くと頭を鈍器で殴られたような衝撃がミズキを襲う。

「なぜ、隠していた?」
「逆に問おう。なぜ、キミに言う必要があるとキミは思うんだい? キミ自身、ボクに自分の仕事の内容を言ったことは一度たりともないくせに」
「うっ、それは……」

 確かにヒソカの言う通り、ミズキは自分の仕事内容をヒソカに話したことはなかった。それは、ヨークシンに来ている今もそうであり、そして、これからも仕事内容をヒソカに言うつもりは毛頭なかった。

 それなのにミズキはヒソカに隠されて憤っている。明らかな矛盾であった。

「オレは! 今日、仕事で駆り出されてビルで襲撃を受けた。オークションに参加していた五百人近い客が殺されて、旅団の一味を追っていった百人近い人間も殺された、オレの目の前で……だ」

 今さらヒソカに仕事内容を告げたところで何かが変わるわけではない。それでも、走り出した心は勝手に喉をつく。

「沢山死んだ。圧倒的な力だった。今、オレが生きているのは奇跡としか言いようがねえ……それくらいの実力差だった……」

 ヒソカは何も言わない。ミズキをじっと見つめるだけである。

「お前も……もう、分かるよな? ビルを襲ったのは幻影旅団だった。……お前の所属する幻影旅団、だ。お前はあの場にいなかった。十三人もいる集団ならいくつかのチームに分かれて動くのが当たり前だからな。でも、それはたまたまチーム分けがそうだっただけで、お前が襲撃者の中にいたって……オレが殺される側にいたっておかしくなかったんだ……」
「…………」

 何が言いたいのか自分でも分からなかった。でも、言葉が止まらない。

「お前、さっきクルタの襲撃には参加してなかったって言ったよな。でも、それはタイミングが合って団長から命令があればいつでも参加するような口振りで……。オレはクルタの襲撃がどれくらいの規模で行われたか知らないけど、あの少年が何年も掛けて執拗に追ってくるくらいだ、一族郎党皆殺しくらいの酷い有様だったんだろう……。なあ、ヒソカ。教えてくれよ、幻影旅団っていったいどんな連中なんだ? お前も、命令があればクルタを殺したように平然と人を殺すのか? オレがそこに居るって分かっていてもか!?」

「そ、れは――……」

 言葉に詰まるヒソカを見ても、ミズキは止まらない。

「答えろ!……いや、いい。答えなくて……いい。分かっているんだ。オレだってアマンダの命を助けるために百人の命が必要だと言われたら、一も二もなく百人を殺す。そいつらに家族がいようと、その後に恨まれるようになったとしても、オレは殺す。分かってはいるんだ、分かっては――」
「ミズキ……」
「なあ、ヒソカ。お前さっきホテルで言ってたよな? オレをオレたらしめているものは変わらないって。お前もお前たらしているものも変わることはないって……」
「ああ」
「これは、お前の闘いを求める心がさせていることなのか?」
「……ああ、そうだよ」
「その心が変わることは――……」
「キミの心が『彼女』から離れるくらい、それは――……」


――難しい。


 ヒソカは消え入りそうな小さな声でそう言った。
 骨に刻まれた呪印のようなそれは、その者を執拗なまでに駆り立てる。人が酸素や食物抜きに生きていけないのと同じことなのだ。

「そう、そうなんだ……そうなんだよ。オレだって自分の道は変えられねえ……お前たちに殺されるかもしれないと分かっても、『彼女』に繋がるものが手に入るこの仕事を、手放すことなんかできやしない……。分かってはいるんだ、分かっては……。でも……なあ、ヒソカ……ヒソカぁ……」

 頭がぐちゃぐちゃで何をどうしたいのかも分からない。
 声を震わせるミズキの目には、涙がじんわりと浮かんでいた。

「ミズキ――」

 ヒソカはそっと手を伸ばした。しかし、

「触るな! ……もう、触わってくれるな――」

 ヒソカの手を振り払った勢いで、ミズキの目に浮かんでいた涙が飛沫となって飛び散る。

「お前はお前の道を進み、オレはオレの道を進む。そこに交わる道はない……そうだろ?」

 最後に残ったミズキの理性はアマンダを選んだ。ヒソカが闘いがないと生きていけないのと同様、ミズキも彼女の存在を心の支えにしないと生きていけないのだ。それは、呪いとも言えるほどミズキを蝕んでいた。

「…………」
「お前は『奇術師ヒソカ』で……オレは『便利屋のミズキ』なんだ。それ以上でもなければ、それ以下でもない。それぞれの道を進むってことはそういうことなんだよ……分かるだろ、ヒソカ。だから……オレはもうお前のところには帰らない。――そう、今までが異常だったんだ」

 ヒソカは何も答えない。
 ミズキは下唇を噛み締める。

「いいか、ヒソカ。オレはオレの道を行く。だから、お前もお前の道を行け。これから先、お前の進む道とオレの進む道が離れようが重なろうが、お前はお前でオレはオレだ。お前が団長の命令で希少民族を殺そうが、秘境のお宝を盗もうが、どこぞのビルを襲撃しようが――オレはいっさい関係ねえ。オレはオレのすべき事をするだけだ。……それに、旅団は確かに脅威だが『オレの敵』とはなっていない。コミュニティーの統率が乱れればそれだけオレが付け入る隙ができるからな、お前らがどう暴れようとオレには無関係だ。だが――」

 そこまで一息で言うとミズキは大きく息を吸ってヒソカを見据えた。決意とも狂気とも映る黒い闇がミズキの目を覆っていく。

「これだけは言っておく……」

 しかしながら剣のある声色とは裏腹に、ほんの僅かに残った光が数秒後に訪れる決別を惜しむようにヒソカの視線に絡みつく。

「オレの邪魔をするな。もし、オレの進む道を邪魔するようなら、それがたとえお前でもA級盗賊首の蜘蛛であろうと、オレは許さない。全力でぶっ潰す――それだけだ」

 割れた窓から生暖かい夜半の風が入り込み、床の上の砂塵を巻き上げて飛んで行く。


――それがキミの望みなら……


 ヒソカは口の中で小さく呟くと、手の中からトランプを出現させ、にやりと不敵に笑った。

「それはボクのセリフさ、ミズキ。ボクも、もしキミがボクの進む道を邪魔するようなら……その時は例えキミと言えど容赦しない。切り刻んであげるよ◆」
「ああ、望むところだ! オレだって容赦しねえからな!」

 ミズキは生意気な口ぶりでそう言うと、くるりと背を返して歩き出した。

「じゃあなヒソカ! もう、お前の顔を拝むことのないことを祈ってるぜ!」

 ヒソカは手をヒラヒラと振りながら去っていくミズキの背中に、抑揚のついた独特の声で言い放つ。

「くっくっく。ボクもキミとこの地で出くわさないコトを願っているよ。じゃあね、ミズキ」


 ミズキはタッタッタと軽快な足音を立てて走り去る。十数秒後には、そこにはもうヒソカ以外の存在はなかった。静けさが広がる中、ヒソカは今までミズキが居た空間を凝視しながら大きく息を吐き、虚脱した。


「ミズキ……。こんな別れが来るくらいなら、もっと早く、キミを――……ば良かった……」


 三十分後、雑居ビルから出てきたヒソカの顔は、快楽を求めて戦闘に明け暮れる『奇術師ヒソカ』の顔であった。すれ違うものは皆、その異様な雰囲気に息を飲み、悲鳴をあげて逃げてゆく。

 この時の二人はまだ知らなかった。この後最悪な形で――幻影旅団の四番とセメタリービルを護衛するスタッフとして、再会してしまうことを――、知らなかった。









「ウボォーギンはどうした?」

 深夜三時、仮宿に戻ってきた団員たちにクロロが開口一番に言ったのは、そんな言葉だった。

「ウボォーギンの奪還は成功したとの報告と食い違う。それに、シャルナークもいないようだな。どういうことだ、説明しろ」

 攫われたウボォーギンを奪還しに行っていたノブナガ・フランクリン・フェイタン・マチ・フィンクスの五名は罰が悪そうに顔を見合わせた。

「あー、それがよぉ……」
「あいつ、鎖野郎殺しに行たよ。ケリをつけるまで帰らない言てたね」
 フェイタンが一歩前に歩み出て、気だるげな口調で顛末を話す。
「アタシは止めたんだけど、鎖野郎をぶっ殺すって言うことを聞かなくって……。シャルナークもそれに付き合ってどっか行っちゃった」
「単純バカだからな、一度ああなったらテコでも動かないぜ? どうすんだ団長、連れ戻すか?」
「――いや、いい。ご苦労だったな。それで、その男は?」

 クロロはフェイタンが引きずるようにして連れてきた一人の男を顎でさす。

「陰獣の一人で、オークションの物品を移動させたって言うフクロウって男だ」
「うう……殺さないでくれぇ……」
「静かにするね」
「うぐっ!」
「団長、この男、ワタシの好きにして良いか?」
「待て、フェイタン。それよりも報告が先だ。一通り電話で報告を受けているが把握しきれていない点もある。セメタリービルの襲撃とその後の荒野での戦闘、ウボォーギン奪還の詳細を頼む」

 クロロのその声を皮切りに、襲撃に参加した人間は口々にその様子をクロロに報告してゆく。

「なるほど、おおむね把握した」

 クロロは口に手を当てながら収集した情報を頭の中で整理してゆく。数秒後、顔を上げると集まっている旅団員全員をゆっくりと見渡した。

「いくつか予想外のことが起きたが、別に計画を変えるほどではない。対応可能な範囲内だ。このまま続行する。いいな?」

 旅団員は口々に了解の意を返す。

「本来なら明日の午後六時まで各自自由とする予定だったが、一部変更する。フェイタン、この男がお喋りになるよう少し遊んでやれ。くれぐれも殺さないように気をつけろ」
「分かたよ」
「パクノダ、コルトピ。お前たちはこの男からお宝を取り出し、それがオークション目録と一致するか、リストを作って確認しろ。欠番があるようならそれの隠し場所も聞き出せ」
「分かったわ」
「それ以外のメンバーは当初の予定通り、午後六時まで自由とする。――ただし、今回襲撃に参加した面々は出来る限り外を出歩くな。今はコミュニティー側の混乱が最も激しく時分だ、変に刺激して思わぬ方向に物事が転んでも困る。少なくともコミュニティー側の出方が固まるであろう頃……そうだな、昼過ぎ頃までは大人しくしていろ」
「ああ、分かったぜ」
「それと、おそらくコミュニティー側はオークションの『中止』『延期』『続行』のいずれかを選択するであろうと予測できるが、今夜の『たれこみ』の件もある。日が昇ったらオレがコミュニティー周辺にに探りに行ってくる。大きな変更はないと思うが探りの結果次第で計画が変更する場合もある。携帯電話はいつでも繋がるようにしておけ。以上だ。何か質問は?」

 クロロは全員の顔をゆっくりと見渡してゆく。


「ないようだな。では、解散」


 別室で聞こえ始めた男の叫び声をBGMにしながら、それぞれが、ビールを飲み始めたり談笑を始めたり宿への帰り支度を始めたりと、思い思いに動き始める。団員たちのそんな様子を目にしながらクロロは腰掛けていた場所に戻り、読みかけの本を手に取った。


 たれこみ。密告者。ウボォーギン。鎖野郎。


 パッと思いつくだけでこれだけの不確定要素がある。他にも小さいものを含めれば、コミュニティーの警備システムが例年と微妙に異なることや、セメタリービルの五百メートル範囲内に黒服ではない私服姿のスタッフがうろついていたことなどなど、枚挙にいとまがない。

 クロロは脳に新鮮な酸素が供給されるよう、大きく息を吸う。

 不確定要素が増えれば増えるほど、計画の整合性は欠けてゆく。不確定要素を早めに欠除出来るかどうかが成否のカギとなる。クロロは明日すべきことを脳内に列挙した。

 その時、昨日空港で見掛けたミズキの横顔と「ボクがこれから会う相手、気になるかい?」と言ってどこかに出掛けて行ったヒソカの顔が一瞬脳裏に浮かんだが、クロロはその映像を脳の奥へと追いやって、再び明日以降の仕事へと意識を向けた。


 運命はなんと非常なのであろうか。
クロロはたった今脳の片隅に追いやった女と、あと半日もしないうちに、まみえることになるのだった。


 ヨークシンオークションの二日目が――九月二日が始まる。





[19.9月2日 1/7 ]


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