わかんねぇ(1/1)




青い空。白い雲。舞う桜。

「わりぃな、天化!」
背を向けて慌しく出てったオヤジの背中。
「にいさまー」
足にくっつく弟の手。
「天祥、遊び行ったらちゃんとカギ閉めとくさ」
「わかってるよっ!」
膨らました頬と伸びてきたボサボサ髪を撫で回したら、また足にくっついた。

今日が高校の入学式だとか、こんな歳になって入学式に来ないオヤジを恨むとか寂しいとか、そんなことは何処にもない。いつもの光景、さ。
「………」
言葉にしようとしたなにかは特に出てくる感じもなくて、ポケットに突っ込んだ右手。

揺れてる電車が俺っちを運んでくれる間、ドアの隙間からチラチラ見える元気なお天道さんが笑った。あっちぃさ、まだ四月なのに。首に巻きついてる慣れない赤いネクタイ引っ張って、やっと今日最初の深呼吸。
乗り継いだスクールバスの窓越しに、またお天道さんが笑ってる。流れてく人の群れを抜けて向かった屋上は、ふぅん。
「私立っても大体変わんないさー…」
初めて昇る、埃だらけの狭い階段。面したドアの鍵はかかったまま…なんだ、開いてっさ。割れてるガラスとガムテープ。はー、ちょうどいい、これなら内鍵閉めても閉じ込めらんないで済むかんね。
錆びた音がうっさい。剥がれたコンクリの床が中途半端に湿った足元。広がる空にお天道さんに、風の音。ポケットから引きずり出した煙草と百円ライター……そろそろ買わないとオイル切れさ…。ついてない。

吐いた息が立ち上って消えてく。
苦い。
思ったとおりの丸い煙は一向に出てくんなくて、ジリジリ短くなる煙草にお天道さん。
「暑いさ…」
焦げそうな一本は裏ポケットの携帯灰皿に消えて、日陰を探して歩く間にもう一本。給水タンクの裏っかわって、だいたい相場は決まってる。

空いた手で引きずり下ろしたネクタイが、落ちそうなトコで固まった。


目の前に、俺っちよりもっと服が少ない女子がいる。

信じらんねぇさ…
なんさ、これ、なんの映画か漫画か、意味わかんねぇ…!

身包み剥がされた女子に赤いネクタイの男。

好戦的で挑戦的で、見られた目に反射的に背中を向けた。

これって助けるべきさ?そもそもなにして…学校でなにして…!
最悪さ…
駆け下りた最後の一段で、右の膝が勝手に走って体ごと転がった。割れたガラスの向こうから笑う大声。

サイアク!

忘れるさ!さっさと!
浮き足立ってる周りに混じってモミクチャで、辛うじて探した模造紙の名前。

「いちねん、A、黄…こ、9」

見っけた教室。
ざわめく声が響くのは、やっぱ内部進学の方が人数多いからさ?
これから俺っちの定位置になる机と椅子。木目も古い落書きも、ぼんやり遠くに見える。
吐き出した息と動く右手…ああ、もう煙草吸えないさ…。項垂れたら目の前の椅子が動いた。

ここまで予想してなかったさ…。
あの赤いネクタイのヤツ。

目が合った。

ついてない。信じらんない。サイアクさ…これ。
ソイツがしてる新入生代表スピーチも、
「ほい!落としモン!」
ニヤニヤ笑って差し出される右手からひったくった煙草の吸殻も、ケラケラ笑う大声も、

意味わかんねぇさ!!


end.

煙草のわりにうぶ天化。
2010/11/01

photo by NEO HIMEISM

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