ニシヘヒガシヘ

提案
『ちょっと修行を』
なんて咄嗟についた嘘が、まさか現実になろうとは……。






―――――

「江流から聞きましたよ」
お堂の床を拭いていると、背後に光明様が立ち、出し抜けに言った。

「聞いたって、何をですか?」

ここに来て一週間くらい。相変わらず、元の世界に戻る方法はつかめない。けれども、ここでの生活の見通しがなんとなくついていた。私が女であることは他の僧侶たちには順調に隠せているようだし。慣れる。その一言に尽きる。
それだけに、光明様が続けた言葉は、私にある環境適応力の試練の追加としか思えなかった。

「修行、なさりたいんでしょう?」
「…へ?」

修行……?

江流から聞いた?



……ああ、あれか…。

チッ、江流め、余計なコトを……。


「あれは…その、江流を神隠しの話だとかで怖がらせちゃ可哀そうかな、と思いまして、嘘をついてしまったんです」
「嘘?」
「はい」
「嘘はいけませんねぇ」
「そうですよねえ…」
「では、嘘にしなければいいんですよ」
「……え?」
そこで光明様はとびきりの笑顔になった。
なんか、イヤな予感…。



「修行、しましょうか」

うわぁー予感が当たったァァ!!


「い、いえいえ、あれは、ですから、その、本心ではありませんで…、それに、その、ここに置いて頂けるだけでありがたいのに、そのうえ修行までさせていただけるなんて、滅相もございません」

「どうぞ、遠慮なさらずに。ところで姫子さんは何ができるんですか?」


…質問の真意を測りかねる…。


「何がって、何がですか…?」

「だって姫子さん、貴女、普通の人じゃないでしょう」


……普通の人じゃない。

それは、確かにそうだ。

何かが見えたり、それを祓ったり、自分の気をこめた札を書いたり…。そんなことができる人間を私はおじいちゃん以外に知らなかった。



「なぜ、それがわかったんですか?」

「カンですよ、カン」

えええええ――・・・・・。

思わず胡散臭そうな顔をしてしまった私に光明様は、おやおや、と困ったように顔を崩した。

「人の勘を侮ってはいけませんよ。我々のような異種の力――法力を操る者にとって、勘とは物差しのように正確なのですから」
「そうですね…。ええ、白状します。私には、そこらの人にはできないことが確かにできます」
「で、具体的には?」
「人の邪念を祓ったり、霊符を書いたり」
「霊符ですか。ちょうど良かった。うちには良い札使いがいます。彼に貴女の修行を頼みましょう。そうしましょう」


なんか物凄く短い質疑応答で私の修行プログラムが決まったんですけど……。


「いや、その札使いさんにも申し訳ないですし…」
「彼はそんな度量の狭い人間ではありませんよ。安心なさい。では、お堂の掃除、今日もご苦労様です」


と、謎の会話展開をして光明様は去って行った。


……光明様には申し訳ないけど、修行したいなんて気持ちはサラサラ無いんだけど。
今の力で十分に依頼はこなせていたわけだし。死んだ恋人の霊が憑いてるという優柔不断な大学生や、不可解な事故が相次ぎ工事が進まないという土地の精霊が原因のケース、そんなベタな依頼だって数々こなしてきた。さまざまな術を私は独学で身につけてもいる。ただ、手っ取り早く稼ぐことのできない巫女業に関する訓練はサボりがちだったってだけで。

坊さんに何を学べと?
坊さんなんて、お経あげるくらいしかやることないじゃん。今更お経の勉強なんて私には必要ないんだけどなあ。良い札使いがいる、と光明様はおっしゃったけど、霊符の書き方なんてもう知ってるし。




(面倒なことになったなぁ……)






―――こんなことを思ってた私だけど、すぐに今までの自分の常識が通用しないということを思い知らされることになる。ここの世界の坊さんがお経をあげるだけの存在じゃなかったりとか、私の今の能力が全くの役立たずだったりとか。



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