ラズベリーホイップ





暖房の熱さと冬の寒いのが混じった日。ああ、もうすぐ夕焼け見えっかな。

「あ゙―――」

教室の隣の席で、そっくり返った人が言う。細くて長い脚は机の上に投げ出して、首や頭は後の机。
「しょーぶパンツ丸見えさー」
「うん、見してんのー。」
「誰にさ誰に」
「天化もじゃん。こどもぱんつ」
「うっさい」
この人はいっつもそう。二人だけのこんな日の放課後は、大抵伸びて腐ってっから。……そのかっこ見る度に、なんで俺っちとこんなに違うんかなって、二人分のブラウスの山に悩んでみたりした。無駄っぽいしさ、……やっぱやめた。変な感じ。だって願って降ってくるもんじゃないし、邪魔くさいっしょ?現にこの人は体育が苦手。

「ゔ―――」

パタパタ落ち着きない透明な下敷きと、懐かしいはげかけたポスカのデコ。まだ入学式から1週間とかそんくらいの頃の思い出っぽいそれは、どっちも絵心なんてあるワケないから、後から蝉玉が勝手にやりだした。ハートとクラブとスカルのシールも一緒。
あちゃー、ラメ剥がれすぎさ。
「トップコート塗ればいいじゃん」
「え?コレ?あー…うん、今持ってんの?」
「ってない」
「なーんだ」
ちょっとだけ長い爪。斜め前髪に止まった赤いコンコルドを外す指が、やっぱ俺っちより女の子だった。運動部と帰宅部ってこんな違うんさねーって、言う度に笑うこの人。でも手だけじゃん、天化ちっこいじゃんチビっこじゃーんって。
……あのシール俺っちのだったのに。いいんかい剥がれても。馬鹿発。

「…あーやだ!カレシ欲しい!」
「またそれ」
突如として起き上がって叫ぶその台詞も、もう1年近くまいんち聞いてるモンばっか。
「男欲しい!恋したい!」
「したいなら勝手にすりゃいいさ」
「……天化にゃわかんねぇよーだ!」
「ハイハイ」
俺っちにわかってたまっかい!
つまんでたイチゴポッキーがいつの間にか消えてた。絶対ぜったい、犯人は
「発!!」
「いいじゃん2本くらい」
隣の長い指と長い爪!!
「今の最後の1本込みだったさ!」
「んじゃまた買い行こー」
「ダイエットするって言ったのどこの誰さ?」
「……え?うっそ!言ったっけ?」
カラカラ笑うでっかい口に、薄い赤、ラメの入ったグロスのつやつや。キレーな白い八重歯。…これでチョコついてなかったら、きっと彼氏できんだと思うけど。本人が恋愛偏差値高い高いってゆーからなんも言わないけどさ。それもなんだか変な話っしょ?
「……あーあ…」
ちらちらチラチラ、ずっと気にしてるおでこのニキビ一個と時計の針と、ケータイの中の鳴らない着信。
あーあ。
俺っちは早く夕日見えないかなって、そればっか考えてた。

「天化ーてんかぁー」
「なんさ?」
「恋したいよなぁーって」
「発はしてるさ」
「どこが?ぜんぜん!」
にぱって笑って、発はこーゆー恋バナすんのが大好き。その矛先は大抵俺っちに向いてて、変な居心地の悪さばっか残る。なんかしんないけど、俺っちの初恋と初カレをプロデュースしてくれる気らしい。つくづくお節介な人さ。そーゆートコにしか気がまわんない。

「恋活中だし。あーあ、イイ男落っこってこないかなーイケメンー無理かなー」
「そりゃ兄ちゃんサンよりイケメンったら難しいっしょー」
スクバから引っ張り出したじゃがりこ開けながら言ったら、俺っちの目の端で固まったこの人がいた。
あーあ。
……なんでさ、もう。
噛み砕く音がうっさくて聞こえない聞こえない聞こえない!
「なっんでソコであんちゃんなんだよ…馬鹿じゃね!アホか、なんで…」
あーあ、聞こえる。
「あーはいはい。アホで悪かったさね」
「天化ー、じゃがりこ」
「ダメさーさっき2本取った!」
「いいだろケチ!」
死守!立ち上がってくるくる机の周り3周。逃げる俺っちと追っかけるこの人と、
「……っぷ!」
ぐるぐる回って踵返した反対回りでぶつかった。弾けて飛びそうなブラウスのボタンが目と鼻の先。うわ、窒息すっかも……。
「やった!じゃーがーりこっ!」
くるくるターンで喜ぶこの人。あーあ、もう。なにさ人の心拍数勝手に上げといて!なんでさもう!ニキビ気にしてる癖に!
「…ズルいさ発ばっか」
「ん?なにがよ?じゃがりこ?」
「……違うさ」
「なにが?」
「……だからそーゆーのじゃなくてさ、」
「…あ?え?アレ?もしかして好きな人できたとか」
「はぁ!?ンなこと言ってない!」
「うそうそ!顔赤い!!」
「んじゃあーたの目がおかしいさ目が!」
「なんでーぇ!早く言えばいいじゃん水くさい」

嘘ばっか。
……自分だってホントんとこなんも話さない癖に。キラキラした目で嬉しそうにつつく指に、結構マジにウンザリした。

「どんな人よ?ってか知り合い?会ったことある?」
「……あー、あるかもね」
「うそ!マジで!誰?」
「しーらーなーい!」
鏡でも見りゃいいさ、スレンダーで背だけモデル級に高いレイヤー入った黒髪に赤いコンコルドのそこの馬鹿!
「…ええー…えー?えっ…もしかして楊ゼンとか言う?」
「はっ…ドコどう見たらそうなるさ!?しらないって言ってるっしょこの馬鹿!」
「だから顔赤いって〜!」
「サイテーさあーた!」
「照れんな!」
キラキラまっすぐな目で笑う目の前のその人は、それはそれは相当に誤解してくれた。ばかじゃん、ホントばかっしょ!
「おっし!プリ撮って作戦会議だ!楊ゼン奪還決行ー!落とすぞー!!」
「自分が撮りたいだけの癖に!」
「なんで!ドコ行く?あとマック?あー安いか。なんかパーっとお祝い…あ!駅前のバイキング明日までだ!ケーキケーキ!初恋祝い!」
「なんさそれ!食べる気しねぇ!」
マシンガンみたいなこの人は、
「相当病んでんなー。喉通んないってどんだけなの…」
思考も口調もマシンガン。

「もうすぐバレンタインじゃん?いーの撮ってチョコと送れば?今度のラメ飛び超いいらしーし。睫毛すげぇって!デカ目デカ目!!」
「だから俺っち…」
「まーまー!発ちゃんに任せとけ!可愛くしてやるからホラ!」

仕方ないって、言いながらついてっちゃう俺っちってやっぱ馬鹿なんかね。

「…あ!」
「ん?どした?」
「Furyuのさ、こないだペンは出たけどまだ隠しスタンプ見っけてなかったさ!うさみみハート!」
「ほらーぁ!だから言ったじゃんよ!」
「いつまでさアレ?」
「わかんね!行くぞほらー!天化ー、善は急げ!」
こんなときばっか。行く行くって張り切って走ってくこの人の背中が、すっごい楽しそうだからさ。まぁいっかーとか、思っちゃうんさ毎回。あーあ。
だって隠しうさみみ、二人用のスタンプだからしょーがないさ。誰かのせいで!

「天化って可愛いよなぁ」
「……そうさ?」
「うん。可愛い極みじゃん?目もキレーにくりくりだし。白目すげぇキラキラに白いじゃん。むしろ透明?」
「……白目…って剥く機会ないさ。嬉しくない」
「いや剥かない剥かない!これで写りよかったら完璧なのになーぁ」
「おせっかい!」

魚眼レンズって言われた。そりゃ誰かみたいにポーズ取れたら苦労しないけど…誰に見せるさ誰に!
ぴらぴら舞う紙数枚。発のペンポのミニハサミで半分こにした。

「軽く散財したよな…」
「発が撮るってきかないからさ」
よんひゃく×ご÷に…、うっへ…!今日のプリ代千円也。引っ張ってでも止めりゃよかった。のに、
「天化に撮ってんじゃん!」
楽しそうだからさ、……仕方ないっしょ。発が笑ってるってだけで、やっぱ俺っちの方がずっと馬鹿さ。

結局バイキングなんか行けなくて、いつものファミレスのボックス席に収まった。追い出されるまで30分てとこさねー。

「ってか落書き壊れてるってなんさ…うさみみ…」
まぁ、楊ゼンさんの名前とか書かれなくてちょっとほっとしたけど。
「あれ酷いよな。詐欺だよな…先に貼り紙でもしとけっつーの!」
他の機種で取ったやつに、はっきりピンクの矢印付きでカレシ募集ちゅ!とか書かれたけど。
「……やっぱかわいいなー天化」
「…べつに」

写真の中で並んでる俺っちたちは、パッと見だけですぐに違ってる。

「……発は美人系さね」

長い睫毛がするする伸びる。実はツケマ頼らない派なのに。切れ長で三日月みたいな猫目石。
そんで体育でもろくに走らない癖に細い。白くて触るとぷよぷよしてるけど。

「天化も美人系だろ」
「へ?なんでさ?」
オレンジジュースの氷が鳴った。
「可愛い系と美人系とイイトコ取りじゃん。」
「…どこがさ?」
「無意識下?」
「だからどこさ」
「うん、可愛い可愛い」
ボックス席の向かいから伸びてきた白い手。イイコイイコ。いっつも俺っちばっか。
「なんでさ?」
「んー…」
「なんさそれ」
んーて。笑うと目が細くなる。嫌いじゃないけど。運ばれてきた皿の前で、だんだん俯いた体がテーブルにくっついた。
「……食べるさ?あ、食べたらカラオケ行くさほら!PV版入るって言ってたっしょ!」
「んー……うん、あー…なんかごめん。」
「……んーん」
サラサラの髪が微かに揺れて遊ぶみたいに散らばって。
「発はやっぱ綺麗さ」
そういやもう1ヶ月だっけ。腹痛いんだろうし気持ち悪いんだろうけど、聞いたら笑っちゃうからさ、この人。
なんで俺っちにはわかんないんかな。そりゃ俺っちも試合の日とかぶつかったらうげって思うけど。めんどくさいだけでこんなに痛かったりしない。
……発ばっか。
繋いだ指の先が冷たかった。
「イイコイイコ」
伸ばして撫でた髪が、サラサラサラサラ。俺っちの左手に絡まって、トリートメントの匂いがする。
「……天化がカノジョだったらさー、文句言う男っていないんだろーなぁ」
やっさしーんだもん、なんて力なく笑う唇は、俺っちよりずっとずっと女だった。
「上手く行くといーな」
にへって優しく笑うからさ。うんってしか言葉が出てこない。
なんでさ、俺っちのばか。

「あ……」
小さく上がった発の声。片目が白いケータイ見てた。俺っちだって気付いてる。

みんなの着信は一括設定で、発の好きな曲にころころ変わること。青イルミなこと。
ちょっとだけくすぐったい俺っち専用着信は、俺っちが好きって言ってから変わんない。イルミは緑。

サイレント。
音も鳴らない震えもしない、イルミだけピンクで3回ふわふわ点滅するやつ、が、
「……シチュー、だって。食べる気しねぇわー…もたれる」
自分だって喉通んないんじゃん。
「兄ちゃんサンのシチュー好きって言ってたじゃん」
「なんで…今日」
「……ウチ泊まるさ?」
猫目石が丸くなって細くなって、
「んー、うん。やっぱ帰るわ。」
上弦の三日月。
「そ。」
「うん、サンキュ。」
きっと今日最後のイイコイイコの発の指は、少しだけ体温が戻ってた。誰が戻した?兄ちゃんサン?シチュー?俺っち?

ゲーセンいる間に、夕日見んのはすっかり忘れてた。
太陽みたいなまんまるいパンケーキの上のラズベリーソースがきっと酸っぱいから、ちょっとどかして発のパンケーキに乗せといた。
いいっしょ、そんぐらい。かわりにホイップ貰ったかんね。

夕日よりずっと丸いパンケーキ。ホイップに残ったピンクの痕は、やっぱ酸っぱい味がした。


end.
血迷いました…!苦手な方にはごめんなさい。個人的には大好きな、百合発天。だけど桃色片想い。

2011/03/06
[ 1/1 ]
  



短編目次へ


[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -