かもしんない(*)




どこまでも空が高い天幕の下。いつも人に囲まれてるその人が呼ぶ俺っちの名前。
だばだば走る忙しない足。全然かっこついてないけど、嫌いじゃないさ。
わざと顔背けんのは、俺っちが王サマの罠にかかってるから。こっち見ろよ、逃げんな、って。
言われなくても逃げないのは、あーたが一番知ってるさ?

俺っちより俺っちを知ってるたったひとり。

沈んだ冷たい寝台も、すぐ灼熱に変わるから。
わざと睨んだ目が細くなる瞬間。俺っちの待ってる瞬間は、王サマが俺っちの罠にかかる瞬間。
余裕かました顔から、それごと剥ぎ取るゲームが一番楽しい。

眉間の皺の数も、きっと俺っちしか知らないっしょ。
白い肌も、夕焼けの橙より朝焼けの緋に近い頬も。
優しく口付けるひとなことも。
朝歌に向かって進む間に、手と手首に出来た薄い日焼けの境界線も。胸の真ん中に咲いた一昨日の夜の俺っちの痕も。

いつも人に囲まれてるその人が、考えらんないだけの人を支える手が、今はここにある。

昇る音。
王サマの声が掻き乱す。
空まで急上昇して、どんだけねだっても下降はしてくんない。変則的に散らばりながら、お天道様と逆光の高い鼻が息をする。
くすぐりながら火を灯すあっちい手。
どんなバトルより、読めなくて遠くて近くて、近すぎたら見えなくなって、
……ああ、好きなんかもしんない。こんな王サマ。

耳元で騒ぐ声はいつもより低い。ひとつの単語の最後の発音が、ちょっとずつ下がって消えて息になる。
それがたまんねぇ。
飛び上がった肩を押さえる手のひらに、……ああ、俺っちの陥落近し。

白い指。
白い胸。広い胸。
伸ばした指の先が触れて重なって波打つ心臓の音。
早鐘になった音。
重なった俺っちの焼けた指をつかむ指。
指の感覚が研ぎ澄まされて鈍くなる。焦れて熱くて鈍くなる。

今は、今だけは戦えねぇさ。負けたい。俺っちのまま王サマを負かしたい。俺っちの余裕と鎧も、さっさと取るからさ。
だからだから、負けさして。
振り回した頭に、髪に絡む指。睨む目が細くなる。顔を見たい見たくない。嫌さ、こんなの。違う、嫌じゃない。
続く理性の攻防も、見下ろして悦ぶ王サマがいい。
だからもう、負けたい。
寝台に沈む肩に上がる口角。
負けさして欲しい。

もっと乱暴にしていいさ。俺っちそんな簡単に壊れないから。
嫌だと言った王サマ。
俺っちを守るって言った。

触れる、触れない。
ギリギリの間合いで触れる肌が熱い。奪い合う熱が恋しい。
細く空いた唇の隙間の攻撃は、耐え難い至福の尻尾だった。

もっと乱暴でいいさ、そんなに優しくされたら俺っちのカラダついてけねぇから。それじゃ気持ち良くなりすぎる。コントロール出来ない。

触れる、触れない。
引き寄せた唇に笑う王サマ。
それだけでいい。
チガウ、もっと。
強く強く強く、ちがう、王サマが欲しい。俺っちを呼ぶ、優しく笑う意地悪い王サマが欲しい。
伸ばした手に絡む指と指。
熱くて熱くて、優しくて激しくて、暴れまわるカタチごと。王サマが欲しい。全部欲しい。

いつも人に囲まれてるその人が、考えらんないだけの人を支える手が、今だけは俺っちのモンだって。思っていいかい?

眉毛の脇の汗が流れて涙みたいで、かっこよくて可愛くて、日だまりみたいさ。
舌ですくったら口付けられた。
始まる追いかけっこはいつまでも続く。
伸ばした手が抱えた頭は、少し伸びた髪に髭に。腕と胸に刺さるのが可愛くて憎めないひとで、たまんねぇ。
飲み込んで飲み込まれて、王サマがいい。王サマが欲しい。負かして欲しい。

王サマ
王サマ
王サマ

浮かされた声が王サマの唇に吸い込まれてく。
俺っちの負け、さ。

ほら、……やっぱ好きなんかもしんない。口付けたら姫発さんが笑った。
俺も好きだ、って。


うん、悔しいくらい。

好きさ。



end.


要するに惚気。
2010/11/26
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