しりとり(1/3)




家族の寝静まった家。まだ時計は日付を変えない。
こんな時間に家にいる――桜の季節から、一度もなかったことで。
保健室で目覚めたらとっくに日が傾いていて、夕陽が不気味な程穏やかに揺らめいた。

今なら、星も見えるだろうか?

「……オヤジ、」
「おう!どうした天化?」
ポケットの煙草は捨てた。居間の大きな食卓に腰を下ろした飛虎の声に、早まる鼓動。
スーツを脱いだ姿を見るのも、久しぶりだと思う。そうだ、自分がずっと避けていたから。逃げていたから。飛虎が大きく笑って椅子を引いた。
「…ちょっと、相談さ」
乾く唇を精一杯動かした。真っ直ぐ自分を見据える父の目は、やはり憧れたその瞳で。変わることはない。

「――やっぱ俺っち、剣道部入りたいさ…!」

ダメだ。
予想した三文字は、降りかかることはなく。
「おお!そうか!試合何時だ!?」
沈黙する暇すら与えず叫ぶ父に、思わず口が言葉を探して帰らない。
「オメェならまた登り詰めるだろ!息子の晴れ舞台見ねぇ親はいないからな!」
信じられないくらい。違う、ずっとオヤジはそうだった。先に背中を向けたのは自分で、見失ったのは自分の弱さで、待っていてくれたのはオヤジで、教えてくれたのは――
「ちょ、まだ入部してないさ!気ぃ早すぎ!」
「あ、わりぃわりぃ!」
力一杯肩を叩く手は変わることなく。でもきっと、少し前より重たい。背負っているモノは同じだ。愛した家族は、同じだ。
「オヤジ」
「ん?なんだ?」
「その…センセに聞いたら防具は中学のでいいって言われたさ、けど」
「…心配すんな、天化!」
肩を叩いた手が、頭を叩く。
「仕事は俺の仕事だ!お前は目の前のこと楽しんどけ!俺だってそんな頼りないオヤジなるにはまだ早い――」
真っ直ぐ、そう言った声が温かくて。目の奥が痛い。噛んだ唇が痛い。胸が温かい。
「オヤジ、頭…」
「おう、…そうだな、もう子供じゃねぇか。でっかくなっちまったモンだな」
笑って顔を歪めた父の気持ちが、前よりほんの少しだけ解る気がする。そうなれるだろうか、いつか自分も。
「天化、…苦労かけるな」
背中越しに聞いた声。
「なんでもないさ!」
身体が軽くなる。右手を躍らせて振り返れば、拳を握った父がいた。

「…天化兄様」
「天爵」
自室に向かって登りかけた階段の先に佇む、いつの間にか自分の背を追い越した弟の影。
「兄様に心配されなくても大丈夫。学校で聞いたら防具借りるのも部費だけで大丈夫だって言ってたから。」
まだ中学に上がったばかりのその声も、少し拗ねながらも自分で道を選ぶ。
「そんなに心配かける程子供じゃないよ」
もうそんなにときが流れたこと。気付けば大切なモノはこんなに近くに有ったこと。
「わかったさー!」
笑えば笑い返す声があって、隣の部屋で天祥が枕を蹴落とす音がすること。
辿り着いた部屋にはこんなにも幸せが溢れかえっていた。目を瞑りたくない。今は水分調整が上手く出来そうにないから。

[ 1/3 ]



屋上目次 TOP
INDEX


[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -