白紙回答(*)(1/1)




すっかり溢れたバイタリティに有り余る体力は、
「なぁ」
「……もー、」

「「一回?」」

重なる声を引き連れて、キングサイズのベッドの上で転がり続けていた。ちょっとの意地と一緒に。
すっかり覚えた優しく擦る発の手のひらの感触に、天化の瞼がゆっくり落ちる。触って触られて本日二度目。鼻の傷と平行に走る一文字に結んだ口の端から、ひとつだけ促音が零れた。頑なに結ぶ口がほどけたのも、例の左足が跳ねたのも、それから数分後。
先守交代。発が眉をひそめて肩を震わせたのもそれから数分後。


「あっついなーあっちぃー暑い!」
「黙ればいいさ」
「無理無理マジむり…暑いー眠れねぇー」
「離れりゃいいさー」
「なんだよあまのじゃく。文脈無視すんなー赤点ー」
「黙るさこンのにわか!一夜漬け!」
夏の気温は容赦ない。使われるはずのクーラーとリモコンは、家主の腕の中の押しかけ女房ごっこの男子の腕の中。飄々と生意気な声に取り上げられていた。曰く、こんなんじゃ面着けの稽古始まったらすぐバテるっしょー、王サマクーラーと仲良くし過ぎさ。……だそう。どこまでも走るそのスポ根健康優良児も、汗ばんだ耳元で囁く名前に少しだけ静かになったけど。溢れかえるバイタリティーと他意に溢れた体力回復の恐ろしさが、可愛いなんて思えるんだから笑うしかない。

補習は明日。終業式も明日。蝉の声と共に終わりを告げる一学期は、思い返せばどれもこれも。
ふたりで溢れていた。
容赦ない腕の中の声も、
「一夜じゃねぇけど?」
「あーうっさい…あちぃさバカ…」
どうにもこうにも説得力を持ってはいなかった。
「…なんで怒ってんの?」
背中から回した筋肉痛に痺れる腕は、聞きながらでも弱めない。昨日は散々素振りの稽古で痛い目にあった。それが好きだと言う自分より頭半分低い背に、一回り太い肩と腕と、広い背中に太い首。子供体温と童顔にその妙なバランスが、手離せないから不思議な味がする。
「……なにがさ」
伸びた襟足を掻き分けてそのうなじに触れるのが好きなんだと、ついこの数日で味をしめたのは甘い秘密。
「なぁ…なんでよ?なに?」
「だからなんさ?」
「……ほら。怒ってんじゃねぇかよ」
「眠いだけさ」
嘘だぁ、呟きながら首に鼻と口を埋めて。そう言えば眠い。とことん寝不足だ。熱で熱を奪う容赦ない夏の気候に、拷問の如き蒸し風呂の部活、夏休み前に貼り出されたやるつもりもない全教科の山盛りの課題に、既にうだる頭。他の理由を聞くのはご覧の通り野暮ってモンだ。
「てんかーぁ」
もう半分はうわ言で、眠いと告げたアンバランスな首に口づけながら、すっかり瞼が降りてきた。暑いのに温かい。離したくない。なんたってどんなプリンちゃんより抱き心地が良いんだ。…それが不思議でならない、筋肉質な低身長。
「……寝るんかい」
「…んー…ぁーって、眠いっつったじゃん…ネム…」
不規則にむくれた声がした。あの頃の悲観に満ちた嫌な声じゃないけれど。結局いつだって正体は掴みきれない。汗に濡れた髪が一房目にかかる。
「知らねぇさ」
「…んー…だよーソレ」
一度意識した睡魔はそう簡単に去ってはくれない。取り零さないように離さないように、必死で持ち上げる瞼に考え回る発の右脳。理解しようとすれば自ずと語彙が、把握すれば文脈が、現代文には必ず答えが、――夢か現か行き来する。腕の中で身動ぐ筋肉質なその背中は、とうとう緩やかなソクバクを振りほどく頃だった。

――あ、

抜け出した襟足をひっ掴むのと、むくれた顔が振り返るのはほぼ同時。

「……っ」

重ねた唇から、転げ落ちた催促の促音がひとつ。幼い音で啄んでふたつめ。

「ご機嫌治った?天化ちゃん」
「……だから最初っから怒ってねぇさ」
「嘘だねー!ちゅーするぞちゅー!」
「あーもうすぐそう…!」
赤くなってゆだりきった後ろ頭を追いかけた。幼い幼いアンバランスなキングサイズのマシュマロの上。
「ちゅーう!チュー!」
「もー間に合ってるさ!押し売り御免!!」
プロレスの延長。きっと弟を構うときもこうしてじゃれるんだろう。そんな無邪気な健康体が、
「なんだよあまのじゃく」
「いらないって言ってるさッ…!」
色気ない音をたててキスに染まった。絡まるような官能に満ちた大人のキスはお預けで、差し出した舌の先をくっつけてじゃれるのがプチブーム。
「ちゅーう、…いらねぇの?」
「しつこいんさ王サマ!」
このコイビトを理解しようとすれば、集まる欠片は太極の白と黒。発曰く、ツンでデレでウブでエロ。
要するに照れた姿を見られたくない可愛い盛り。なら見えないくらい、近付けばいい。答えはすぐそこに。ピントの合わないその距離が面倒臭さに変わらないのは、
「天化」
「……、…っつ」
誰にも敵わない幼いそれの絶頂期。倦怠期の太極。知らずに眠気は吹き飛んだ。

相変わらず流行りはあのキス。
もぞもぞ気まずく落ち着かない脚が、いつの間にか四本絡む二人分。毛布は数日前からとっくに足元で丸まったまま使ってすら貰えない。敢えて合わない目も二人分。離れない唇は既にひとつ。
「……眠いんじゃなかったさ?」
「しょーがねぇじゃん?誰かさんに起こされたんだぜ?」
俺ってかわいそうー!寝不足で死んだら天化の所為だー!叩く軽口はそのままに。現代文に実技なんてあるのか。ああ、これは発展と演習か。文章との相性で点が変わるだのなんだの…
「天化がわかれば楽勝だろ」
「は?なにがさ?」
「べっつにーィ」
幼いキスに戯れる右手。眠らない夜がふける。――はずだった。

「なんッ…――!!」
興味と本音。快楽に恋愛。ベッドの上へ逃げる天化の叫びに我に帰った。
寒気のする真夏。クーラーは、クーラーは?ひっくり返った天化の手から転がり落ちて、床で勝手に入ったスイッチ。

「いや、だから…悪かったって」

飲み込んだ生唾にカワイイ可愛い恋人の顔。先に進みたい一心で強引に開かせた膝に、ねじ込んだ乾いたままの人差し指。呆気に取られた天化の身体は、不本意ながらいとも簡単にひっくり返された。アンバランスの崩壊。
力で押し負けるはずがない筋肉質なその身体も、いきなり膝の裏を抱えられるとは虚をつかれすぎて――それが数時間前だかコンマ単位か理解出来ない。
優しく手のひらに包まれる期待に満ちた身体が、酷くなにかに震えていた。違う期待に満ちた発の腰から下は相変わらず――降りかかった盛大な叫びと怒りに行き場を失いながら。
「うん…いきなりじゃキツいよな…だよな」
「んな問題じゃないさ」
驚きと怒りと微かな恐怖が浮かぶ顔は、抑揚のない声と共に。いつか見たそれに似ている。小さく、違う。ハッキリ舌打ちは聞こえた。
「だからー!痛くしないって…ごめ」
「なんで決まってるんさ!」
「…え?」
「なんで俺っちって!」
「えっ…?あ、いや…なんでって……なん…」

なんでって。
抱く抱かない、抱かれる抱かれない。発の体は前者に関して長けていた。それしか知らない。疑う余地もなく幼いながらに溺れたいろいろ。

だって他に選択肢はないじゃないか。その手のことは何も知らないじゃないか。恋人を目の前に予想もしなかった問いかけに沈黙が痛い。
突き刺さる沈黙なんていつ以来だろう。ゆだりきった頭は思考を止めた。


謝れ。謝っちまえ!
声が聞こえる、遠くから。

「……ってかお前出来んの?目も見らんねぇ癖によ。」

嫌だね、譲れるか。
この声も遠くから。


「あーあ!お前の好きってやっぱその程度なんだ?」

言い訳だ。ヤりすぎた。言い過ぎた。ごめん、チクショー、乗ってこいよ負けず嫌い。


「だからチェリーだっつってんの!」

それは多分、本音じゃない、事実なのに。なにより互いに踏み込めない地雷。決壊に拮抗した睨み合いの数十秒で、あの頃の顔を見た。

軽い鞄と竹刀袋が、赤い部屋から消えていた夜明け前。揃えた食器の群れを残して。
「馬鹿かよ…知らねぇ!勝手にしろバカヤロー!」
誰が誰に。放った言葉が広い壁に跳ね返る、意地と子供の白紙回答。


end.
2011/03/24

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