活発な日光が差し込む明るい部屋に

急ぎ足で戻ってきたクラピカは

バタリと大きな音を立てて扉を閉める。

冷たい扉に寄りかかり
ゆっくりと大きく息を吐いた。


(落ち着け…)


足を一歩踏み出して
ベッドの上へと進んでいく。


そのまま膝を抱えてしゃがみこんだ。

大広間での出来事を思い出す。


その場しのぎでなんとか乗り切ることができたのだが

内心ではかなり動揺していた。

予想だにしていなかったあの状況に、小さな恐怖さえも感じられる。


『嫌だよ、団長のことは受け入れたくせに』


泣きそうな声。
無機質な碧色の瞳。


そして、温かい体温。


人間らしい蜘蛛の姿に
小さな戸惑いを感じたことも事実であり…



(どうして…)


どうして蜘蛛の連中は
きちんとした温かみがあるのだろう?


「考えるな」


頭の中で響く疑問にきっぱりと言い放ち
殺風景な部屋の中をぐるりと見渡した。


そして机の上へと視線を留める。


それはここに帰って来てから、新しく追加されたもの。

以前までこの部屋にはなかった鮮やかなもの。


二つの眼球が浮かんだ透明な瓶。
透明な保存液のなかをゆらゆらと泳ぎ続ける二つの緋色。


クラピカは奥歯を強く噛み締めた。
口の中で、ぎりりと大きな音を立てる。


クロロは緋の目を集めていた。

全部、集めたと言っていた。


それでも彼は、一対しか渡してはくれなかった。


『殺しをやり遂げた報復だ。』


皮肉なその言葉に殺意が身滾ったにもかかわらず

素直に受け取ってしまった自分に対して
止めどない嫌悪感が押し寄せる。


『残りを渡すつもりはない』


聞いてもいないのに、クロロはそう言った。

欲しければ奪い返してみろと言うことか?

「緋の目の奪還」の為に
私がここに居座り続ける口実を与えてやろうという魂胆か?


どっちも当たっている気がする。


「ふざけるな」


この言葉を呟くのは何度目だろう?


倒れるように柔らかいベッドの上に横たわる。


ごつりと、背中に何か固い感触がした。


物憂げに手を曲げて
わずかな痛みの正体を取り出した。


それはクロロから預かった貴重な古書だった。


ついこの間まで、とある田舎町の小さな博物館に厳重に保管されていたのに

自分とクロロによって強奪されてしまったもの。


読み終えたからお前にやる。


国家レベルの財宝を
飽きたからという理由でこんなにも簡単に捨ててしまえるだなんて。



(自分のことも 飽きてくれればいいのに)


そのほうが


ずっとずっとやりやすいのに。



カチャリ。

ふと、扉が開く音がした。


もの思いにふけっていて近づいてくる気配に気づけなかったクラピカは
突然の出来事にぴくりと体を震わせる。


即座に体を起き上がらせた。


「…フェイタン?」


扉を開けたフェイタンは
目を丸くしているクラピカを無視して部屋をぐるりと見回すと


クラピカの手の中の古書に視線を留めた。


「団長、この前盗た本お前に渡した言てたね。それか?」


「……読みたいのか?」


クラピカはゆっくりと手を伸ばす。
何故だか分からないが指が震えていた。


いつまでたっても自分は
自分を捕らえたこの男が怖いらしい。


細くて白い指先が
差し出された古い本を受け取った。


そのままパラパラとページをめくり


「間違いないね」


そう言って、ベッドの淵に腰掛けた。


「えっ?」


クラピカは慌てて端の方へと身を寄せる。

「ここで読むのか?」


「私の部屋地下牢ね。暗くて文字が見にくいよ」


戸惑う部屋の主を気にも留めないで
フェイタンの意識は活字だけへと集中する。


(なんて自分勝手なやつなんだ…。)


膝を抱えて座る格好になりながら
恨めしげにフェイタンを鋭く睨んだ。


しかしフェイタンは見向きもしない。


しばらく張り詰めた空気が二人の間を漂っていた。


しばらく困っていたクラピカだが
やがて諦めの感情がせり上がり、徐々に肩の力を抜いた。


体を少しだけ動かそうにも
無理やり口を開こうにも


この男は自分のことを視界に入れない。

追い出そうとするだけ無駄な気がしてきた。


絵に書いたような無関心。


彼にとってのクラピカは
居ても居なくても一緒のようだ。


しかし何故なのだろうか…


先ほどから感じるその「無関心」に
心が軽くなってしまっている気がする。


自分に興味を持たない存在が隣にいるというだけで

どうして安心にも似た感情が押し寄せてくるのだろう。


「はぁ…」


大きくため息を吐いてうな垂れた。


確実に聞こえたはずなのに
隣にいるフェイタンは一切の反応を示さなかった。


いつもならば、憎い敵の前で弱さを見せてしまったことに対する罪悪感がひしひしと押し寄せてきてしまうはずなのに


何故だかそんな感情は
一ミリたりとも湧いてこない。


「気楽なものなのだな…」


例えそれが誰であったとしても
自分の隣に誰かがいるということは。


自嘲気味に呟かれたその言葉も
活字を追い続けるフェイタンにはやはり


全く聞こえていないようだった。



ーto be continue ー


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