三度目の正直(1/2)




照り付ける太陽が傾き始めても背中が焦げる様に熱いのは、季節の所為じゃない。

戻った道場に見つけた発の姿。
初めて逢ったあの頃、どんな気持ちを抱いていただろう。まさか会話をするようになるとすら思っていなくて。出来ることなら消えてくれと願ったその人に、かき乱される衝動。
きっともう、とっくにそのことに気付いていた筈なのに。
手拭いで髪を纏める姿を見る日が来るなんて、思ってもいなかった。

思わず見とれるなんて、思ってもいなかった。

顔を合わせないまま道場を出て、並木道を抜けて、待ち伏せた昇降口。駆け出していく生徒の群れに、暮れる空。そろそろ下校時刻も過ぎた。
夏の夜の影。7時に近い不思議な青白い独特の夜。その人の影と足音に、口が動いた。

「……王サマ」
もう目を背けられない。背けたら負けだと思うのは最後の意地っ張りな所。プライドと言うには子供じみてる。
「なんだよ」
ふて腐れたような釣り目。でも多分、見透かしているその目。その目が忘れられなくて。
「ちょっと話ししたい、さ」
「ドコなら出来るハナシ?」
ほら、その言い方はもうわかってる。見透かしてる。
「…ごめん。」
「なにがー」
「昨日の…」
「昨日のなんだよ?」
言わせる気だろうか。わかってる、逃げられない。逃げたくない。
「なにも…今まで言ってなかったさ、」
「…なにが」
「ありがとう、って」
搾り出した声に、発の右手が頬をかく。
「別にさぁ、俺はそーゆーコト言って欲しいんじゃなくて」
「俺っちの好きって、多分まだそんなデカくないさ。でも」
「…大きさ比べじゃねーだろが」
ほの暗い空になんとなく喧嘩腰なのは、もう出来上がったスタイルなんだと思う。多分。
逃げたくない。じゃない。逃がさない。
ネクタイのない襟元を、掴んだらもう離せなくて。どう言葉にしていいかわからなくて。言い訳は他にも沢山見付かるのに、結局。きっとずっと触れていたくて。

引き寄せるとか抱き締めるとか、キレイな形容が出来る訳がない色気もへったくれもない。

掴みかかって重ねた唇。
発の背が少し伸びていた。天化だって伸びたのに。

「…あのな、お前…」
呆れ声がして、今度はキレイに抱き締められた。両腕の中。
「ごめんって」
「こーゆーときに言うモンじゃねーの!」

三度目の正直とかなんとか、そう言えばファーストキスはもう食べたくない感じの味だったとか、どうでもいい所ばっかり鮮明でシャープで、それが悔しい。
三度目。
重なった唇。
いつの間にか互いに回す腕が悔しい。

でも温かい。触れる唇がそこにあって、その人がそこにいる。抱き締めている。

全身が心臓になるみたいだと、そりゃー後学の為の本やらなんやらで読んだし見たし、知っていた。いつか女の子とそーゆーことをするんだろうと、その漠然とした憧れだって妄想だって知っていたし望んでいた。

――嘘だ。そんな程度じゃない。

どの神経も麻痺したままで、唇だけだんだん真実味を帯びてきて。
「…他に好きな人、いると思ったさ」
素直に続く自分の声に自分で驚く。
「はぁ!?なんで?」
発も心底驚いた。あれだけわかりやすく想ってるのに。
「そもそも俺っちも王サマも男さ!」
「いや、そりゃそーだけど…今更ってかよ…」
発の手が伸びた前髪をかき上げた。長い指でくしゃくしゃ丸めて絡めて言葉を探す。
「あー、いいじゃん。好きなんだし。」
選んだとは思えない丸出しの言葉。説明つかないその言葉が、スキで。
「先に告ったのお前だし」
「はぁ!?」
「いや、あの電話んときから俺そーゆーつもりだったんだけど…お前ぜんっぜんそんな感じねーし。違う?」
言い返せない。
「…違わない、さ、多分…」
夢に近い場所で、きっと望んでいたから。

離れたくない。
それでも離れて今の顔を見られるのはなんだか癪で恥ずかしくて、だからやっぱり離れたくない。

「もぉさーあ!……いろいろ…なんかありすぎて頭ダメんなるかと思った。」
「…王サマ」
「どこにどう期待してんのかとかさ…いいこと言えないし…あ゙ーもう!」
強くつよく抱き締められた背が軋む。
「……ごめんっ、て」
「そーじゃねぇっつの」

また触れる唇。離れたくない。

「…好きだ」

唇の隙間で言われた声に泣きそうになった。信じられない。

「天化が好きだ」

頷こうと思ったら、そう言う声の主が泣きかけていて嬉しくて困った。いつもいつも、背中を押すのはこの人だ。
挑発的で、軽率で、だけど誰より優しい目。幼い目。ここ最近急に大人びた目。いつもいつも、いつも天化を見ていたその目が欲しくて。

「…好き、さ。発ちゃん」

負けず嫌い。言われたら言い返さなきゃ気がすまない。

「世界で一番天化が好きだ!」
「ばっ…」
「バカで結構!天化馬鹿でいーもん!」
「……やっぱ勝てねぇ」
「だからさぁ」
「…好き、…かもしんない…」
「そこは素直に言っとけよ」

それだけじゃないのはわかってる。
恥ずかしがりで軽口しか言えなくて、負けず嫌いで喧嘩越しでしか言えなくて、重なる物は唇で。
結局かなりな似た者同士で、惹かれあったら心地良くて堪らない。

困らせて振り回して、遠回りの幼い恋が咲く夏の昇降口。

しばらくそのまま抱き合って、細めた目の隙間から漏れる光に驚いて二人して走って逃げた。
見回りの懐中電灯。
今思えば全部おかしい。場所からしておかしい。そもそもの出逢いがおかしい。
見られていたらどうしよう?
でもアレが始まりなら、なんでもアリな気すらしておかしい。
この場面で笑いが止まらない辺りがおかしい。
「笑い過ぎさ!」
「おめーもな!」
夏の夜の街は鮮やかで、隣にその人がいるだけでこんなに華やいで見える。少しだけ触れる手の甲と指の先。蒸し暑さすら笑いに変わる。
コツン。
向きが変わる、かたっぽの靴。

「……なんだよ、帰んの?」
「みんな待ってっからさ。晩ごはん。」
「あ、そ」

駅の改札の少し手前で、雑踏に紛れて離れて黒い髪が離れた。背中に伸ばしかけた発の手が、溜息と宙を掴む。

しょーがないか。ムードないヤツ。だけど惚れた弱みだ。

「んじゃ、また明日な」
踵を返す天化の背中に投げた言葉。
「へ?」
その声に振り返るその頭。
「は?」
意味がわからないのはお互いさま。きょとん。そんな擬音が似合う目が二人分転がっていた。
「晩ごはん作ったらそっち行くさ!一人暮らしっしょ?」
「……もー…」
二の句が告げない。
「あのな!お前意味わかって言ってる?」
「……わかってなかったらわざわざ言わない」
トゲトゲしい早口言葉に赤くなって伏せた顔。いきなりとんでもない数に跳ね上がる心拍数は二人共同じだけ。
「つか俺の家知ってんの?」
「あ、」
「んっとにもう!」
「じゃーウチ来て飯食ってくさ?」
「お前も大概バカだよな…」
「そんじゃあーた物好きさねー」
「てーんーかーが」
「ちょッ」
「すーきーだーぁっ!!」
「……」
「…なに?惚れ直した?」
「…相手してらんねぇさ」
改札の手前。いかがわしいティッシュにコンタクトレンズの広告に、パチンコ店の仰々しいBGMに、ふたり。まともに相手したら心臓がいくつあっても足りないから。
「あーた声でかすぎさ」
「そうかぁ?お前もじゃん」
何処までも何処までもムードのへったくれもない。
「剣道始めてから余計うっさくなったさ」
「言わなきゃ誰かさん気付いてくれねぇし。愛叫ぶってよくねぇ?」
「うっさい」
離れ行く電飾の街も一緒に揺られる電車も、走る住宅街もキラキラ光って仕方ない。

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