無限に続く小さい文字の羅列。立ち方、座り方、座礼、黙想、立礼。
「次…、は…」
発の目が追いかける。
「…あー!目ぇ痛い…!!」
毎日続くスポ根筋トレも、実はもうそれ程苦痛ではない。ただそれ以上の用量アップを望まないのは、アイツと違って天性の脳筋じゃねぇからだ。
そう言ってみる一人暮らしの発の部屋。
「王サマはまず猫背っから直すさ!」
「肩に力入り過ぎ!ほら、そーなると脇が甘くなるさ?肘上がり過ぎると小手ばっか取られんのは大抵それ」
「剣道形の意味解ってないからそうなるさ!勉強不足」
「腰伸ばして膝の裏の力は抜く!」
散々扱いてくれた天化の野郎。その言ったことは全部本に書いてある。
「…扱いてくれた天化の…?」
しごいてくれた天化の?
「王サマ、握っちゃだめさ!」
……握っちゃだめ?嘘だろ、して欲しい癖に。
頭に沸いた声に左手が髪をかき上げた。前髪を止めたピンが勢いよく飛んで、
「勢いよく飛んで…あ゙ー!」
煩悩退散!煩悩退散!
「どーしてそんなに煩悩だらけさ!?」
おめーのせーだ!
白い無機質な壁。
そこに諸行無常の響きなんたらを感じない、ことには流石に安心する。そこまで悟ったら逆に不健全だ。仙人じゃあるまい、カスミ食って生きてたまっか。
それに今だってかなり不健全だ。前よりはずっと健全だけど。
「……あーあ、天化…」
触れたいのに触れられない。勝手に触れればいいのだけど。
完全に剣道のベールに包まれてすきのなくなった脳筋相手に、何処をどういじったら甘酸っぱさが戻るかだ。問題はそこだ。
「好き…って言ったじゃねぇかよー」
あの日確かにそう言った。
「キスしたいって言ったじゃんかよー」
確かにそう言った。
「いいっつったろーがよー!」
確かにそう聞いた。
何処をどういじったら甘酸っぱさが戻るか、問題はそこだ。
「ドコをどう弄ったら…」
煩悩退散!!
煩悩退散!!
今、本に目を落とす自分は果たして何処まで健全か。もう少しだけ目を瞑りたい。
ひっくり返した本の角。白いページは虫に食われて欠けていた。
「えー、初版1982…?うわ、あんちゃんより年上かよお前…」
抱える古臭い匂い。不思議と嫌ではない。
「さっさと読んで売ってやる!」
そもそも買い取りたがる古本屋があるかどうかが問題だ。
本はそのままに転がった巨大なベッド。シーツが冷たい。夏なのに。
溜め息が揺らぐ。
手に入れたらきっと、またアイツは遠くなる。そーゆーヤツだと解ってる。少なからずそう解釈する。
一回のキスの重さは一体何キロ何グラムで、天化までの距離はあと何キロ何メートルだろう。
果てしない。本当に?
わからない。触れたくて仕方ないのに、きっと失いたくない。こんなに臆病だっただろうか。じゃあそもそも臆病じゃない自分は一体どんな自分だろうか。
いない。知らない。
この気持ちがこれほど深いモノだと気付いたのが初めてだと言ったら、あの元不良少年はどんな顔をするだろう。
「ばかやろー…」
終わらない発の溜息。小さく小さく膝を抱えた。
失いたくない。それだけで。
「V字のライン!」
「ぶ…ビキニライン…?」
煩悩!退散!!