発くんと天化せんせい




「あれ飛行機じゃないじゃん、肩車だろ!」
もっかいべー。

おとなしい旦は、もう教室でお絵かきの時間だろうか。
手のかからない子だと、今日も上手にお絵かきしましたと、花丸が並ぶれんらくちょうは、旦の大好きな象さんのノート。
「ド下手なくせに」
人かどうかすらわからない紫色の物体を差し出して、顔色ひとつ変えずに「ちいにいさまです」と言いはる根性は、ある意味発の根性に似ていると思う。それとも新手の天才か。楊任と繰り広げるお絵かきの時間は、まるで地獄絵図だ。
それを誉めちぎる天化先生のセンスもなかなかにおかしい。

発の足が小石を蹴った。おひさまはあたたかい。嘘つきだ、つまんない。
「発」
「…たいこうぼー」
「どうした?」
日向でしゃがむ太公望先生は、おひさまの匂いがする。発のお気に入り。
「別に…」
オレンジのエプロンに転がるボール。影が伸びる。
手招きする手に伸ばしかけた紅葉の手は、斜め向こうに気が付いて、踵を返して走って逃げた。
「うーむ…」
腕組みした影に群がる子供たち。
「ぼうちゃん、遊ぼう」
「僕の発表会の王子さま、見てください!」
「わかったわかった!順番にな」
笑顔で駆け寄る蒼い髪の二人、普賢と楊ゼンの手を引いた。

焦げたカラメルの匂いに、小さく動いた発の鼻。
「プリンだ!プリンちゃーん!」
ちょこちょこ飛び跳ねる後ろから、
「杏組さん、おやつだよー!」
太乙先生の声がした。
振り返れば、よちよち走る子供たちが教室に吸い込まれる。

「なんで杏組ばっかおやつなんだよ!ずりーじゃん!」
「しかたないさ。発も小さい頃はそうだったさ?」
滑り台の横で、天化先生の眉毛が困った。
「杏組ばっかずーるーい!」

『乳児や幼児は一度に食べて吸収出来る栄養分が少ないから、少しずつ回数を分けておやつと食事があるんだよ』

これを5歳の発にどう説明したら伝わるだろう。
「雷震子のずる!俺もプリンがいい!」
じだんだに拍車がかかる。
「発はお兄ちゃんだから我慢するさー」
「あー、ガキだもんなー、雷震子」

それは発もさ。
言いかけて止めておいた。変わりに込み上げる笑い声。大人なんだか子供かんだか。
「なんだよ!」
ぷくぷく膨らます頬に見上げる目。
「…発は大人だかんね」
マセガキと言いたいところの精一杯の譲歩。
「だろ?」
輝いて得意気に見上げる目と覗く犬歯。
「俺、もうここ大人の歯なんだぜ」
大きく開けて笑う口。片方の紅葉の手が、天化のオレンジのエプロンのすみを掴んだ。
「てんかって子供だよな」
「コラ!」
「いでっ」
しゃがんでデコピン。本日二度目。
「だから"天化先生"って」
「そーゆーのがガキなんだってば」
「発!」
本日三度目になるはずのそれは、指の構えだけで終わった。一瞬身構えた発の脇を一目散にかけてゆく大人の足。
「太乙センセー!ナタクまだ三輪車乗ってるさ!」
暴走三輪車の上の赤毛の子。
「ム」
「ほーら、杏組さんはおやつ食べいくさ!」
じたばた暴れる小さい体を三輪車から引き剥がして抱き上げた。頬にあたる拳にも笑って。
「ごめんごめん!おいでナタク」
駆けつけた太乙先生。
「……ム。」
「太乙センセが気ぃつかないから拗ねてるさ?」
「あああごめんよナタク!」

「てんかのバカ!」

叫んだら振り向いた先生。おしりぺんぺんと共に、
「くうきよめないからどーてーなんだよーだ!」
天化の絶叫が木霊した。
「どこで覚えてくるさそんな言葉!」
「てんかのしらないトコ〜」
笑って走って消えた発の姿に地面にめり込まんばかりでうなだれた。
「なかなか面白いことになってるね…」
「興味深いよね」
嬉々とした覗き魔の太乙先生と雲中子先生。
「あーたらさっさと杏組戻るさ!」
「うーん、ダレ組の担任は遠慮したいなァ」
「大変そうだねよ、面白いけど」

俺っち登園拒否したいさ…

心の中で呟いた。
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