WonderfulWolrd



※文次郎&主人公・仙蔵の両親設定注意(悲しくて後味悪いかもです)




誰かの話し声で目が覚めた。
「お前ら何するんだぁ〜!!」
「黙れ。桜子を一晩中連れまわしていた罰だ」
「どこの学校の者だ。白状しなさい」
この声…聞き覚えがある…。はっと目を開けると、わたしの体にはスーツの上着がかかっていた。驚きながら体を起こすと頭が横たわっていた位置にはご丁寧に鞄が置かれていた。枕として誰かが当ててくれたんだろう。その誰かなんて、今しがた聞いている声の持ち主に違いないんだろうけど。
「文次郎…と、土井先生…」
わたしは、夢うつつの状態で聞こえていた声の持ち主の名を呼んだ。
「桜子!!」
制服姿の文次郎が振り返る。隣に立っていたワイシャツ姿の土井先生も。
なんで二人がここにいるの?そして朝日が眩しい。障害物の何もない海辺で太陽の光が容赦なく降り注ぐ。ちょっと残虐とすら言えるんですけど…。
わたしは、かけられていた上着を手に起きあがった。
「これ、」
ワイシャツ姿の土井先生を見る限り、というか制服の上着ではないという時点で確証したが、この上着は土井先生のものだろう。あんな出来事をやらかした主の上着は生理的に何か……
と、土井先生に返そうとしたところで、
「桜子!!!怪我はないか!?」
二人の後ろから現れたのは、お兄ちゃん…。お兄ちゃんの隣には、
「大丈夫?心配したんだよ!?」
伊作先輩。
そして彼らの足元には、
「俺は無実だぁ〜ッ!!」
小平太が頭以外すべて砂に埋められていた。あの、夏にキャッキャウフフしながら若者が海で、すいか割りの次くらいにやる定番のあの遊びのように。
「こっ、小平太!?」
な、なにされてんのーーー!?
わたしは土井先生の上着を放り投げて小平太に駆け寄った。
「なっ、なんでこんな埋められてんの!?」
「知るかよ〜起きたらこうなってって、こいつらが俺を囲んでたんだよ!!桜子の知り合いかー!?」
「貴様、気安く桜子なんて呼ぶな!」
文次郎が屈んで、ボカッと小平太にゲンコツをお見舞いした。
い、痛そう…。小平太は案の定、
「イテ!!お前何するんだッ!?」
「文次郎ちょっとやめてよね!!小平太は何も悪くないんだから!!」
「お前を連れ回したのはこいつだろう」
冷やかにお兄ちゃんが言う。
「わたしが連れてってって言ったんだもん!!」
「桜子ちゃん、この男とどういう関係?」
「はーっ!?伊作先輩勘違いしてませんか?友達ですから!ただのゲーセン仲間ですから!!」
「ゲーセン仲間だと?お前が入り浸ってるあの店か?」
「そうですよ、わたしが土井先生の助っ人をしたあそこのゲーセンですよ」
「桜子お前ゲームセンターになんか入り浸ってたのか!?」
「文次郎うるさい!!今さら兄貴ヅラしないでよ!!」
「」
「ゲーセンって僕らが土井先生と鉢合わせたところ?」
「鉢合わせたぁっ?」
「僕と仙蔵、文次郎で桜子ちゃんをあちこち捜してたんだ。そうしたら土井先生とゲームセンターでバッタリ」
「車があったほうが良いだろうということで、先生の車に乗せて頂いてな」
「誰も許可しとらんだろうが。お前らが勝手に乗ってきただけだろうが」
………何このマシンガンカンバセーション。なぜここにみんながいるのか、という謎は解けた。土井先生の車に便乗してここまで捜しに来た、と。で、砂浜という何のカモフラージュもない場所で寝転がってたわたし達はあっさりと見つかったのだろう。
でも、みんな全員揃っちゃってる時点でわたしにとってはゲームアウト。顔も合わせられないからここまで逃げてきたのに意味ないじゃん。このメンバーで顔合わせるとか気まずさ以外の何も生産されないから。
「おいー早く砂から出してくれぇ…!!」
あっ、小平太!!
小平太は、いい感じに波打ち際まで移動させられた場所に埋められていた。このまま潮が満ちてくると確実に水没する…!
「小平太ごめんっ!!」
わたしは、あわてて小平太の横にしゃがんで砂を取り除き始めた。がっしゅがしゅと砂を掘り、手が自由になったところで小平太は自ら砂を掘り起こした。ものの数分もせずに小平太は起きあがる。
「ぺっぺっ」
砂を吐き出す小平太。
「ああ、ごめんーっ!」
って、なんでわたしが謝ってるんだ!?
「ちょっと、元はといえばあんたらが小平太埋めたからじゃない!」
「元はといえば失踪したお前が悪い」
と土井先生。確かにそれはそうかもしれないけど…。
わたしはある怒りが沸き起こっていた。こいつに、なんでコイツに、説教されねばならないの、か……!!
「今度は熱血教師気取りですか?生徒に手ぇ出しといて随分イイご身分ですね」
おっと、口が滑った…。
「土井貴様ーーッ!!」
文次郎が土井先生に掴みかかった。
「桜子に何をしたぁっ!」
「まあ、押し倒すくらいのことは」
平然と言ってのける土井先生。
「貴様それでも教師かーーっ!」
「未遂だよ。そう目くじら立てるな」
コイツ、真性のスケコマシだわ…ここまで来ると一周して逆に尊敬するよ…。
拳を振り上げる文次郎を、
「まあまあ」
伊作先輩が取り成すように苦笑いで抑えた。おいおい、伊作先輩だって土井先生と同罪みたいなもんでしょうが……!!
「伊作先輩、あんた人のこと言えた義理ですか?」
ぴたりと伊作先輩の手が止まり、彼はわたしを見た。
「わたしがお兄ちゃんのこと好きだってのを脅して保健委員の手伝いさせたりキスしてきたり、あんたも同罪でしょうがぁっ!!」
はぁはぁっ!!思わず叫んでしまった。
「なぁっ!?伊作お前ー!!」
文次郎の矛先が伊作先輩へ移る。
伊作先輩はこれまた得意の底意地の悪そうな笑みを浮かべ、
「使えるモノは使わなきゃね」
「見損なったぞ伊作!!お前が桜子を脅すとは!!いくら桜子が仙蔵を…仙蔵を……桜子が仙蔵を……?」
半ば混乱気味に文次郎は口をつぐんだ。はっとして、思わずわたしは口を塞ぐように手のひらをパチンと当てた。あ、デジャブだわこれ・・・。
文次郎がキョトンとわたしを見つめた。既に知っていた伊作先輩と土井先生は仮面のような無表情。
「あの、わ、たし・・・」
その奥にいるお兄ちゃんの顔が見れない。顔が熱くて赤くなるのが自分でもわかる。これ何ていう凌辱プレイ?
ここまで隠してきたのに、自分で言ってしまった。守りたかったんだ、あの何でもない日常を。わたしが好きだなんて口にしたら、それが壊れてしまうと、もうあの幸福な家には帰れないのだと、わかっていたのに・・・それなのに・・・。
「桜子、」
お兄ちゃんが呼んだ。わたしは俯く。もうダメだ恥ずかしすぎて死にそう。
「桜子」
お兄ちゃんが再び呼ぶ。わたしは訳も分からず、ただ首を横に振った。



「桜子、帰ろう」
………今、なんて…?
ゆっくりと、顔を上げた。お兄ちゃんは微笑んで、
「桜子帰ろう」
「…だって、」
そこで、お兄ちゃんはとびきり上等の笑顔になって、
「おいで。帰ろう」
両手を大きく広げる。
涙が溢れた。ぼろりぼろりと頬につたっていく。涙ってこんなに熱かったっけ・・・。
「お兄ちゃん!!」
駆け出して、お兄ちゃんの胸に飛び込んだ。涙が止まらなくて、嗚咽がますます激しくなる。
「ひっく…うっえ……」
子供みたいに泣きじゃくるわたし…。頭にはあの日のように優しい感触…。
「よしよし」
大声出して泣いて頭を撫でられて、それでも感情はついていかなくて泣き声が一層ヒートアップした。胸がいっぱいいっぱいで…涙が溢れるままに任せておきたいほどの安らぎと、胸が張り裂けそうな好きって想い……。
ヒックとしゃくりあげるわたしを、お兄ちゃんは包み込み、
「どうも妹がご迷惑おかけしました」
それに対する返事はない。
お兄ちゃんは静かにわたしを体から引き離し、手を強く握った。そして歩き出す。真っ白い砂浜を、まばゆい光を浴びながら、手を繋いで。




******
*******
********


ぐずりながら仙蔵に手を引かれ桜子の背中が遠くなっていく。その二人を、取り残された彼らは見送った。
「結局ここまで来たのに無駄だったね」
と伊作。
「やっぱり最後はお兄ちゃんか」
「仕方あるまい」
土井はため息をついた。そして放り投げられた自身の上着に手をかけようと屈んだところ、何者かにひょいと取られる。
「先生、どうもすいませんでした」
文次郎だった。文次郎は、ぱんぱんと砂をはたき、上着を土井に渡した。続いていつのまに回収したのか、桜子の枕にしていた黒い鞄も。
「ありがとう」
礼を言い受け取る。ここに来るまで車内で聞かされた立花家と潮江家の事情を考慮すれば文次郎が謝罪ことに何の疑問もない。
土井は受け取った上着を羽織った。ちらりと伊作と文次郎が目に入る。二人とも随分と憔悴していた。桜子の前では平常通りふるまっていた彼らが。失恋と家庭の事情、それぞれの痛手が土井に伝わってきた。生徒に同情するなんて、彼にとっては珍しい。それは自分自身も彼らと同様に精神が披露し傷ついているからなのだろう。
「桜子ちゃん泣いていた」
寄せては返す波打ち際を見つめながら伊作がぽつりと言う。随分と太陽の位置は高くなっていたので、小波は綺麗な水色になっていた。涙に色をつけたら、あのようになるだろうか。柄にもなく伊作は思う。伊作は校舎裏での出来事や文化祭での事件、保健室での自分とのやり取りなどを思い出していた。そのどの場面にも桜子の泣き顔はなかった。どんなに殴られても蹴られても馬鹿にされても、どんな嫌がらせを受けても、たとえそれが全校生徒に曝されるようなときでさえ気丈に振る舞っていた彼女が、仙蔵の一言で泣き崩れた。
「桜子ちゃん、嬉しかったんだね」
「やっと家に帰れるからな」
と文次郎。小平太は汚れきった制服を、あちゃーという顔で眺めていたが文次郎の一言に手を止めると、ぼけっと、
「あいつが好きだったからだろ」
と返した。
まぎれもない事実で、伊作と土井にとっては改めてグッサリ突き付けられた気分であった。
「さて、私たちも帰るか」
力なく土井が言ったときだった。
「で、何がどうなってるんだ?」
大きく伸びをしながら小平太が言った。
ただ一人、立花家と潮江家の家庭の事情とやらを知らない小平太。
間の抜けたカモメの鳴き声が空から聞こえる。







―――
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―――――
――――――




浜辺から10分程歩くと駅が見えてきた。お兄ちゃんが二人分の切符を購入し、わたしたちは改札をぬけ駅のホームのベンチへ腰かけた。ようやく、わたしの涙も収まり少し前から泣き止んでいたので人の目はあまり気にならなかったが、その必要は始めからなかったようだ。
駅には誰もいない。忘れ物のように置かれた自動販売機が一台あるだけ。一応今日土曜日なんだけど。まあ、観光スポットでもない海辺なんてこんなものかもしれない。
足を払って、ようやく靴下とローファーを履いた。どうやったのか、いつのまにかお兄ちゃんが回収済みだった。
遠くから聞こえる波の音と、初夏のまばゆい日差しに包まれる。もう一度寝れそう。
「桜子、」
隣に座るお兄ちゃんが口を開いた。落ち着いたタイミングを見計らったように。さっきまで、わたしは泣いてばかりで、お兄ちゃんは黙って時折わたしの頭を撫でるだけだったから。
わたしは、ん?と顔をあげお兄ちゃんを見返した。お兄ちゃんは重苦しそうに、
「すまない。今までお前と私が実の兄妹でないと隠していて」
少し胸がうずいたが、もう涙は出てこなかった。
「ううん、わたしこそいなくなったりしてごめんなさい」
「急に聞かされてはそうなっても仕方がない。それで……話してもいいか?」
わたしたちと文次郎の、血のめぐりあわせについて……?まあ、この状況で話すことって言ったら、それしかないよね…。
「……うん」
わたしは俯きながら頷いた。お兄ちゃんはそれを確認すると優しく手を握る。わたしはこれから聞く話がやっぱり怖くて、その手を握り返した。
「文次郎の両親とうちの両親は昔からの友人だった」
うん、知ってる。若いころの四人が写った写真がリビングには飾ってある。
「元から仲の良かった二組の夫婦は隣同士で家を買った。私と文次郎が同級として生まれ、四人はとても喜んだ。………だが、」
ここで一度お兄ちゃんは口をつぐんでしまった。わたしも文次郎のお父さんが亡くなったことは知っているんだけど……
「それで、文次郎のお父さんが亡くなってしまったんだよね?」
「……ああ」
「でも、どういう経緯で、わたしはお兄ちゃんの家の子になったの?」
「…それが」
「………」
とても言いにくそうにしながらも、お兄ちゃんは続けた。
「私にも実の妹がいるはずだったんだ」
………え……
「だが母さんの腹にいるときに流れてしまった」
……そうだったのか……。
「それはただの事故だった。二家族で山登りに行った。そのとき突然の落石で文次郎の母が落下しそうになったんだ。それを防ごうとした文次郎の父が落下し、それに巻き込またうちの母は……」
流産し、文次郎の父は亡くなった………。
「母は子供を望めない体になってしまった。妊娠していたのも流れた後に知ったことだったし、その自己だって誰のせいにもできないものだった。だが、おばさんは自分を責め……」
わたしを立花家の養子に、か……。
「私も幼ながらに四人はとても仲の良い夫婦だったと記憶している。だから、いくらこのような顛末になったからといって、誰も誰かを憎みはしなかったのだ。お前も文次郎の母とうちの両親、三人で育てるような形だったよ」
………なかなかヘビー……。ベビーなだけに……いや、そうじゃなくて。
でも、ショック受けて自殺未遂とかしないってことは、わたしはまだマトモな部類として育っているようだし、本当のお母さんに育ててもらえなかったーーー!!なんて憤怒するにも至らない。だって、お父さんとお母さんも、文次郎も本当のお母さんも、お兄ちゃんも、わたしを育ててくれた人全ていつも、わたしを大切に思ってくれていたから。
「わかった」
わたしはお兄ちゃんの手を強く握り返した。
「でも、ひとつ聞いていい?」
わたしは顔を上げる。
「なんだ」
線路の方を向いていたお兄ちゃんが、きゅっと口を結んでこちらを見返した。
「ねえ、わたし、お兄ちゃんの妹でいて、いいよね?」
お兄ちゃんは少し目を見開いたのち、


「当り前だろう、馬鹿」
わたしの頭を寄せ、抱きしめた。
あったかい………。
そのとき、ガタンゴトンと電車がやってきた。
お兄ちゃんは、わたしの手を引いて立ち上がった。わたしは引っ張られるように、お兄ちゃんと電車に乗り込んだ。
街中にあるような電車とは違って、電光掲示板も塗料のにおいのする座席もない、古びた車内。そして、やっぱり人はいなかった。
『発車します』
車掌さんのアナウンスが入り、音をたてゆっくりと電車が動き出す。
わたしたちは空席が有り余っているにもかかわらず、なんとなく手をつないだまま扉付近に突っ立っていた。あ、海。車窓をのどかな景色が流れていく。
「お前さっき、」
「え?」
お兄ちゃんが窓の外を見ながら言う。
「妹でいてもいいか、って言っていたな。お前はそれでいいのか」
ど、どういう意味……?
言っている意味がよくわからず首をひねる。お兄ちゃんはにやっと笑って、
「お前、私が好きなんだろう」
あーーーっ!!そうだ何か知らないけどわたし自爆してたんだったーーーー!!
顔を真っ赤にして、口をパクパクさせるわたし。対してお兄ちゃんは冷静そのもので、
「もうすぐ私は高校を卒業する。そうしたら大学へは一人暮らしをして通うつもりだよ。だから同じ屋根の下にいるということにはならない」
えーーーっと、話がよく見えない……。
「で?」
相変わらず首をかしげるわたしに、お兄ちゃんはデコピンをくらわした。ぴんっと額を弾かれ、まあ、結構痛い。
「同じ家にいて、そういう関係になるのはまずいだろう」
「じゃあ別々に住んでたらいいの?」
「おっ前は……」
なぜかお兄ちゃんは顔を赤くさせた。
「どうしたの?なんで顔赤くなってんの?」
からかうとか毛頭なくて、ただ単純に疑問だったんだけど、お兄ちゃんに再びデコピンされた。
「痛っ!これ案外痛いんだから!!」
「お前が子供だからだ」
「いつまでも子供扱いして…まあ確かに子供だけど…」
また子供扱い。普通にヘコむ…。
お兄ちゃんは、ちょっと慌てて、
「いや、訂正する、子供じゃない」
「いや、いいよ、子供だから」
「お前は子供じゃなくて、ただの馬鹿だ」
………えーーーっ…
「それ、もっとヤだよ…」
「兄の気持ちにも気づかないのだから馬鹿だ」
「お兄ちゃんの、気持ち?」
思わずお兄ちゃんの顔を見つめる。お兄ちゃんは恥ずかしさを誤魔化すように頬をかき、横目で車窓に視線を向けながら、
「お前の気持ちは以前から気づいていたんだ。だが…それに応えてしまったら歯止めが利かなくなるから……」
馬鹿なわたしでも、ここまで来てやっと、わかった。兄の気持ちとやらが。馬鹿な妹で御免なさい……。

わたしは黙って、お兄ちゃんの手を今までにないくらい優しさをこめて握った。それが伝わったのかはわからないけど、お兄ちゃんはわたしの頭を撫でる。いつもの慣れた兄妹の仕草。でも窓の外に流れる景色が、なんだかとっても素敵に見えて、この世界は自分が思っているよりもずっと素晴らしいものなのかもしれない。





第一部・了




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