紙ヒコーキ(1/1)
後ろの名前は黄天化。
前の名前は姫発。
面白い程に良く出来た偶然は、まるで残酷な灰色の退屈しのぎ。
「８番、姫発」
自分たち生徒と比べても童顔な教師。年齢もなにもわかったもんじゃない不思議なその声も、入学三日目で飽きが来る。
「いるなら返事せいっ」
振り回して頭をつつく指し棒も、時代錯誤甚だしい。
「ふぁ〜い」
「９番、黄天化」
「はい」
「…へーぇ、なんだ、まだやる気あんだな」
振り返って呟く軽口に、天化の奥歯がギリギリ音を立てた。
「163.7…」
「お、やっぱ煙草やっちゃうと伸びないモンなんだ？」
覗き込んで取り上げられた身体測定の子供じみた二つ折りの水色の画用紙。表紙に印刷された"健やか"の文字は、一体何歳向けだろう。
ひったくって口を塞ぐ。
「…黙るさ！」
「俺165だもんねー」
ま、別に俺は伸びなくていーけどなー。
そう付け足して身を翻すこの男は、何処を取ってもなにも出ない。なにをしたいかわからない。煙草の弱みを握られているのは自分なのだろうか。否、それならこっちだって学校内での不純異性交遊の弱みを握っている筈で…
しかしそもそもの問題は、それがこの男にとって"弱み"であるか否か、だ。
「サイアクさ…」
そして一体なんの拷問か。
最初の体育の授業で作った"背の順"と言う名の高校生の序列に、天化が拳を握る。
前の名前は黄天化。
後ろの名前は姫発。
当然のように組まされた準備体操のバディは、この先一年の間の体育を支配するもので、さっさと身長が伸びてくれることを祈る他ない。欠伸の合間に突き刺さる、ニヤリと笑う視線の罠。残っているプライドを総動員させて、支えたくもないナンパ野郎の足を抑える。
「…にじゅっぅ、さん…！あﾞー！無理無理無理」
たかが腹筋50回で音を上げるソイツの細い躯。
「さっさとしないと置いてくさー！」
「昨日運動しすぎて疲れてんのー！」
その口が言う運動がなにに当たるのか、考えずともわかる自分が恨めしい。もっと言えば赤面する自分が恨めしい。
「なに赤くなってんの、チェリーちゃん」
言い返せない事実が恨めしい。
「……あーた、なにがしたいさ？」
「はぁ？」
入学式から一週間。咲き誇った筈の桜は、張り切って輝いた太陽の前に散ってしまった。それなのに足元のコンクリートは湿ったまま――、屋上独特の感触は、居心地が良いのか悪いのか。
「だから！あーたなにが目的さ？」
「意味わかんねぇ。なんで？なんか勝負事？俺、そーゆーの好きじゃねぇんだけど…」
発の口先は軽いまま、天化の口には煙草。百円ライターを右手が滑る。…オイル切れ。
「だっははははは！似合わねぇのに吸ってっからだよ！」
腹を抱えて笑い転げる姿は、細く狭い階段を降りて消えた。結局なにがしたい？言い付けたいなら言えばいい。パシリにでもしたいなら、絶対なってやるもんか。それでもしたいなら言えばいい。なにがしたいかわからない。なにが悔しいかわからない。
結局、けっきょく、それが一番腹立たしい。
「言っとくけど、アレだって俺がしたんじゃねぇから。あっちが先に脱いだの」
その主体性のなさに腹が立つ。そんなヤツに振り回される高校生活に腹が立つ。元々薔薇色になる予定もなかった毎日が、とんでもなく腹立たしい。
「あ？なんか言った？」
もう変えようのない出席番号と机の位置。ホームルーム後に配られたプリントも、発の手にかかれば一瞬で紙ヒコーキへと変形合体。
「なんも言ってねぇさ」
「すげぇ唸ってたじゃん」
「知らねぇさ」
明後日の方向に向く天化の目。自分でそう思いつつ、――明後日の方向ってどっちさ？
何処かしまらない、ぼやける思考が面倒くさい。
「部活なんか入んの？」
紙ヒコーキを追いかけた発の声に、机上のプリントに意識が戻った。
「―…帰ってから走るからいいさ」
「え、やっぱ族なの？」
「違うさ！」
「嘘だってーの…」
そうやってすぐ熱くなるのが腹立たしい。発に言わせればそう言うこと。
「あーた入るさ？」
「俺？あー、クラブ行けなくなるから入らねぇ」
「は？部活入るさ？」
「だぁ！ほんっと話通じないなお前…」
その世間知らず。裏世間知らず。なのに吸ってる似合わない煙草。それが腹立たしい。発に言わせればそう言うこと。
「ソレ要らねぇなら貰っていい？」
紙ヒコーキを作りたいだけの指と好奇心。睨んだらぶすくれた。
…その人を見下ろした子供みたいな目が、主体性のないフラフラした態度が腹立たしい。天化に言わせればそう言うこと。
「勝手にするさ！」
音を立てて席を立てば、さっそく頭に刺さる紙ヒコーキ。
ちくしょう！さっさとどっか飛んでくさ！
end.
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語呂合わせ出席番号で、ほんとは８、10が良かったんですが…隣なので９は黄の９！
2010/11/07
前の名前は姫発。
面白い程に良く出来た偶然は、まるで残酷な灰色の退屈しのぎ。
「８番、姫発」
自分たち生徒と比べても童顔な教師。年齢もなにもわかったもんじゃない不思議なその声も、入学三日目で飽きが来る。
「いるなら返事せいっ」
振り回して頭をつつく指し棒も、時代錯誤甚だしい。
「ふぁ〜い」
「９番、黄天化」
「はい」
「…へーぇ、なんだ、まだやる気あんだな」
振り返って呟く軽口に、天化の奥歯がギリギリ音を立てた。
「163.7…」
「お、やっぱ煙草やっちゃうと伸びないモンなんだ？」
覗き込んで取り上げられた身体測定の子供じみた二つ折りの水色の画用紙。表紙に印刷された"健やか"の文字は、一体何歳向けだろう。
ひったくって口を塞ぐ。
「…黙るさ！」
「俺165だもんねー」
ま、別に俺は伸びなくていーけどなー。
そう付け足して身を翻すこの男は、何処を取ってもなにも出ない。なにをしたいかわからない。煙草の弱みを握られているのは自分なのだろうか。否、それならこっちだって学校内での不純異性交遊の弱みを握っている筈で…
しかしそもそもの問題は、それがこの男にとって"弱み"であるか否か、だ。
「サイアクさ…」
そして一体なんの拷問か。
最初の体育の授業で作った"背の順"と言う名の高校生の序列に、天化が拳を握る。
前の名前は黄天化。
後ろの名前は姫発。
当然のように組まされた準備体操のバディは、この先一年の間の体育を支配するもので、さっさと身長が伸びてくれることを祈る他ない。欠伸の合間に突き刺さる、ニヤリと笑う視線の罠。残っているプライドを総動員させて、支えたくもないナンパ野郎の足を抑える。
「…にじゅっぅ、さん…！あﾞー！無理無理無理」
たかが腹筋50回で音を上げるソイツの細い躯。
「さっさとしないと置いてくさー！」
「昨日運動しすぎて疲れてんのー！」
その口が言う運動がなにに当たるのか、考えずともわかる自分が恨めしい。もっと言えば赤面する自分が恨めしい。
「なに赤くなってんの、チェリーちゃん」
言い返せない事実が恨めしい。
「……あーた、なにがしたいさ？」
「はぁ？」
入学式から一週間。咲き誇った筈の桜は、張り切って輝いた太陽の前に散ってしまった。それなのに足元のコンクリートは湿ったまま――、屋上独特の感触は、居心地が良いのか悪いのか。
「だから！あーたなにが目的さ？」
「意味わかんねぇ。なんで？なんか勝負事？俺、そーゆーの好きじゃねぇんだけど…」
発の口先は軽いまま、天化の口には煙草。百円ライターを右手が滑る。…オイル切れ。
「だっははははは！似合わねぇのに吸ってっからだよ！」
腹を抱えて笑い転げる姿は、細く狭い階段を降りて消えた。結局なにがしたい？言い付けたいなら言えばいい。パシリにでもしたいなら、絶対なってやるもんか。それでもしたいなら言えばいい。なにがしたいかわからない。なにが悔しいかわからない。
結局、けっきょく、それが一番腹立たしい。
「言っとくけど、アレだって俺がしたんじゃねぇから。あっちが先に脱いだの」
その主体性のなさに腹が立つ。そんなヤツに振り回される高校生活に腹が立つ。元々薔薇色になる予定もなかった毎日が、とんでもなく腹立たしい。
「あ？なんか言った？」
もう変えようのない出席番号と机の位置。ホームルーム後に配られたプリントも、発の手にかかれば一瞬で紙ヒコーキへと変形合体。
「なんも言ってねぇさ」
「すげぇ唸ってたじゃん」
「知らねぇさ」
明後日の方向に向く天化の目。自分でそう思いつつ、――明後日の方向ってどっちさ？
何処かしまらない、ぼやける思考が面倒くさい。
「部活なんか入んの？」
紙ヒコーキを追いかけた発の声に、机上のプリントに意識が戻った。
「―…帰ってから走るからいいさ」
「え、やっぱ族なの？」
「違うさ！」
「嘘だってーの…」
そうやってすぐ熱くなるのが腹立たしい。発に言わせればそう言うこと。
「あーた入るさ？」
「俺？あー、クラブ行けなくなるから入らねぇ」
「は？部活入るさ？」
「だぁ！ほんっと話通じないなお前…」
その世間知らず。裏世間知らず。なのに吸ってる似合わない煙草。それが腹立たしい。発に言わせればそう言うこと。
「ソレ要らねぇなら貰っていい？」
紙ヒコーキを作りたいだけの指と好奇心。睨んだらぶすくれた。
…その人を見下ろした子供みたいな目が、主体性のないフラフラした態度が腹立たしい。天化に言わせればそう言うこと。
「勝手にするさ！」
音を立てて席を立てば、さっそく頭に刺さる紙ヒコーキ。
ちくしょう！さっさとどっか飛んでくさ！
end.
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語呂合わせ出席番号で、ほんとは８、10が良かったんですが…隣なので９は黄の９！
2010/11/07
