これの続きもの

 アラームではなく自然と目を覚まして爽やかな朝を感じ取った時、自分がとんでもなく寝すぎた気持ちになることがしばしばある。飛び起きて時計を確認すると予想外なことに目覚ましが鳴るよりも前の時間帯で、思い過ごしだったかぁと安堵して二度寝に入るのがいつものパターンだ。そんな日が連日続いたものだから、朝になって突然目を覚ましても全く焦らなくなってしまった。今朝もまた「どうせ余裕だろ」と、高を括って布団に顔を埋めた。でも何故か落ち着かないから念のために確認しておこうと今日はたまたまスマホの電源ボタンを押してディスプレイを覗き込んだのだ。そして。

「遅刻だコレ」

 8:23。私は愕然とした。考える間も無く布団を吹っ飛ばしてパジャマを脱ぎ捨て慌てて制服に着替えた。バッチリ寝坊してしまった。何でアラームの音に気づかなかったのだろう。いくら悔やんだところで遅刻の二文字は消し去れない。
 バタバタと階段を駆け下りて勢い良くリビングの扉を開けた。

「ママ!何故起こしてくれない!?」
「あら、おはよう。あんた何で制服来てんの?今日は祝日じゃない」
「え、祝…日?」

 母の顔を凝視してから疑うようにリビングを見ると、父がコーヒーを飲みながらソファで新聞を読んでいる。リビングのカレンダーを見ると、今日の日付が赤かった。…祝日かよーッ!

 いやーだけど遅刻じゃなくて良かった。無駄に焦ったわ。でも折角の休日を早起きしてしまったことが少し悔やまれる。まあ起きてしまったものは仕方ないし、とりあえず顔を洗おう。うんうんと頷きながら洗面所の扉を開けた。

 しゃこしゃこしゃこしゃこ

「あ、なまえひゃんおはよ!おねほうさんらね!」

 パタン

 扉を閉めた。

「ちょっとなまえちゃん何で閉めるの!?及川さんだよ!?なまえちゃんの大好きな及川さんだよ!?」

 再び開かれた扉の向こうには歯ブラシを咥えながら叫ぶ及川がいた。及川がうちで歯を磨いている意味がわからなすぎて思わず真顔になる私。しゃこしゃこと歯磨きを続行しながら不思議そうに首を傾げる及川。何だこれは。何なんだこれは。

「…何、してんの」
「?歯磨き」
「見りゃわかる。そうじゃないよ、何でうちで歯磨きしてんの」
「朝ごはんご馳走になったから〜」
「何故?」
「え?みっちゃんがたまにはうちでご飯食べてねって言うから。お言葉に甘えた」
「うんまあそんなことだろうとは思ったよ?でもさぁ、晩ごはんなら百歩譲ってまあ良しとしても、朝ごはんってなんだよ。朝から何ご馳走になってんだよ」
「何って…今朝は和食だったよ?鮭美味しかったなぁ。なまえちゃんも食べて来たら?」
「そういうこと聞いてんじゃないよ!?何その腹立つボケ!朝ごはんをうちで召し上がってるのがそもそもおかしいって言ってんの!」
「もーなまえちゃん朝からそんなカリカリしないのー。低血圧なの?」
「お前のせいだよ!ていうかその歯ブラシってうちのじゃん!何で使ってんの!?」
「あれ、知らなかった?これ俺用にみっちゃんが用意してくれた歯ブラシ」
「OH!!!!」

 もういいや…及川にツッコミを入れようとすると体力がいくらあっても足りない。それにしても、ママもママだ。及川を甘やかさないで欲しい。ママが実の息子のように及川を可愛がるものだから、及川も調子に乗ることが多いのだ。しかもママと及川はメールでちょこちょこ連絡を取り合っているらしい。友達かよ。精一杯のツッコミがそれだった。

 どいて、と及川を押しのけてヘアバンドで前髪を上げた。洗顔料を泡だてていると、及川が私の背後に回って頭に顎を乗せてきた。マジマジと鏡に映る私を見ながら首に腕を巻きつけて左右にゆらゆらと揺れている。すげぇ鬱陶しい。鏡越しに視線で訴えると、及川はニッコリと笑う。

「なまえちゃんって化粧しないと童顔だよね」
「そんなことないし」
「そんなことあるよ。すっごく幼くなる」
「…あ、そう。てかどいてよ顔洗えないじゃん」
「なまえちゃん冷たいよー」
「邪魔」

 顎をグリグリと頭に押し付けてくる及川の足を踏んづけて、なんとか腕を振り払うことに成功した。及川はブーブー言いながらもおとなしく洗面所を出て行く。そして「みっちゃ〜ん!なまえちゃんが冷たいよー!」とリビングに戻ってママに余計なことを言っていた。お前は早く自宅に帰れ。

 顔を洗って髪も整えて、着替えてから軽く化粧をした。及川に童顔と言われて地味に引きずっているのか、若干普段より濃いめになってしまったが、まあ良いや。リビングに戻って朝ごはんを食べようとしたら、ソファに座っている及川とお父さんが何やら真剣に話し込んでいた。どうせろくでもない話だろう。私は席について味噌汁を啜りながら、なんとなく耳を傾ける。

「それでね!なまえがね!ママのことはママって呼ぶのに俺にはお父さんってね!お父さんってね!俺だってパパって呼ばれたいのねッッ!」

 味噌汁吹き出したわ。

「うんうん、よくわかります!きっとなまえちゃんは照れてるだけですよ。本当はお義父さんのこともパパって呼びたいはずです」
「ほ、本当に?徹くんは本当にそう思う?」
「はい!」
「なまえと結婚したら、徹くんだけでも俺のことパパって呼んでくれるかい!?」
「それがお義父さんの望みなら!」

 何勝手に盛り上がってんだよ。二人まとめてぶっ飛ばしてぇ。鮭を箸でぶっ刺したらママに丸めたチラシで後頭部を叩かれた。食べ物で遊ぶなってことですね、ハイ、すみません。

「なまえちゃん食べ終わるのおっそいよ〜」
「…あんたいつまでうちにいんの」
「午後練が始まるまで?」
「 ( あと二時間もうちにいるのか… ) へぇ。今日は午後練なんだ」
「うん!あ、もしかしてお手伝いに来てくれたり?」
「は?嫌だし」
「何で!?」
「せっかくの祝日なのに何でタダ働きしないといけないんだよ」
「えーーーなまえちゃんがいれば元気百倍なのになぁ」
「どこのあんパンだテメェ」

 空になった食器を重ねて流しに持っていこうとしたら、台所から「なまえ!あんた!」というママの怒鳴り声が聞こえた。ママが激おこだ。

「あんた昨日弁当箱持って帰るの忘れたでしょ!」
「…弁当ば、アーーーーッッ」

 忘れてた。机の横にかけたままだ。

「今すぐ取りに行きなさい!弁当箱あれしかないのよ!」
「えー今から?めんどくちゃい」
「明日お弁当いらないのね?」
「いるいる!いるよー!」
「徹くんと一緒に学校行って弁当箱持って帰って来なさい」
「えー…それなら部活ついでに持って帰ってきてよ及川」
「ふーんだ。練習観に来てくれないなまえちゃんなんて知らないっ」
「あんたねぇ、徹くんは部活で忙しいのよ!あんたが忘れたんだから自分で取りに行きなさい!ぶっ飛ばすわよ」
「ぶっ…!?」

 比較的温和なママの口からぶっ飛ば宣言が出されたので渋々制服に着替えて及川と学校に行くことになった。せっかくの休日に登校なんてツイてない。学校に行くのもそうだけど、穏やかに過ごすはずの休日の半分を及川と過ごすことになるなんて。これは岩泉くんに愚痴るしかないわ。

「今日は風が強いねー」
「ね。寒いね」
「手繋ごうよ」
「…良いよ。寒いし」

 右手にコツンと及川の手が当たって、そのままゆるゆるとお互いの指を絡める。ぬくぬくしていたら、一際強い風が吹いた。

「ぐああ目にゴミが!目が!目がぁあ!コンタクトゴロゴロするううう」
「大丈夫!?見せて!」
「いや涙を流せば大丈夫だよ多分…いてっ」
「こら、瞬きしない。目に傷がついちゃうよ」
「うううー鏡鏡…あ!ポーチ家だ…」
「だから俺に見せてってば」

 擦ろうとする手を及川に掴まれて、おとなしく痛む目の瞬きをやめた。及川の目が目の前にあって、ジィッと見つめられる。目のやり場に困ってとりあえず上を向いていたら「あ、そのまま動かないで」と及川がティッシュを取り出して、そっと目元に当てた。

「はい、取れたよ」
「あ、もう痛くない…」
「大きなゴミは取れたけど、一応目薬で流しておきなね」
「ありがとー」

 及川から受け取った目薬をさしてパシパシ瞬きをすると、涙と目薬が混ざり合ったものが頬を流れた。それにしても過去最高に痛かった。木の枝でも入ったんじゃないかってレベル。普段はうざったい及川もこういう時はすごく頼もしい。適切な処置を施してくれたおかけでもう目は痛まないし、ほんのお礼で今日くらいは及川に優しくしてやろう。

「そういえばなまえちゃん」
「ん?何?」
「さっきの風でスカート捲れて可愛い花柄のパンツが見、痛ァ!!」
「やっぱ優しくしない!」
「え!?何で!?優しくしてよ!」
「及川なんかに優しくするなんて時間も体力も勿体無い。金払えや」
「た、体力…!?なまえちゃん俺に何するつもり…!?」
「大丈夫、少なくとも今お前が頬を赤らめながら想像しているようなことはしないから」
「ぶー」
「ぶーじゃない。帰れ」
「うう…手厳しい!でもこれがなまえちゃんの愛し方なんだよね!だったら俺は両腕を広げて全力で受け止めるから安心して!さあ、おいで!」
「何も安心できない」

 弁当箱回収してさっさと帰ろう。



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