スキャンダル・イヴ 2




「今の今まで何処に居たんですか!?電話も出ない実家にも居ない!」

――っ耳ツン裂けるー!!
「あの流れで実家帰るバカいるかよ!兄ちゃんの顔見たくねぇ!」
1週間ぶりに飛び込んだ邑姜の怒鳴り声もそりゃ酷いのなんの!
うう…結局俺の居ない1週間は"姫発ハワイバカンス中"の一言で淡々と片付けられていた。嘘だろ、ひでぇよ…会見なんてないじゃねぇか!
「言うならドバイぐらいでかく言えよ!」
「電話ひとつ出来ない人がなに贅沢を言うんです!子供ですか貴方は!」
「携帯止めたのお前だろ!」
「ファンに番号ばらまきかけたのは何処の誰ですか!」
「うっ…」
うん…ん?…ちょっと待てよ?これってこれって、
「……あ、なに?もしかして妬いてる?」
「身の危険を案じたまでで」
「心配してくれんの?」
「何を今更そんな当たり前の…」
「邑姜?」
「貴方に何かあったら…それからでは遅いんです!貴方は…」
あ、あれ、これってあれか?敏腕マネージャーとついにゴールインってゆーパターンのっ…!
「邑姜…」
「貴方の代わりは何処にも居ないんです!どうしてわかって下さらな…ッ」
捲し立てる声ってこんなに健気で可愛いんだっけ愛しいんだっけ。
「…ごめん。もう心配かけないから」
…思わず抱き潰したマネージャーは、ラブシーンOKの女優よりずっとずっと柔らかくて、
「…離して下さい」
「嫌だ、離さねぇ」
「……離して」
「嫌だ」
「……伝わったんでしょうか、私の気持ちは」
「だから…」
柔らかくて、こんな幸せな会見なら開いたっていいぜ?なぁ、俺…
「そうですか。では"帝は辛いよ"受けますね?」
「当たり前だろ!…って、え?あ?え?」
「安心しました」
え?え?
「離して頂けますか?プロデューサーに連絡入れますので」
――それはそれは極上の笑みだった。
「急いで下さい。明日は製作発表記者会見に終日宣材写真撮影です」

うっそだろ酷い酷過ぎる!!ラブは!?俺のラブ!ってかどの道記者会見かよ!

あーあ。あーあーあー。
なんでこんななってんだろ…。煙の立ち込める焼肉屋の片隅で、暑苦しい煙草と汗臭さが相まって息苦しいったらない。
「あり?姫発サン痩せた?」
あの日うっかり膝借りちまったあのADアシちゃんと、埋め合わせに食いに来た。
「仕方ねぇだろ、10秒チャージしかないんだぜ選択肢」
「青汁があるさ」
「いや、問題違うだろ」
っつーか、正直んな暇あったら寝たい訳だ、俺は。
「ほんっとしょうがない人さ、姫発サン。好き嫌いばっか」
「なんだよそれ」
しかもこの上から目線。ちっくしょー、早まった。いいヤツな訳ないこの新人!
「この前倒れても懲りずに野菜食ってないっしょ?」
「サンチュ食えばいーの」
人の顔覗き込んでないでさっさと腹膨らせて帰ってくれ。いくら恩があってもさぁ、
「そんなんじゃCM落とされるの時間の問題さ」
ここにきて説教くらいたくはない訳で。……今思えばよ、なんでコイツの膝なんかで寝ちまったんだろう、俺。今だってひたすら煙草臭い。
「あいあい、わかってます。ほら、食えよ肉」
「俺っちはいいさ。肉だめだから」
「はぁ?なんで?」
「んー、胃が無理ちゅーか合わないんさ焼肉」
「……んじゃあ先に言えよ、俺無理やり連れてきたみたいじゃん」
「だって姫発サン好きっしょ、焼肉。」
「好きだけどさぁ!」
鉄板挟んだ向かい合わせ、そこそこいい店でそこそこお高いカルビがあってだな。なんだってこのちびっこADオカズに食わなきゃなんないんだって話…
「俺だけ食べる訳いかないだろ」
「姫発サンが元気になってくれたらそれでいいさ」
食わなきゃなんないんだって話……え?
「え?」
「そのまんま」
「いや…いやいやいや、違うだろ」
違うだろ。流石に騙されないぞ俺。伊達にデビュー10周年じゃないぞ俺!
「あのなぁ、んな若いうちからヘンな媚び方覚えるなよ。苦労するぜー」
精一杯の譲歩だ童顔AD。頼む、懲りて帰ってくれ!
「姫発サンの笑顔見れなきゃ、俺っち仕事の甲斐ないさ」
「…そりゃ」
「姫発サンの笑顔撮んなきゃ業界入った意味ないし」
「そ、そう?あー」
あー…っと、あーとなんだこの空気。なんか違うだろ、間違ってる!
「ワイプ映った肌がザラザラだと撮り甲斐あって腕がなるさ。まぁ最初っから野菜食べてくれたらもっと嬉しいけど、面倒ないし」
ほら間違ってたチクショー!
「いやほら今日はお前にお礼なんだからよ、お前が食いたいモン食わなきゃ意味ないだろ?」
「姫発サンピーマンと玉ねぎ残すじゃん」
「あ、」
ああ、確かにそんな食べないけど…
「…お前それでいい訳?」
「うん」
――……そう言った顔が、目がまんまるだ。ああ、笑ってるのか、コイツ。笑ってる?マジで楽しいって?ひょっとしてマジに馬鹿なのか。
「んっ…めぇー!やっぱ俺っち塩だれ派!」
「おお、気に入った?」
「んー、んまいさ」
「口詰め込み過ぎだろ」

なんでだ?ああ、"美味しそうに食べる姿を見ると嬉しくなるの"ってヤツか。CM向いてんじゃねぇの?
…すぐに俺の箸も進んだ。

煙りに巻かれた鉄板の右で俺が肉焼いて、向かって左で野菜を焼いてる。こんな顔して笑うのか。……なんか、まだ子供みたいなんだけどなぁ。
あのカンペのド下手な字といい、業界人独特のラフな服といい、判断材料が特殊過ぎて実年齢が見当つかなくなってきた。

「姫発サンもうまいさ?」
「おう」
「そっか」

……っなんだこれなんだこれ!イヒヒって!!にひって!!
笑った顔が、とことんプリンちゃんなんだ。おかしいおかしい!男だぜ?ヤローだぞ?そこらの擦れた子役上がりの女優より純粋で、必死で次の自分の立ち位置探してるグラドル上がりのプリンちゃんたちみたいに努力家で、とか、思ってみたりとか…

「お前さ…なんでADアシやってんの?」
つい言っちまった。
「え?」
だってよ、服と髪とメイクによっちゃひょっとすればひょっとするんじゃねぇの?
まぶたをしぱしぱ動かしてる顔もほら、可愛い系のそれじゃん。
「俺っち元々、殺陣役者になりたくてさー」
「殺陣役者?」
「そう。んでオーディションも毎週あるだけ全部受けてたし」
「殺陣役者ってンな需要多いか?」
「少ないさそりゃ。……途中で別に目標出来てから学園ドラマとかそっち流れて」
「へぇー…」
少し俯いて続く過去話は、ソイツが頼んだジョッキと焼酎で区切られた。

そうなのか…役者志望ね。
俺だって。俺だってモデルの後半は何度だって往復したんだ、一般人と芸能人の選択肢。
このまま続けるか、楽しい気楽な日々に戻るか――

「俺っち、5年前の3年ダレ組のオーディションで初めてラストまで残ってて」
「へぇ…えっ…ああ!それ俺も」
「うん、姫発サンの親友役で一緒に不良やってたかも知んない。……途中でケガしなきゃ」

イヒヒーって笑いながら憂う白い歯に気が付いた。そうか、なんかずっとあった違和感って鼻の…

「…そっか」
「別にもう気にしちゃねぇさ。今になっちまえば傷込みで俺っちだし」
「……だな。俺も今まで気付かなかったし」
「そりゃ流石に視力まずいべ」
「なンだとーっ!」
「レフで焼かれてるんじゃん」
「お前が言うかよ!」

ピーマンとキャベツポリポリ言わせて焼酎に埋もれてやんの。うさぎかオヤジかガキか、なんなんだコイツ。
ぐるっぐるぐるぐる酔いは回る。やっべぇ、飲まないとどんどん弱くなるってこれか!気持ちわり…
「……お前さぁあ」
「天化さ」
「ああーてんか?てんかさぁ、あっれー忘れた」
なんか言うことあったはずなんだけど、いかんせん頭がまわんねぇ。いや回ってる違う意味。

「ケガしたとき、姫発サンに背中押して貰ったから。だから此処まで来たさ」
「……なにがぁ、俺ぇ?」
「"発ちゃんのラジオ相談"。」
「あー?俺…」
俺?おれ、なんか言ったっけ?つーかコイツのハガキ読んだ?の?
「"この夢が叶ったら好きなひとに告白しようと思ってたのに、ケガしてダメんなっちまった"って」
「ああ?ああー悪い、その手のハガキ…」
そりゃその手の悩みは結構な量寄せられてて、ほら。シュート決まったら俺と付き合って!とか、とか、……正直、
「わり…あんまり記憶ねぇんだ、ごめん」
「全然。…俺っち、夢叶ったし」
「あ?」
「だってほら、役者じゃなくても姫発サンと"共演"してるっしょ」
「ああ…あー」

そう…そうなのか?ぐるぐるぐるぐる…うわ煙草くせぇーっ!

「姫発サンがさ、"んな賭けしなくても、十分頑張ったんだから遠回りしてみたらどうよ?"って」

うん?

「"寄り道してたら逆に新しい夢見つかったりして、そしたらオトコ磨かれて逆告白されちゃうかもしんねぇじゃーん?"って」

うんー…

「"楽しくやってりゃ想いも届くし"、」

……んー、と

「"めぐりめぐってハッピーエンドとかな!まぁ俺は応援してるぜ、ああ、上手くいったらまたハガキちょーだい!約束だぜー!"って」

「んー…あー、そう」
そうだっけ、あれ?なんだろう、デジャビュだ急に眠気来たっぽい顔熱い。
「だから、ちゃんと夢叶ったさ。ありがと」
「いやいや…よかったじゃー…」
「告白はされてねぇけど」
「ん…そかー」
「肩貸すから帰って寝た方がいいさ。ほら馬鹿」
「いーよ、お前といると楽しー、し…」
「そうかい?」
「…ってだって!んあー邑姜のバカヤロー!俺マジだったのにいぃっ…」
「……ああ、あのマネさんは照れ隠ししてるだけさ」
「うそだぁ…」
「前から裏で話すけどそんな感じ。かなり」
「俺には冷てぇもんひでぇもん!」
「…あんた人の恋愛相談してる場合じゃねぇ!」
「だってー!事務所飼い殺しっ……」

――こっからほぼ記憶なし。

ああ、膝の次は肩借りちまったー、やっぱ野郎の肩って固いのか。いやいや背中じゃねぇの?とか、汗臭いなぁーとか、邑姜の呆れ声とお礼と、コイツの声…

姫発サン、姫発サンって。

確かちょっと、不整脈は出たんだ。姫発サン、姫発サン、とくん、とくん、って。
ああー人間ドック行くかなぁ…プリンちゃんたち不安にさせたくねぇ。
いやでも注射やだなぁぁ、呼んだら天化ついてきてくれないかなー。



「っとに、やってらんねぇ!どんだけ鈍いんさこのバカ!」

2011/05/11
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