先鋒戦法(*)(1/4)




なんさあれ!なにさ!

煮え繰り返るはらわたに手こずった。こんなに落ち着かない大股で歩くのも、思えば随分久しぶりのような気もする。
夜中には中途半端で朝焼けには遠い午前3時の薄明かりは、喉仏に張り付いたまま。
「……あっちぃー…」
ふと指を這わせた唇に、特記するべき法律違反の姿はない。腹が立つ。無性に。
「…なんさ!ちっくしょー!」
思い出したのは触れた唇。幼いキスにすっかりささくれだっていた。
バカ!女たらし甲斐性なし根性なし調子乗り!
思い浮かぶだけ心中の残像に浴びせた罵声に、またふと思う。
――バカ、は正解。自分が棚上げなのは、この際というより大抵いつもしばしばoften,allways.
――女たらし。正解。恐らく過去形。だと思いたい。思い出したくもないあの桜の日。当のソイツに押し倒された屈辱は、確かに今そこにある。なんせ大股で歩かざるを得ない状態になった元凶は、あの軽い調子の人差し指だ。
思い出した傷みに身震いした真夏の朝日が薄暗い。
――甲斐性なし。わからない。そもそもそれを望んでどうする?今更な設問に、思考は拒否を示す一方で、
――根性なし。過去進行形。ひょっとすれば現在も未来も…変わったのは知っている。隣で見ていたから。
――調子乗り。正解。不正解。両方、半分。


「あ゙ーなんさコレ!最低さバカ!!この王サマこのバカ!!」
浮き上がる残像に浮き彫りになる思考と胸の内、奥深く。調子乗り調子乗り調子乗り!連呼しながら歩く蒸れたアスファルトを蹴っ飛ばして、朝一番には早いほったらかしのゴミの山が滲み出す。
一人暮らしの発の部屋から、徐々に遠ざかるその道は、直線5キロのイコールで自宅に繋がった。……だからなんだ。始発を待つまでもなく走れば早い。緑のネットが教えてくれる。今日はペットボトルの日らしい。自宅の地区は紙ゴミだった。背中越しに離れていく直線はそんなに違うのか、……だからなんだ。
走らせた右足と左足が絡まった。誰と?一体なにがどうしてこうなった?

確か遠くない昔、同じ愚問を繰り返していた。
誰に?誰が?眉間にくしゃくしゃ皺を寄せてはまた走る。

知らねぇさそんなの!

走り込む住み慣れた黄の表札、古いドア。力任せに引っ張りかけて、空を見て、また考える。
いま、なんじ?
時間の読めない夏の朝日に、吐き出す予定の二酸化炭素を肺に貯めた。こだわる性分でもなし、腕時計は持っていなかった。忘れてきたが正しい。きっと道場かあの調子乗りの家の台所か。ポケットから引きずり出した携帯も、どうやらお休みの時間らしいかった。
隣でほら!なんて時計をチラつかせる世話焼きな誰かはいないから。
「あー…っとに!」
気分よりはかなり控え目な舌打ちで、ゆっくり開けたドアの向こう。
「……天化」
寝起きかこれから眠るのか。はかりかねる父の無精髭が覗いていた。一瞬の沈黙。
「……なんさ?親父には関係ないっしょ」
確かに鳴らしたいささか遅い反抗期のゴング。大きく息を吐き出した。すれ違い様に見やるその顔が歪むのは、怒りか躾かはたまたなにか。
「……男ならな、相手の人悲しませることだけはすんじゃねぇぞ」
意味を噛み砕く前に囁いて去ったその顔は、――信じられない。苦笑と苦言に微笑みすら見てとれる。余計に、
「んなことしてねぇ!関係ないって言ったばっかさバカ親父!」
腹が立つ!
言い放ったら背中が揺れた。おー、だの、そうかそうかー、だの。咎める類でもない豪快な笑い声。
「天祥起きたらどうするさ!声馬鹿デカいんさ親父!」
棚上げのまま階段を駆け登りながら矛先を変えるのは、なんとも不思議な居心地だった。

あの人は、今ひとり?

よぎった思考は暑さに溶いて、Yシャツを替えればもう朝だ。

「ちっくしょー…」

また繰り返す家を出る時間。昇る朝日。煮え返る苛立ちに、

「誰が…」

唇に触れてみた。
温かい訳がない。
ささくれだらけ。
柔らかくもない。

柔らかいと感じるのは、誰かと触れているときだけだ。熱くて乱されて温かくて安心する。
なんで?

「知らねぇさ!」

思わず蹴り飛ばしたベッドが軋んだ。

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