おひさまも笑うあたたかい冬の日。今日も元気な崑崙保育園。
古く大きな門扉が迎える、新しい朝。白いフェンスが幼い木枯らしに軋んだ。
「やだやだやだ!いかない!帰る!おうち帰る!!」
くすぐる風に負けない大きさで、盛大に泣きじゃくって父の肩から降りない四男。年少杏組さんの雷震子。
「ちちうえが困っているでしょう!」
たしなめる黒い帽子は三男。しっかり者、年中象組さんの旦。
「てーんーかっ!」
「"先生"っていつも言っ…」
開口一番。
「だぁあー!!発…!」
園児を抱いた天化先生のズボンを引きずり下ろした彼が、問題児。次男の発。
「てんかのパンツ黒!」
「コラ!」
電光石火で毎朝恒例イタズラタイム。
お仕置き前に走って逃げた。今日の土産はタックルにズボン下ろしに色指摘。
「しょーぶしたぎだー!!てんかのエロ!」
「なに言うさ!」
「いでっ」
捕まって必ず食らう天化先生のデコピン一発。実は結構重たい威力。
「そんなこと言ったらダメって言ったさ?」
「ソンナコトってどんなこと?」
額を押さえてもあっけらかんでめげない子供に、ベルトを締め直して肩を落としたのは、言わずもがな先生だった。
ニカニカ笑う発は強い。小さい犬歯が顔を覗かせる。
何故かこの問題児のターゲットになる彼、ピカピカの保育士1年生・21歳黄天化。
「人の嫌がることはしたらだめさ。」
「…てんかやなのかよ」
「嫌だったから、"やめて"って言ってるさ?」
しゃがんでまっすぐ目を合わす。動じない目。それが大人って物で、保育士の彼の勤め。
「…ほんっとにヤなの?」
「発がイタズラしたら嫌さ」
「…そんなにヤなのかよ」
「だから言ったさ?」
ん?首を傾げて念押しされて、
「そんなだからカノジョできねぇんだよーだっ」
走って逃げた悪ガキ代表。エプロンのはじっこを引っ張ってから逃げたから、案の定転んだ天化先生の叫び声。
バーカ!
追い付かれる前に逃げ込んだ土管の中は発の城。きっと追ってこない。大人にしては小さい、それでも発からすれば無駄に大きい天化先生。そーゆーのをデクノボウというらしい。この間の日曜日に昼ドラで学んだ発。
"迎えは6時、長男が参ります"
一度だけ髪を撫でてから、頭を下げて見えなくなった大好きな父は、有名な学校の先生だった。
「やだぁあ帰るー!!かえるぅぅぅう!!」
「のう…雷震子、桃は食べぬか?」
「…やだ!いらない!」
すっかりヘソを曲げた四男。日焼けしたわんぱくを、両手で抱き上げ体を揺すって背中を叩く。その手は優しい太公望先生。
「今雲中子先生を呼ぶからな、待っておれ」
「やだ!」
「…その否定はどっちの否定だ?」
拡大する雷震子のかんしゃく。雷鳴の響くそこへ走り込んだのは天化先生その人だった。スニーカーのブレーキに砂ぼこりが立ち込める。
「雷震子、飛行機やるさ?」
「……やだ」
「ほら、ブーン!飛行機ブーンさ?」
ブーン!にっこり笑って水平に広げた両手。おいで。囁いた声に引っ込む涙。
「ん、やる!」
「天化、すまぬなー」
「なんでもないさー!な!」
「うん!」
天化の腕に飛び移る。
「オレさまヒーローになるんだ!」
「じゃあもっと高く飛ぶさー!」
走って消える天化先生。雷震子の笑い声。天化先生も笑い声。
「てんかのバカ!雷震子のバカ!コウモリ!タケノコ!八丁味噌!ミトコンドリア!」
発の悪口が、噛み締めた唇にかくれんぼした。
「馬鹿!」
もう一回だけオマケして、振り向いてアッカンベー。
小さくてもちゃんと知っている。天化先生は人気者だから、きっともうそこにいないだろうこと。
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