part9
シャルクラ/フェイクラ気味です



やけに静かな昼間の時刻。

クラピカは以前までと全く変わらずに
大広間の瓦礫に腰掛けて静かに外を眺めていた。


結局、戻ってきてしまったのだ。


この場所に。
逃げだしたくて仕方がなかったこの場所に。


「……」

視線がぼんやりと空を彷徨う。

優しいそよ風が、クラピカの前髪を揺らしていた。


自我を取り戻し、代わりに守り続けていた大事なプライドを失って、帰ってきた自分を待っていたものは


9人の団員達だった。


誰ひとりとして欠けることなく
蜘蛛の手足は全員揃っていた。



「おかえり、団長」


彼らはクロロに向かってそう言った。


そして


「おかえり、クラピカ」


彼らは自分に向かってそう言った。


彼らは聞いてはこなかった。

何故自分が自我を取り戻すことができたのかも
自分とクロロの間に何があったのかも…


まるで何もなかったかのように
以前と態度を変えることなく、自然に自分と接していた。

「……」

クラピカはゆっくりと目を閉じて
あの出来事を思い出す。


『俺はお前が欲しかった』


自分が初めて蜘蛛以外を殺したあの日、クロロは確かにそう言った。

そんな抽象的な言葉で納得できるはずがない。


『お前に居場所を与えてやりたかった』


私から居場所を奪ったくせに
よくそんなことが言えたものだ。

私から三人の仲間達を奪ったくせに。


『お前を手に入れるためには必然的なことだった。奪ったことに、なんの後悔もしていない』


なんの悪びれもなくクロロの口から放たれたその言葉がはっきりと蘇る。

盗賊らしいその言葉。

「ふざけるな…」

クラピカは硬く唇を噛み締める。
やはり自分は、彼らを許せそうにない。

ゴミだらけの外からは
やけにうるさい雑音ばかりが耳に届く。

誰かの足音、何かを引きずる音、笑い声

無数の音が混ざり合って生みだされた雑音に、不思議な安心感を覚え


ほんのりと

心地よい眠気が訪れる。


このまま眠ってしまおうか…
再び瞼を閉じようとした時だった。


「またそこにいるの?」


不意に背後から声を掛けられて
閉じかけた瞼が一瞬でぱちりと開く。


クラピカが振り返るまでもなく
声を発した本人は、クラピカの横へと腰掛けていた。


「ねぇクラピカ、今日は遊んでくれる?」


シャルナークは楽しそうな笑顔を浮かべて、クラピカの眼前へと数枚のカードを突きつけた。


「他の奴らは…」


「ほとんどいないよ。珍しい物が捨てられてるらしくてさ、みんな見に行っちゃった。ここにいるのは俺と、君と、団長だけ。あ、地下牢にフェイタンもいるか」


新しい拷問器具を見つけたんだって。
相変わらず悪趣味だよね。

そう言って、困ったようにクスリと笑った。

クラピカは何も答えずに
腰を浮かせてその場を離れようとした。

しかしシャルナークの片腕が、右手を掴んでそれを阻止する。

「ねぇ、やろうよ。他にすることないんでしょ?」

聞きたいことも、あるんだよね。


何気なく放たれたその言葉に
クラピカの体が無意識に強張った。


団員達は深く自分に問い詰めることをしない。


しかしこの男だけは別だった。

ことあるごとに自分を呼び止めて
何があったのかをさり気なく引き出そうとする。


その場でしつこく聞かれることはなく
その場しのぎで逃げることは簡単だったのだが


この男の目線は最近ずっと
自分を追いかけ続けている。


鋭い視線に気づかないふりを続けることに、そろそろ限界を感じていた。


「やろう?ね?」


シャルナークは顔を近づけて
クラピカの戸惑った瞳をまじまじと覗き込んでいる。


無言で拒否の念を示そうにも
きっぱりと言葉に出して断ろうにも


この男は一歩も引きそうにない。


クラピカは渋々と
差し出されたカードを受け取った。

シャルナークの表情が嬉しそうに輝いた。


「やった。じゃあ、ババ抜きやろうよ。負けた方は罰ゲームね」


「罰ゲーム?」


「うん、俺が勝ったら俺が聞いたことに、嘘偽りなく答えてね」


余りにも自然な言葉なのに

何故だか一瞬だけ
クラピカの呼吸がぴたりと止まる。


「じゃ、始めよう」


にっこりと。
満面の笑顔をクラピカに向けた。


「あのさ、クラピカ」


シャルナークの手が伸びて

クラピカの手元から
徐々にカードが減っていく。


「団長との間に、一体何があったの?」


クラピカの手が伸びて

シャルナークの手元から
徐々にカードが減っていく。


「別に何もない」


「ふーん…」


残り少ない相手の手元のカード

抜き取った一枚がジョーカーだったことに
クラピカはわずかに顔をしかめた。


「じゃあどうして正気に戻ったの?」


自分の手元から
ジョーカー以外が姿を消していく。


「答える必要を感じないな」


手元のカードは残り三枚。

クラピカは淡々とした手つきで
目の前のカードに手を伸ばす。

スペードのAとダイヤのAが姿を消して
残りはようやく二枚となる。


「嘘だよね?」


残り一枚のカードを手にしたまま
シャルナークの指先が

二枚のカードの上を行き来する。

透き通った二つの碧眼は
クラピカの表情を探るように見つめていた。


「君の態度は明らかに変わったよ?随分と丸くなったよね」

「……」

「なにも起こらないままさ、大人しく帰ってくるはずないよね?団長と肩を並べてさ」

クラピカは何かを言おうと口を開く。

「それはお前の勝手な



「もしかして、受け入れちゃった?」



暗く響いた声色にクラピカの瞳が大きく揺らめいた。

明らかな動揺を浮かべたクラピカの瞳をしっかりと確認して

シャルナークの指が止まる。


「こっちかな…」


右側のカードに軽く触れ、
左側のカードを抜き取った。

クラピカの手元に残った一枚のカード


狡猾そうな道化師が
邪悪な笑顔を浮かべているそのカード


「やった、俺の勝ち」


シャルナークは嬉しそうに笑って
手元の二枚を切り捨てた。

「俺、負けてばかりだからさ。クラピカも結構弱いんだね」

「ババ抜きに弱いも強いもあるものか」


呆れた声で呟いて、クラピカは最後のカードをはらりと落とす。

しかしその瞬間に

「あるよ」


カードを離したばかりの指先が素早く別の手のひらに包まれて

強い力で後ろに押された。


「な…」


背中が後ろの壁にぶつかって
手首を掴まれてるが故に身動きが一切取れない。


「どんなに上手く隠しても、直ぐに分かっちゃうもんなんだ。プライドが高い人なんかは特に」


碧色の瞳が近づいてくる。


「君は神経質だからね。すごく分かりやすいんだよ。俺の質問に嘘偽りなく答えてって言ったけど、やっぱりいいや。こっちにする」


碧色の瞳が視界を覆う。

そして二本の腕が背中へと回された。

大きな混乱が、即座にクラピカの思考を支配した。


「な、何を…」

「罰ゲーム」

「離せっ!」


クラピカは必死に身をよじる。


「嫌だよ。団長のことは受け入れたくせに」


その言葉を聞いて
クラピカの動きが止まる。

予想通りのその反応は、シャルナークの胸をちくりと突き刺した。


やっぱり君は…
受け入れちゃったんだね。


嫉妬に似た感情がこみ上げてきて
責めるように腕の力を強くした。

(団長のこと、かなり嫌いになっちゃったかも…)

クラピカは再び暴れだす。


「じっとしてよ。アンテナ刺されたいの?」


怒っているようなシャルナークの暗い声は、混乱しているクラピカの動きをぴたりと止める。

大人しくなったクラピカをゆっくりと押し倒して

優しげに滑らかな片頬を撫でた。


「ずっとこうしてあげたかったんだ」


穏やかに放たれた口調はどことなく悲しげで、泣きそうなほどに弱々しくて

クラピカは戸惑いを露わにする。


自分の顔を隠すように
シャルナークはクラピカに覆いかぶさった。

白いシャツの袖口から手を差しいれて
そのままクラピカの体を這わせようとした時だった。


「シャル…」


しっかりとした口調で
消え入りそうなほどに小さく放たれたクラピカの声に

シャルナークの指がぴたりと止まる。

無機質に透き通っていた碧眼が
少しずつ驚愕の色を帯び始める。

きょとんとした表情で
信じられないものを見るかのように

色素の薄い茶色の瞳を見つめていた。

やがて慌てたように口を開く。


「初めて名前を呼んでくれたからって止めてあげるほど、俺は優しくなんかないよ。そんなことじゃ動揺し


「シャル!」


クラピカらしくない、大きな声が部屋中に響く。


再び動きだそうとしていたシャルナークの指先が静止して

自分を押さえつける力が段々と弱くなる。

クラピカはゆっくりと上体を起こした。

自分の首を押さえつけている片手首を控えめに掴んで自分から離そうとした。

「はっ」

放心していたシャルナークがはっとして我を取り戻し
クラピカを再び押さえつけようと、慌てて力を込めた。

「やめろ」


至って冷静なクラピカの口調。
何故だかその顔を直視できない。


「大人しくしてって言ったじゃん。本当にアンテナ刺しちゃうよ?誰かに見られても抜くつもりなんてないからね」

声の震えを悟られたくない。

クラピカから視線を逸らしたまま
シャルナークはポケットの中からコウモリの形をしたアンテナを取り出した。


素早くクラピカの肩口に刺そうとしたのだが。


「やめておけ」

一切の動揺も感じられない凛とした声は
自分の動きを鈍らせる。


「無理やりそんなことをしても、私はお前の物にはならないぞ」


突き刺さる力強い視線とそれを直視できない自分。

ついさっきまで、視線を送っていたのは自分だったはずなのに。

数分にも満たない短時間のうちに完全に立場が逆転してしまっていた。

再び力が抜け、ぼうっと視線を彷徨わせているシャルナークの手を押しのけて

クラピカは今度こそ立ち上がった。

呆然としたままのシャルナークを一瞥して、クラピカは部屋を出ようと歩きだす。

「待ー」

シャルナークは何かを言おうとした。

しかし振り返ったクラピカの綺麗な瞳と目が合って
まとまりかけていた思考が止まってしまう。

言葉が出たのはクラピカの方だった。


「今日のことは忘れてやる。私が欲しければ、それなりの努力をしろ」


きょとんとした表情のシャルナークに背を向けて、クラピカは大広間から出て行ってしまった。


一人残されたシャルナークは
金縛りにあったかのようにしばらく身動きがとれないまま、遠ざかっていく足音をぼんやりと聞いていた。

やがて口から大きなため息が飛び出してきて
バタリと仰向けに寝転がった。


両手足を広げて大の字になる。


「あーあ、負けちゃった」

嫌がるならば力ずくでやってやろうと思ったのに。
非力な彼を押さえ込む自信はあったのに。


しかしクラピカの方が一歩上手だった。


「ちょっとだけ悔しいな…」

シャルナークはふっと自重気味に微笑した。

まさか名前を呼ばれるだけであれほど動揺してしまうだなんて。

こんなにも

嬉しくなってしまうだなんて。


「ずるいところもあるんだね…」


クラピカは自分を止める術を知っていた。
まさか前にも似たような経験があったりするのだろうか?

中性的で綺麗な容姿だし、
過去にそんなことがあったしても
なんの不思議もないけれど。


天井をぼんやりと見つめたまま
クラピカの言葉を思い出してみる。


『私が欲しければ、それなりの努力をしろ』


何度も何度も頭の中で反芻させて
ぴくりと瞼を震わせた。


「これ以上、どう努力しろって言うんだよ…」


そんな憎まれ口を一人でに叩いて
シャルナークはゆっくりと瞳を閉じた。


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