三目惚レジスター


しとしと、なら優しいだろう。冬すら感じる秋の極寒、吹き荒れるこれは冬将軍のお通りか。
「ちッくしょ!傘もってねぇし!バカかよ天気予報はぁ!!」
その将軍は、ご丁寧にしとしとで済まない、ザアザアの本降りを従えていたのが、走る少年の運の尽きだ。
「ありえねぇまじサイッテーだっつの…!」
浴びせる罵倒は雨の音に紛れて消える。旧国道沿いはここぞとばかりに溢れ出る中年女性に阻まれて、少年は迂回に迂回を重ねていた。着崩した濃紺のブレザーは最早それともわからない。濡れて張り出した肩パッドは、同い年のそれより青年に近い少年を、より大人に見せていた。
「あ゙ーーっもう!」
漸く見付けたコンビニの外装を潜るその途中、ぴたりと止んだ水音に、少年はとうとう頭を垂れて、手にした紙を、
「あー、やっちまったぜ…」
開きかけて叶わなかった。

雨に濡れて滲んだわら半紙は、高校生のステータスだ。

数年後の特別カリキュラムの導入に先駆けて一月も遅らせざるを得なかった青春の象徴・文化祭。発はその、準備期間大役を引き受けた。クラス内すべての買い出しを引き受ける──サボりに逃げ出す必須条件を、今こうしてもて余す羽目になるとは予想もしてはいないけど。
「……あーあ、かえ…え?」
振り向き様のガラス張りは、その足を止める。

どくん、どくん、

跳ねる鼓動は息すら止めて、何故だか雨は舞い戻る。

ガラス一枚外と内。発の視線のその先で、結露の中に恋を魅た。

まるい穏やかな、朗らかな瞳。
少しだけそれを隠す黒い前髪。
オレンジとグリーンのサンバイザーが、結露を擦って消え去った。

「……おい!!」

なんなんだ?
なんなのだ、わからない。
わからないのが恋なんだ。
誰かがいつかそう歌い、一目惚れと、胸のときめきが隠せない、これを呼ばずになんと呼ぶ!


駆け出した声と笑顔のずぶ濡れのローファーが店内の白い床を踏みしめる頃には、
「いっ──あれ…?いない!?」
麗らかな少女は曇りガラスに浚われて、温もりすらも残らなかった。項垂れるのか、諦めないのか。それがわかれば苦労はしない。クチャクチャびしょ濡れのわら半紙を投げ捨てて、店内光速ヘアピンカーブ。

いない、いないいない!
どこなの俺のプリンちゃん!

「おい、あーた!」
「ぐうっぇ!!!」
全店舗を走り終えるその前に、ずぶ濡れのブレザーの首もとはサンバイザーに捕まった。

「万引きすんなら警察呼ぶかんね」
「はぁぁ!?ざっけんな!俺のどこが万引きだっつの!テメェのバカでっかい目は節穴かってんだアホ!」
「──っるっせぇさ!公務執行妨害でケーサツつき出すかんな、立ち読み犯!!」
「──ふはっ、万引きの次は立ち読みかよ?俺が持ってんのはガッコのきょーかしょ!プリント!プリン…あ」
「へ?」

ここまできっと数秒だ。瞬きも惜しむ程の電光石火で火花は散って、

「そうだ、プリン。プリンちゃん知らねぇか!?」
「はぁぁー?」

すっとんきょうな締まりのない打ち上げ花火が、台風一過の秋晴れを告げた。


少年の名は、発。
威勢よく調子こいた──発に言わせれば、である──バイトの少年は、名を黄。名札にそう書かれているだけの関係性は、一月の時を経て、少しだけ丸みを帯びる。
「だーぁらさぁ!すげぇ可愛い子がいた訳よ!知らねぇ?ほんっとにバイトの子じゃねぇんだろうな!?」
「知らねぇさー。雨の日にサンバイザーでウチの立ち読みしてたって人っしょ?覚えてねぇしなぁ…」

あの日から一月。忘れようとすればするほど、曇り硝子に叩き付ける雨粒の音、その数ミリ向こうに映し出されたつぶらな瞳は、いよいよ具体性を帯びて発に迫った。
「……好きなんだよ…あの子…」
今日も懲りずに現れた発の呟きに、レジ横のバイトは首を降る。
「力になってやりたいのは山々だけどよ、ウチにゃー女のバイトは蝉玉しかいねぇさ。だからきっと」
「お客、だよなぁ…」
はぁ、と登り詰める溜め息が、二人で重なるようになったのは何時からか。モップ片手のバイト一人と、ポテチと雑誌を篭に一人の恋煩い。件のバイトが根負けする程に落胆した発は、しわしわのわら半紙を弾いて、あんパンをひとつ篭に足す。
「明日の文化祭……誘いたかったぜ…」
呟く声は哀しい哀愁に彩られ、空は曇天。いつの間にか肉まんにおでんと、コンビニに並ぶメニューも変わる。眉尻を下げた発につられて、以前より板についたエプロンの袖を捲ったバイトの黄は、垂れた目の真ん中に、くしゃっと線を入れていた。
二人並んで空いたコンビニは、立ち込めるおでんの湯気に反して、ひんやりと外気を運んでいる。このまま冬がくるのだろうか?なかったことになるのだろうか?
いつしか二人の共通項と化した発の見初めた女性探しは、既に雲を掴むかのような、霞がかった夢のようですらある。

「……帰っかなぁ、補習くらうのも準備かかんのもめんどいし」
「……そうかい」

とうとう肩を落として篭を引き摺る発の横で、眉を潜めたバイトはレジへ。ふかしたての肉まんとチキンとおでんと。制服とサンバイザーを遮って、まるで心の靄の如く、発の表情を曇らせた。

「もう、今日で最後だ。こねぇよ」
「えっ…」
「もともと駅と逆回りだし、俺」
「ああ、そうかい。そっか」
「あ、肉まん一個な」
「ん、はいよ」

当たり障りないそれで、無機質なレジスターは音を立てる。──そのときだ。

ガラス一枚外と内。発の視線のその先で、結露の中に恋を魅た。

まるい穏やかな、朗らかな瞳。
少しだけそれを隠す黒い前髪。
オレンジとグリーンのサンバイザーが、結露を擦ってトングで取り出すふかしたての肉まんがひとつ。

「──お前………」

まんまるの、あの日の目が、眼前の肉まんのショーケースに逆さに映り込んでいたその日。
一月追い縋った彼の恋の名を──バイト改め、黄天化。
熱々の肉まんを食べることなく抱き締めて、二目惚れ成就なるか?
翌日のバイト面接に、調子の良い声が響いたことは言うまでもなく──男相手の三目惚れは、今日も懲りずに此処にあり。


end.


2012/09/12





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