特にキマズイことはなく、もう6月も目前の午後。
「えー、では次の段落構成の説明に移ろうかのう〜」
教師が欠伸してどうする。そう問われても笑ってかわす、午後一発の現代文。担当は担任の太公望。
相変わらず左手には時代錯誤の差し棒が光って、蛍光灯の下でうつむく生徒の頭をつつく。
「姫発ー」
また少し伸びた黒髪が、分厚い教科書の間で揺れる。教科書を持ってくるようになっただけで十分進歩したと認めて欲しい。午後の授業で延々お経のような音読と要約。それで眠らないだけ褒めて欲しい。そう思うのは発だけでなく。あっちこっちの生徒の頭が舟を漕ぐ。どう考えてもその船頭は寝ぼけ眼な教師の声だ。それでも容赦はしない。
「姫発!」
「…いでッ」
「起きておるなら返事せんか!」
「ふぁい〜」
「筆者の意図する"この計画"の根拠を提示せよ」
「……は、は?」
「根拠になる一文。読めば必ず書いてあるであろう?」
前回の授業の要約をやっとれば簡単。
そもそも現代評論は必ず答えが文章内に書かれておると、
「何度言ったらわかるのだ?」
表情を変えずに淡々と問う中学生並みの童顔教師に、一瞬発の背筋を伝う冷や汗。なんなんだ、この有無を言わせぬ威圧感。
怒らせたら一番怖い教師だと影で言っていた先輩たちの噂話は本当だった。現代文でこんな冷や汗をかくことを一体誰が予想しただろう。
「あ゙…あーっと、天化、どこ?今何処だ?」
助けを求めて振り返った9番の席。
「くぉら天化ー!」
死んだように動かない頭と安らかな寝息に望の声が舞う。
「起きぬかー!」
「…おい、天化、天化!」
流石にヤバイ寝入りっぷり。
差し棒で一発、教科書で一発。喰らってようやくもたげた寝ぼけ顔に、
「発!天化!もうよい!走って来い!」
只ならぬ怒号が飛んだ。
「ちょ、ちょっと待てよ!なんで俺まで…」
「そもそも答えられなかったのはおぬしだろうが。」
「ぐっ…」
「天化!なまる一方でどうする!」
ガタン。
無言で立ち上がった天化の姿と、戸惑いながら追い掛ける発。
「第一グラウンドは授業中…うむ、サブグラ100週!良いな!」
「ひゃくぅ!?」
跳ね上がった発の声。
「あれだけ小さければ外周10週と変わらぬよー」
相変わらずのん気で理不尽な声に送り出された。