こっち回り(1/2)




天化って変わったよな。丸くなったよな。
にわかにざわめく教室で、あっという間に注目の的になった本人だけなにも知らない。

「ねぇ天化ー、ハニーにも剣道教えてあげてよ!」
「勝手に決めてんじゃねぇ!」
「やだっ!ハニー…私浮気のつもりじゃ…」
「言ってねぇ!ぐえッ」
「蝉玉!モグラ!遊んでんなら俺っち先行くさー」

立ち上がって翻る背に背負った黒い防具入れと竹刀袋。

「おもしろくねぇー…」

頬を膨らました発の声が木霊したのも、実は本日三回目だったりする。
夜中のバイトは頭を下げて辞めてきた。ファミレスのバイトはシフトを変えて日数も減らして、この生活に慣れてきた。
いろいろ相変わらずなのは、どっかに蓋をした辺り。

「楊ゼンさん!」
「遅い、天化くん」
走って向かう道場の入り口に立つ、胴着姿に長髪を束ねた若い師範代。なにかと肩書きの多いその人は、この学園の付属大学大学院生主席にして、剣道部師範代。実質の所、顧問となんら変わりない。
「剣の道は礼儀から。遅れた者を道場に上げる訳にはいかないな。」
この厳しい言葉も何処か甘い。詰めが甘いそれではない、特有の甘さ。頷いた天化が外周を走り出す迄に時間もかからなかった。
周囲に集まるギャラリーも、「また明日」。楊ゼンの微笑みと優雅に振られた掌に射抜かれて散っていく。
「…っおもしろくねぇー!」
もう四回目だったりする呟きは、既に結構な大声で響く。主に自分の頭に。なにが面白くないのかは、自分でも解っているつもりで。夏を迎えた太陽は午後4時もまだまだ高い。

笑顔で走る剣道バカ。
「おお!天化、よくやってるねっ!」
オイッチニ、オイッチニ!
繰り返す声と楊ゼンとは違う類の笑顔で走り寄るそのジャージの男こそ、男子剣道部の顧問が道徳。
「コーチ!」
オイッチニ!オイッチニ!
高等部の正門回りからぐるっと回る外周コース。声に気付いて高らかに手を振った。
並木道と住宅街も抜けるコースは、一周およそ1.5キロ。何処までもついてくる太陽。
「よし!そのペースなら後三周は追加だな。それで土日までキープしよう!」
「ハイ!」
「週明けには追加だぞっ天化!」
「ハイ!」
「走り終わったら0.5ピッチで腕立て10回7セット!スクワットはやめて足休め、あとの素振りと稽古は楊ゼンと道場で任せるから。坂道腹筋追加しようか!」
「よっしゃー!頑張るさ!!」
「頑張れよ天化!ファイトだ天化ー!」
盗んだバイクどころの話じゃない。……夕陽に向かって走るんじゃないか、コイツ。
呼び出された校内放送に笑顔のまま踵を返す"コーチ"は、陸上部顧問も兼任する体育教師。
この学園の剣道部はアレか、なにかと肩書き多いヤツが多いのか。
呟いた発の脚が目標を捕捉した。

「…お前コレ全部走ってんの?」
「なんで王サマがいるさ」
「いちゃ悪いかよ」

はっ、はっ、はっ。
規則正しく続く呼吸に背中が焦げる。太陽が高い。そーいやちょっと前も並んで走ったっけ。天化の息は相変わらずに乱れない。

「あー早く道場入りてぇさー!」
「へぇーそーいうモン?」
「そりゃそうっしょ!俺っち途中入部だし、一年だし、経験者でもまだ面付けの稽古させて貰えないから。」
「…ふーん」
「久しぶりだかんね、仕方ないけど。俺っちも早く試合したいー!」

おもしろくねぇ、言おうとして息が切れた。

「王サマ、あーた無理しない方いいさ!」
「……んだとー!」

きっとその声は届いていない。さっさと角を曲がって消えていった背中。
近付いたのに離れてく。勝手に。

くそ、おもしろくねぇ!

……よし。
ならやってやろうじゃん。

思い付いたら即実行。
入部届け片手に道場破り覚悟の発と、まさに開いた口が塞がらない天化が見舞えたのはそれから一時間後。
まだまだ元気な太陽に照らされて、「無理さ続かない」、「わかんねぇだろやってみなきゃ」、相反する押収は続く。
「その間天化くんが稽古をつけると言うことでどうかな?君自身ブランクも大きいし、一から基礎をやり直すのもプラスになると思うけど」
束ねた長髪。
甘い鶴の一声で、案外簡単に転がってしまう天化に腹を立てたのはまだ言うまい。
追い抜いてから!だ!


「王サマ、握っちゃだめさ!右手は親指と人差し指で添えるだけ!」
「こうだろ?」
「違うさ、ほら!V字のライン!」
「…だから出来てんじゃん」
「左に曲がってる」
「出来てるって!」
「……ぜんっぜんなってないさ…」
剣の道は礼儀からとは言ったもんだ。聞き覚えくらいはある。
「王サマは背中伸ばす!」
竹刀の握り方、挨拶の仕方に礼儀作法云々、天化がだんだん軍隊じみてくる気がするのは気のせいか。盛大に溜息をつくその頭。自分よりほんの少しだけ低いこの頭、パコンと一本やったらどれだけすっとするだろう。ふと思ったりする。
「上段の構え!」
「冗談の構え?」
「…王サマ」
「ほんっと冗談通じねぇな…」

言いたくて言ったんじゃない。
あの日の電話以来、すっかりこっちのスポ根道に出しっぱなしのウインカー。

俺、いつまで信号待ちしてりゃいいの?


[ 1/2 ]



屋上目次 TOP
INDEX


[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -