――――――








「な、なんですかこれ!こんな大会あったんですかグリーンさんなんで教えてくれなかったんですかっ!」


ちょっと落ち着け、とりあえず俺は隣で大興奮しているやつにそう言いたい。
そうは思うものの、机に出されたグリーンさん特製クッキーを食べながら俺は黙ってそのやり取りを横目で見ていた。
グリーンさんの自宅にあるテレビに映し出された映像は、ついさっき始まったばかりのバトル大会の様子を映している。


「いや、だってなぁ?お前が参加してたらお前が勝つに決まってるし、それに俺となんていつだって戦えるだろ」

「そういう問題じゃないんですよ!うわぁあ今すぐ行きますバトル大会に!オニドリル、空を飛「分かった分かった!俺が悪かった!」」


モンスターボールを取り出したヒビキに慌てて覆い被さるグリーンさん。
バトル狂もここまで来るとただの病気だな。
呑気にそんな事を考えているとヒビキが今度はこちらをキッと睨む。なんだ、やるのかよ。


「シルバーもなんで教えてくれなかったんだよ!嫌がらせに今度からシルちゃんって呼んでやるからな!」

「なにその地味すぎる嫌がらせ」


つかお前普段から俺の事そう呼んだりしてるだろ。
はぁ、とわざとらしいため息をつくと俺はヒビキに向き直る。


「事前に情報入手して無かったお前も悪い」

「……うっ、で、でも俺がどれだけバトル好きか知ってるじゃんかシルちゃんは」

「誰がシルちゃんだ」


さらに何か言ってやろうと開いた口はテレビから聞こえてきた大きい歓声によって閉じざるをえなくなる。
なんだ、今の。
俺は思わずテレビを見る。ヒビキもグリーンさんも同じくテレビの画面を見つめていた。

そこに映っていたのは俺たちとそこまで年の変わらないであろう茶髪の少年。その少年の頭上にはフワフワと……なんか緑色の物体が浮かんでいた。


『No.148!一匹のポケモンで相手の手持ち全てを倒してしまいました!圧勝!圧勝です!!』


「……このポケモン……こいつイッシュのやつじゃん」


グリーンさんは珍しいなと声をもらす。


「イッシュて、あのイッシュ地方か?」

「あぁ、たぶんな。ランクルスなんてカントーに生息してねぇし」

「…………」

「……ヒビキ?」


俺はさっきからだんまりを決め込んでいたヒビキを見る。
いったいどうしたと言うのだ、このトレーナーとバトルしたいとか?ははは、やめてくれ。
グリーンさんは、空になったカップを見てお茶を入れてくると下に降りていってしまった。

テレビに映し出された茶髪の少年は、もう次のバトルを繰り広げている。


「……シルバー」

「…………なんだよ」


なんだろう、この感じ。そう言いながらヒビキは画面から決して目をそらさずに声を発する。


「シルバーはさ、ポケモンバトル楽しい?」

「はぁ?」


思わず変な声を上げてしまった。そんな俺に対し一言の言葉も発しないで俺の返事を待つヒビキ。
……言えってか。言えってことかこれ。
ケホン、1つ咳払いをする。



「……楽しくない、って言ったら嘘になるな」

「…………」

「ポケモンは信頼したらそのぶんだけ、いやそれ以上に応えてくれるし、そりゃ負けたら悔しいけどな、それでも俺は楽しい気がしないこともない」

「……あれ?シルちゃん今デレた?」

「黙れ」



でもそうだよね、と小さく笑うヒビキに肩をなでおろした。ようやくゆっくりとこちらに顔を向けるヒビキ。
その瞳には何もうつっていなかった。



「分かった、違和感の正体」

「…………?」

「笑わないんだよ」

「…………は?」

「……この人、すっごい苦しそうな顔でポケモンバトルしてるんだ」








いったいこの人は、なにと戦っているのだろう。









悲しげにそう呟くヒビキに一言。
……とりあえず俺は、グリーンさん特製のクッキーが食べたいな。