うしろから(1/2)




パン!

張り裂ける音。突き抜ける竹。古い木の床が軋む声。

「面有り!……一本…?」
駆け抜けた先で振り返る赤いたすきが踊る。轟いた声は、戸惑い気味の木タクだった。
「え、えーっと…」
きょろきょろ数度周囲を見渡した顔が、楊ゼンをかすめて試合に戻る。頷く小さな上下が見えたから。
「勝者・黄天化」
赤いたすきに濃紺の袴。
「両者、礼」
深く下げた頭一個分、勝者より高い白の胴着は二年の金タク。
「いやぁ、これじゃうかうかしてられないなー!」
丁寧に抜き取られる防具の篭手と面。好戦的ではない。それながら隙のない攻防を繰り広げたその先輩は、面の中で穏やかに微笑んでいた。
「金タク兄貴!そんなこと言ってる場合じゃ…!」
たかだか1年生用の小さな稽古で、どうして3年の自分が負けたのか。程ほどに手を抜いて勝たせてやっても構わない、叩きのめしても構わない。それで納得する筈がないのは金タクも天化もだ。
「この分じゃ秋の選抜は天化が行くんじゃないか?」
「だから兄貴ィ!」
その結果がここにある。

「うっしゃぁ!やっぱ俺っちは試合が一番さぁ!」
驚愕のざわめきで波打つ道場の真ん中で、面の中の傷だらけの顔が笑う。
「おう、かっこいーじゃんかよ天化!」
竹刀ごと決まったガッツポーズの天化ごとヘッドロックで抱きつくのは未だ試合未経験の新人で、
「天化くん」
背後の長髪の咳払いに飛びのいた。
「楊ゼンさん!どうさ?次の試合俺っち…」
「思い上がりだよ」
凍る道場に、柔らかく赤く高揚した頬が下がった。
「なぁ楊ゼン!いくら師範でもそりゃ」
「君もだ」
詰まる声はその隣でぶすくれた。
「天化くんが強いのはわかるけど、まだ試合には早いと判断する。それが僕の意見だ。きっと道徳先生もそうだろうね」
「なんでさ!?」
「君一人で勝つんじゃないんだ。」
「個人戦なら問題ないさ!」
「今は練習試合だから許されたことだけど、勝ちが決まった瞬間に一瞬竹刀を離したね?」

それで木タクくんが僕の審判を煽ったのは気が付かなかったかい?
礼の後だから気を抜いたのかも知れないけど、そこでガッツポーズ?
実践の場だったらどうする?
そのままの荒さと未熟さで、本試合の高みを望むかい?

威嚇する目が木タクと楊ゼンを往復して、一瞬落ちる裸足の爪先。もう一度前を見た。
「……はい」
「天化くんは本当に良く頑張ってるよ。それは僕が一番知っているから」
「でも」
「でも、学ぶべきところは勝つことだけじゃないよ。」
「はい」

ペコリ。よりは少し思い。なんとも形容出来ないそれで、今日の稽古の幕が下りた。

「天化ー」
「ん?」
畳んだ胴着を入りの防具袋がよたよた道を歩く先。灼熱はいつもの木陰が庇ってくれる。天化の縦より長い縦。伸びた身長は、天化の縦横比よりアンバランスに揺れていた。
「あれ、酷くねぇか?」
「そりゃームカついたさ!」
振り返った顔は見たことがない程歪んだ顔。あの煙草の顔じゃない。最近知った、快楽に負けるときの顔でもない。初めての種類の顔。
「……続けんの?」
「……強くなりたいかんね」
「やっぱ俺にはわっかんねぇなー」
交流試合に興味ない訳じゃない。きっと勝ちたい。負けるのはなんとなく居心地が悪い。だからってあそこまで言われてまで剣の道とやらを走る気は更々ない。なのに。
「俺、……すげぇ嫌だったんだぜ」
「なんで王サマが」
「だってよ!」
不機嫌だった垂れ目がまんまるになる。勢い任せに掴んだ肩幅は、発のそれより一回り太くて広い。自転車の背中を追いかけた日に似ていて、またデジャビュ。
「楊ゼンにわかってたまるかよ……」
「なに…」
「俺が一番近くで見てんだからな!」
「へっ…え?」
「俺が一番知ってんだ!部活の間しか見てない楊ゼンとはちげーの!なに頑張ってんのか全部知ってんだよ!」

そんなつもりないのに。言い出したら止まらない。胸につかえたモヤモヤは、桜の頃のイライラじゃない。終わりを告げた片想いのヤキモキじゃない。なのに引っかかって。まくし立てる腕の中で、驚いた瞳がゆっくり瞼で覆われた。

ああ、これってヤキモチ?
"一番"って言われたから。

優しく触れた唇は、あまいあまい綿菓子のような産声で、太陽の下で癖になる。3秒、5秒、7秒。今更ながら、またここが外だと反射で離れてくすくす笑う。
「試合してる王サマもカッコイイと思うけどね、俺っち」
「え、…マジ?そう?似合う?」
「強くなればの話さ」
「うるせぇっ」
「俺っちももっとコーチにメニュー増やしてもらうさ!んで道場の稽古も」
「コーチコーチってなぁ!」
「なんさ?」
「このにぶちん!」
「なにさソレ!」
帰ったら、またあの魔道書の如き師範本の世話になろう。その間に、カラフルに並んだ美味しい料理が出来る筈だから。

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