これの続きもの


 みょうじが風邪で学校を休んだ。「岩泉!私皆勤賞を狙うことにした!」と大声で宣言していた翌日に。さすがみょうじ。アホかよ。

 とは言いつつもなんだかんだみょうじのことが心配な俺は、放課後にスポーツ用品店に行く及川との約束を断ってみょうじの見舞いに行くことにした。突然のドタキャンに初めは駄々を捏ねていた及川もみょうじの欠席を知るや否や「みょうじさん家行くの!?俺も行く!」と目を輝かせて言うものだから、全力の足蹴りを食らわせておいた。前回のような面倒な騒ぎになるのは御免だし、そもそもみょうじが目の敵にしている及川をやすやすと家に上げるとは思えない。

 しつこく粘る及川をなんとか振り切ってコンビニで見舞いの品を調達し、みょうじの友人達の情報を頼りにみょうじ家に向かう。全体的に白くてなかなかに大きな家がみょうじの家らしいが……どれだ?どれも白っぽいしでかいからわかんねえ。確か向かいの家にでっかい松の木があると言っていた気がする。松の木松の木ー…あ、あった。ということはあの家の向かいがみょうじの家か。とりあえずもっと近付いて表札を確認ーー…ん?

「岩ちゃんヤッホウっ!」
「…」
「ちょっと!何か言ってよ岩ちゃん!そんな目で俺を見ないで!」
「何でお前がいんだよクソ及川」
「ん?ン〜?ンーっとね、みょうじさんが心配だから!」
「…本音は?」
「岩ちゃんとみょうじさんの恋の行方が気になるから!!」
「ざけんなクソが!」
「痛い!今日の岩ちゃんよく蹴るね!でも顔が赤いよ!」
「赤くねぇ!つか遊びに来たなら帰れよ!みょうじは病人なんだぞ!だいたい何でお前がみょうじの家を知ってんだよ!」
「ふっふんそれはね!みょうじさんのお友達に聞いたのです!」
「んだよお前もか…」
「岩ちゃんってば、お見舞いに行くほどみょうじさんのこと心配だったんだ〜?」

 ムカつく顔で「むふふ、岩ちゃんったら油断も隙もありませんなぁ」とかほざきやがる及川に本日三度目の足蹴りをお見舞いした。声にならない悲鳴をあげてその場に蹲る及川を尻目に、家の表札とインターホンの場所を探す。この馬鹿が悶絶している間にちゃっちゃと見舞いの品を渡して帰ろう。表札はー…お、みょうじって書いてある。ここで間違いないな。

「でもね、俺も今日はお見舞いのつもりで来てるから安心してよ」
「うるせぇ早く帰れ」
「ほら見てこのケーキ!みょうじさんの好きなショートケーキとガトーショコラと、あとみょうじさんのご家族にも数個買ってきたんだー」
「…へーあっそう」
「岩ちゃんは何買ったの?」
「ゼリーとヨーグルト」
「…安上がり」
「うるせぇ!気持ちが大切なんだよ!気持ちが!」
「えっ!?やだ岩ちゃん!どんないかがわしい気持ち!?」
「いかがわしくねぇ!」
「オイ!!そこの馬鹿共!!!」

 キーンと耳鳴りのする怒鳴り声が上から降ってきた。俺と及川は声のする方を見上げ、「あっ」と声を揃える。

「人の家の前でギャーギャー騒いでんなよ!!子供か!!」
「よ、よお…みょうじ…」
「みょうじさん!ヤッホー!」

 バァン!!と騒がしく二階の窓が開かれ、鬼のような形相のみょうじが顔を覗かせた。あれは相当キレてるな。でも額に冷えピタを貼ってるし、モコモコで可愛らしい柄の半纏を着ているせいで怖さが半減している。

「生きてるかー?みょうじ」
「死んでるから応答できない」
「できてるじゃねぇか」
「みょうじさん大丈夫ー?俺たちみょうじさんのお見舞いに来たんだよ」
「お見舞い…?」

 みょうじはきょとんと目を丸くした。そして深い深いため息を吐き出してから「ちょっと待ってて」と言い残してピシャッと窓を閉めた。待っててと言われて及川をど突きながら待つこと一分、玄関の扉の奥から半纏の上に毛布を被り、マスクまで着用した完全防備のみょうじが姿を現した。不謹慎だけど、ひよこみたいに丸々としててちょっと可愛い。

「で、君たちは何でうちの場所を知ってんのかな?」
「みょうじのダチに聞いた」
「あーなるほど。納得」
「ふっふーん!岩ちゃんはともかく、まさかこの及川さんまで来るとは思わなかったでしょ?どう?嬉しい?」
「及川くん何で来たの?帰れよ」
「ガーン!!ひどいっ!!!」
「冗談だよ。二人ともわざわざお見舞いに来てくれてありがとう。あ、移るかもしれないからあまり私に近付かない方が良いよ」
「熱は結構あるのか?」
「うん。39度」
「高いな…。外にいたら余計悪化するだろ。中に入れよ」
「え…でも」
「そうだよみょうじさん。そして俺たちも中に入れてください。さぶい」
「貴様はそれが狙いか」
「みょうじさんのためにケーキ買ってきたんだよ」
「よし入れ」

 みょうじの許可が下りるとすぐに及川は「お邪魔しま〜す」と玄関に足を踏み入れた。俺はキョロキョロと辺りを見渡しながら及川の後に続く。思わず入ってしまったが、邪魔して本当に良かったのだろうか。見舞いの品を渡したらすぐに帰ろうと思ったのに、この遠慮知らずの馬鹿が中に入れろだなんて言い出すから。図々しいにも程があるだろ。と言いつつ、俺もちゃっかり居座る気満々だ。及川を残して先に帰るなんて危険な真似は絶対にしない。みょうじに変な真似されたら俺が困ーーー……らねぇよっ!!別に全然困らねぇよっ!!何考えてんだ俺!!

「あれ?ご家族は?みょうじさん一人?」
「うん。親は仕事で夜まで帰ってこないよ。はっっ!!すごい!及川くんのケーキ美味しそう」
「ふふふん!まあね!」
「及川くんに初めて感謝した」
「それは良かっ…ん?初めて?」
「岩泉、それは?」
「…コンビニで買ってきた。みょうじにやるよ」
「えっ!?い、岩泉が私のために!?やだどうしよう!すごく嬉しい!」
「みょうじさん俺とリアクションが違う!テンションが違う!」
「熱の時はゼリーとかヨーグルトが食べやすいと思って。…及川みたいに良いもの用意できなかったけど」
「わ〜〜ありがとう!私すっごくゼリー食べたかったの!あ、しかも私の好きなマスカット味じゃん!さっすが岩泉!わかってる〜っ!よーしよしっ」
「みょうじさん俺には!?俺にはなでなでしてくれないの!?」
「及川くん、お手」
「何で躾けるの!?俺犬じゃないよ!?」
「とか言いながら釣られてお手しちゃう及川くんが好きだよ」
「え…!?す、好き…!?みょうじさんが俺のことを好き…!?」
「図に乗るなよクソが」
「うえええ岩ぢゃああん!」
「及川くんクソワロ」

 …なんか、違和感。

 なんとなくだけど、みょうじが以前よりも及川に心を開いた気がする。相変わらず扱いは雑だけど、露骨な嫌悪感を出さなくなった。俺の勘違いだろうか。いや、でも及川の前でこんな楽しそうにみょうじが笑うことなんて無かったのに。それに何故か及川はみょうじの好きなケーキを知っていた。みょうじもみょうじで毛嫌いしていた及川をあんなあっさりと家に入れるなんて。

 おかしい。どう考えても変だ。顎に手を当ててよく考えてみても、前回の一件以来この二人が話しているところなんて見たことない。何だろう。俺が見ていないところで何かがあったのだろうか。

「じゃあ私お茶いれるから適当に座ってて」
「あーダメダメ!みょうじさんは寝てないとダメだよ!俺がお茶入れるから、みょうじさんはお部屋に行ってて!」
「え…でも、お客様なのに…」
「無理しちゃダメだよ。みょうじさんは病人なんだから。ね?岩ちゃん」
「…え?あ、ああ。そうだぞ」
「…ありがとう。じゃあ頼もうかな」
「及川さんに任せなさ〜い!あ、マグカップはどこ?」
「そこの棚にある。好きなの使って」
「オッケー!じゃあ岩ちゃんはみょうじさんの側にいてあげて」
「…は、え?」

 聞き返す俺に及川はバチーンとウィンクをして「いいから」と人差し指を立てた。気持ち悪い。

「岩泉に看病してもらえるなら私もう死んでも良い」
「死人の看病はしねぇぞ」
「生きる!!!」
「わかったから早く布団に入れ」

 騒ぐみょうじの背中を押してリビングを出て部屋に向かった。初めて入る女子の部屋に俺は今更ながらすげぇ緊張し始めた。みょうじの匂いがする。香水みたいにキツくなくて、でも芳香剤よりも上品なみょうじの良い香りだ。みょうじの私物に囲まれた部屋は予想外に女子らしくて可愛かった。あのガサツ女子のみょうじがこんな人形やら雑貨やらに囲まれた部屋に住んでいたとは。ギャップとはこのことを言うのだろう。なんて感心している場合ではない。ドキドキとうるさい心臓をなんとか落ち着かせようと俺は必死だ。顔も熱いし、みょうじに怪しまれないようにしないと。とりあえずみょうじに布団を被せて、俺はベッドに寄りかかるようにして床に座り込み、みょうじに背中を向けた。

「具合はどうだ?」
「んー。ちょいぼんやりする」
「そうか。具合悪かったらすぐ言えよ?薬とか用意するから」
「うん。ありがとう岩泉」

 ベッドに横になりながら顔だけをこちらに向けたみょうじは、熱に犯されたトロンとした目で微笑んだ。か、可愛い!!俺はガッッと心臓を掴まれたかのような衝撃で肩が大きく跳ねた。風邪で弱ったみょうじがこんなに可愛いなんて。不謹慎だがドキドキした。ていうかドキドキしてる。黙って笑ってたら、みょうじも普通に可愛いんだけどな。如何せん手が早いから女子としての認識が薄れていた。ほら、こいつすぐに喧嘩腰で胸ぐら掴むから。

「及川も結構良いとこあるねー。まさか岩泉と二人でお見舞いに来てくれるとは思わなかったよ」
「お、おお」

 及川と何かあったのか、聞いても良いだろうか。とりあえずカバンからみょうじ用に取って置いた今日の授業プリントを取り出しながら、会話の切り出し方を考える。あまり不自然に聞き出してみょうじに怪しまれたくはない。うーん、なんて聞くのがベストだろう。

「ねぇ、岩泉」

 遠回しに聞いてみるのが良いか。そもそもみょうじに聞くべきか及川に聞くべきか。いや、及川は無いな。からかわれるに決まってる。

「岩泉ってばぁ」
「あ、ああ、どうした?」
「岩泉こそどうしたの?ぼんやりしてたけど」
「あー…いや、別に」
「ふーん?」
「…これ、今日の授業プリント。来週、数学小テストやるってよ」
「マジで!?うあー今の範囲苦手なんだよね…勉強しなきゃ…」
「その前に風邪治すことに専念しろよ」
「うん。私が復帰したら勉強付き合ってよ」
「良いけど数学なら及川の方がー…」
「ん?」

 今この流れで聞くのは不自然だろうか。でも、及川の名前が出た今がチャンスのはずだ。

「岩泉やっぱ変だよ。何かあったの?」
「…みょうじ、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん?」
「及川と…なんかあったのか?」
「は?何かって?何?」
「何って…だから…」
「?別に何も無いよ」
「何も無いことはないだろ…。前はあんなに突っかかってたのに…今は、なんつーか…」
「あーそりゃまあ、岩泉の幼馴染のポジションが羨ましい気持ちは変わらないけど、いちいち突っかかるのもめんどくさいし及川くんに対抗意識燃やしたところで無意味じゃん?」
「まあ…確かに」
「だから休戦条約結んだ」
「お前ら戦ってたのかよ」
「私が一方的に攻撃してただけだけどね。及川くんは私を応援するって言ってくれたし」
「応援…?」
「うん。私の片想いが実るように」

 にっこりとみょうじは笑う。だけどその笑みはどこか悲しそうに見えた。俺はなんて返したら良いのかわからなくて咄嗟に「そうか」と呟いてしまった。「そうか」って何だよ。俺のことなのに。

「けほっ。岩泉」
「…おう」
「熱が下がったらさ、私とデートしてよ」
「で、デート!?」
「うん。デート」

 ダメ?とみょうじは首を傾げた。可愛い。今の表情にその仕草はズルいだろう。断れるわけもなく、黙って頷くとみょうじは笑顔を浮かべた。ていうか、断る理由なんて無いけどな。

「あ、そういえば…」
「何だ?」
「この間及川くんが『岩ちゃんは巨乳好きのムッツリスケベだから気をつけてね!』って言ってたんだけど、マジ?」
「ハァッッ!?!?」
「あ、大丈夫だよ岩泉。私は引いてないから。ただ心配なんだよね。私の胸って岩泉の許容範囲かな?Dなんだけど」
「何言ってんだお前!?!?」
「Dで足りる?Eのほうがいい?」
「お前ちょっと黙れ!!熱で頭おかしくなってんじゃねーの!?」
「言われてみるとさっきより頭ふらふらする」
「バカ寝てろ!!早く寝ろ!!一刻も早く!!」
「えー何でそんな私をログアウトさせようとするの。まだ岩泉とお話ししたい」
「良いから寝ろ!!寝ないと一生お前と話さないからな!!」
「それは困るから寝るわ。おやすみ。ぐー…」

 一刻も早く寝ろと言ったのは俺だけど、まさかこんな即寝るとは思わなかった。どんだけ意識がぼんやりしてたらあんなとんでもないことを恥じらいもなく言えるんだ。………D、か。でかいな。

「………D、か。でかいな」
「…」
「って思ったでしょ?岩ちゃん!そういうところがムッツリスケベなんだよ?このケダモノ〜っ」
「……及川、そのケーキとお茶が乗ったおぼんを机に置け」
「え?良いけど。はい、置い      アッーーーー」


≪≪≪



 翌日、ケロッとした様子でみょうじは元気よく登校した。ちなみに眠る直前に言った問題発言は覚えていない様子で「え?私何か言ってたっけ?ほとんど記憶にないんだよね」と首を傾げた。それを聞いて少し安心した。もし覚えていたらどんな顔をしてこれから会えばいいのかわからない。みょうじがアホで本当に良かった。

「そういえば及川くんは?いつも空き時間に顔出すのに、今日来ないね」
「ああ、休み」
「え!?もしかして私の風邪移った…?」
「違う。お前のせいじゃねーから安心しろ」
「なんか岩泉顔怖い」



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