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りりりりいいん、と、透明で済んだ鈴の音が、耳をつんざくほどに鳴り響いた。


来たる敵に、三人はぐっと体を強張らせる。

だが………



「あ、あれ、おかしいぞ…」


一分二分、五分たっても家臣の一人現れるどころか、足音すら聞こえてこない。

がやがや、と遠くで人の気配がするから城が無人というわけでもなからろうに……


「ど、どういうことだこれは…!」


髷の男は悪態づくと、再び鈴を高々と掲げた。だが、それがいけなかった。

音をより遠くへ、より大きく鳴らそうとしたその大ぶりな動きは、まさに蹴ってくださいとでも言っているようなもので。

利吉が素早く男の手を蹴り上げ、男の手から大きなハンドベルがごろっと音をたて床に転がった。



「あぁ…!」


慌ててそれを男が追う。

鈴はごろごろと廊下に続く障子の方へと転がっていく。

やっとの思いで男が鈴に手をかけようとしたとき、しゅぱんと襖があいた。

反射的に顔をあげると同時に、右手に激痛が走った。



「よーう、見取り図泥棒」


一人の少女がにやりと不敵に笑って立っていた。

その、彼女にぴったりと合った不敵にいやらしい笑みを浮かべる少女……ミツの足は、がっちり男の右手を踏んづけている。


「きっ貴様…何者だ!」

その男の問いに彼女は、


「そっちの連中の仲間さ」


男の後ろにたたずむ、利吉、文次郎、仙蔵の三人を親指でさしながら、彼女はぐりぐりと男の手の甲を踏み鳴らす。
彼女の踵は的確に、手の筋を圧迫し、男は余りの激痛に呻いて手を抜こうと試みるがびくともしない。しまいには足を踏まれているだけなのに冷や汗がだらだら流れてきた。



「くぅっ…大体!なぜ家臣がこない!!」


男は恨めし気に、何の役にも立たずに転がっているだけの白金の鈴を睨んだ。

その鈴を、彼女の後ろからあらわれた少年が、ひょいと取り上げる。

善法寺伊作は、左手に鈴をおさめ、これまた彼にぴたりと合った、お人よしそうな苦笑を浮かべると、


「いやぁ、それが、さっき大なべに下剤の大袋を落としてしまいまして…」


ぽりぽりと頭の後ろをかく伊作に、男は、なぁっと目を剥く。


「僕らの侵入経路が、たまたま御台所で…、天井に忍び込もうと這い上がったとき、胸を板にすったらしくて…、気が付いたら、胸ポケットに入っていた下剤がなくなっちゃってて。
気が付いて引き返したときにはもう遅かったんです…、腹を壊して厠にかけこむ人たちでいっぱいで…」


通りで気配があるのに部下が来ないはずだ。
その、がやがやとした気配とは、まさに「腹を壊して厠に駈け込む」者たちなのだから…。


「な、なんで下剤なんか持っているんだ!」

その男の怒りもなんのその。

伊作は、


「僕が保健委員だからです!」


と堂々と言ってのけた。



男は一瞬、脱力したように肩を下げたが、足を踏まれ、身動きを奪われ床にうつぶせになりながらも、下からねめつけ、


「忍術学園めぇ…!
あの腑抜けた若造の事務員ばかりだと思ってなめておったわい!!」


その台詞を聞き、ミツはパチンと指を鳴らした。


「そう、それ、あんたのその台詞が聴きたかったんだよ」


「…なにぃ?」


男が腹立ちと訝しさの混じった声をあげる。

すると、ミツの後ろから、最後の一人が姿を現した。



「た、大老!?」



一人、ではなかった。
中在家長次は、クナイを一人の恰幅の良い初老の男に突き立て、すっとミツの後ろから姿を現した。
カラスタケ城の大老は、そのでっぷりとした顔を下げ、ぐったりしている。
立っているのもやっと、そんな感じだった。

中在家と伊作にはさまれる形で戸口にたつミツが口を開く。


「こいつに誰が忍術学園に向かった間者だと問い詰めたんだ。
そうしたら、書記方も兼ねている、元忍者のお前だと白状してな。
だがお前だっていう証拠がない。
肝心の見取り図が頭に入っている間者に逃げられたら元も子もない。
だが……」


ミツは、ますます底意地の悪そうな笑みを深めると、


「小松田が腑抜けた役立たずのバカだと知ってるなんて、あんた忍術学園に相当詳しいみたいだな」




――――腑抜けた役立たずのバカ。




(そこまで言ってないだろう……)


と、小松田に憐みの感情を抱いた利吉だった。




「利吉」



名を呼ばれ、はっとミツを見る。



「見取り図は?」


「あっああ、ここに」


利吉は年少の少女に敬称を省略され、何かもやりとしたが、今ここでその感情を表に出すことに何の利もない。彼はその名の通り、利を吉(よし)とする男だ。

利吉が見取り図を広げると、男は悔しそうに歯を噛む。


「ちぃ、人が三日かかってようやく仕上げた見取り図を盗むとは…」


その言葉に、文次郎がびきっと青筋を立てた。


「盗む?
元はといえばお前が学園の見取り図を盗み見たんだろうが!」

「さっきも私たちを盗人と呼んだが、盗人はお前だ」


仙蔵も応戦し、二人の当然の論理に男は返す言葉もない。

ぐっと喉を詰まらせ、それきり男は大人しくなった。


それを見届けると、ミツは右足で男の手を踏んづけたまま、左足で男を蹴り上げた。


「ぐがぁ!!」


蹴ると同時にミツが足を離したため、男は体を仰け反らせながら床に転がった。


ミツがどこをどう蹴ったのか、その速さで肉眼で見て取れなかったが、顔といい腕といい胸といい、体のあちこちが悲鳴をあげている。
一蹴りでズタボロになったような感覚だ。

床に転がり、ただ呻いているだけの男を、ミツは冷たく見下ろす。


「さあ、忍術学園の見取り図、消させてもらおうか」

「なっ…何を…」

「わからないか?
見取り図を記憶しているお前の存在そのものを消させろっつってんだよ」


じゃきりとミツは忍び刀を抜いた。

幾年と使い込まれてきたであろう、ミツの刀は黒光りしており、よく手入れはされているが、数えきれない人間の血肉を浴びてきたのだとすぐにわかった。



(この女は本気で殺す気だ……)


今更ながらに、文次郎は彼女にぞっとした。


ひぃっと髷の男が恐怖の声をあげるが、お構いなしにミツの切っ先は男の首筋へと狙いを定めた。













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