10


深夜の森がしんと静まり返る。


完全に固まってしまった潮江、仙蔵、中在家、伊作の四人。
今目の前で起こったことが信じられないのだ。


その静寂のなか、ミツはクナイを取り出しカラスタケ忍者の縄を切り始めた。
ばさばさと手際よく縄を切る。

カラスタケ忍者の上半身を支えていた縄が切られ、がくりと首と上半身が重力のまま垂れ下がった。



「う、わあああああっ!!」


叫んだのは伊作だった。意志のかけらもない肉体の垂れ下がり具合は、名も知らぬこの男が、もう魂のないただの肉の塊になったのだと、はっきりとわかったのだ。



伊作はカラスタケ忍者に駆け寄った。ミツを押しのけ、縄をはらい、男を地面に横たわせる。



「死ぬな死ぬな死ぬな・・・」


伊作はしゃがみこみ、男の首をのけぞらせた。気道を確保するのだ。口に指を突っ込み舌を掻きだす。伊作の指はあっという間に血まみれになった。


ミツは黙ってその様子を見ていた。




(伊作・・・・・・)



ここまで赤の他人に一生懸命にある理由はなんだろうかと考えていたのである。

そんなことをしても、




「伊作、こいつはもう死んでる」

「うっ・・・ううっ・・・」



伊作は泣いていた。

ミツは伊作の隣に腰を降ろした。




「もう何をやっても無駄だよ」

「だからって何もしないなんて!」

「いいから」



ミツはカラスタケ忍者の腕に手をかけ、自身の肩に回させ立ち上がった。
よいしょといわんばかりに、カラスタケ忍者を担ぐ。



「どうするつもりだ・・・」

伊作は呆然とミツを見上げた。



「決まっているだろう、埋めるんだよ」


返ってきた言葉に伊作は怒鳴り散らした。



「なんで君はそんなに冷静でいられるんだよ!人間が一人死んだんだぞ!」

「お前こそ、この男になぜそう躍起になる?なぜ無駄な処置なんか・・・」

「それは、僕が、」

ぐっと伊作は息を吸い込み、それを吐くと同時に言い放った。


「保険委員だからだ!」


ミツは目を丸くした。




(保険委員・・・・・・。
ああ、だからか。伊作がこんなにもお人よしなのは・・・。
だったら、なおさら、




人を殺させるわけには、いかない。)



とミツは思うのだった。




「お前ら、もう寝ろ」



ミツはカラスタケ忍者を抱え、四人に背を向けた。



「ちょ、ちょっと待て!」


放心していた潮江がやっと声を出す。



「お前ひとりでそいつを埋めるのか!?」

「忍者は体重が軽いんだよ。それに、慣れてるから」


ぞくっと潮江の背中に寒気が走った。



(死体を埋めるのに慣れているだと・・・・・・)



そこへ、



「手伝う」



中在家が静かにミツの担いでいた死体を支えた。中在家は、死体というものはそれ自体が支えようとする意志を失ったために余計重く感じるものだと書物で読んでいた。


ミツは断りを入れようと中在家を見たが、その視線を受けた長次は再び、



「手伝う」



押し切られる形でミツは、頼む、と返した。



奥の茂みに二人がかりで死体を抱え消えようとするミツに、




「見張りはどうする?」



仙蔵が声をかけた。仙蔵の顔色は相変わらず粉をはたいたように白かったが、それが元々のものなのかどうかは判断しがたい。ただ、腕を組んでいるから、彼がどうにか冷静さをポーズとしては保っていられているようだ。



「あたしがやる。交代はなしだ」

「馬鹿を言え。貴様の睡魔に私たちの命を預けられるか」

「あたしが寝てたところで曲者が現れたら対処するのはあたしなんだから、同じことでしょ。それに、眠くない」


「眠くないってお前、」

と潮江が言いかけたところで、ミツはこちらを振り向いた。



「眠くない」


そう言い切る彼女の顔が余りに自然で、潮江は何も言えなくなってしまった。機嫌を損ねたでも、強がりで言っているのでもない。さも当たり前の“普通”を答えるように言ったのだ。


そして、彼女は中在家とカラスタケ忍者の死体と共に奥へと消えていった。









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