オヤジが、店を畳んだ。
そう言えば聞こえはいい。実際は、この世知辛いご時勢に任されていた料理屋が潰れざるを得なかった。
いつか自分が継ぎたいと思った場所。中華鍋片手に汗を流すオヤジは格好良かった。忙しくて家庭を顧みない。それでも遊べる日には精一杯愛情を注いでくれた豪快な背中は、自分が継げると思った。越えると思った。
特別裕福な家庭でもなく、それでもそれなりの夢や楽しみはあって、そう生きているんだと思った矢先。
店を畳んだ。
弟がまだ小さいから。自分がタイミング悪く私立に受かったりしたから。
幸いすぐに決まったオヤジの再就職。
本当に、幸いさ――?
見たくなかったさ。
スーツに革靴で電車に揺られるオヤジなんて。
そう考えた自分に、ゾッとした。卑屈な彼の名は黄天化。
「いらっしゃいませ」
慣れない堅い制服に身を包んで、笑顔で客を迎える自分の姿が、未だに想像出来ていない。
だからしょっちゅう怒られるのだろうとはわかっているのに、それが出来ない。なら何故このファミレスをバイト先に選んだか、問題はそこだ。
時給も低い、研修は長い、慣れないお客の多さと品数の多さ。しかも希望したホールスタッフは溢れる程の人がいて、自分はさっさと接客に回された。
そもそもそこで、既になにか間違っている。見落としている。そんなことは知ってるさ!
ただ、ここで働けば腹が減っても好きなだけ食べられるマカナイがある。
それだけできっと価値はある。そう思った。思っていた。このときまでは。
「……お客様、は…何名様で?」
ここまでくると一体なんの因果か、問うこと事態無駄な気がした。
「えーと…あ?何人?」
「12じゃねぇ?」
「ばか!13!じゅうさんにん!」
大騒ぎする団体を引き連れた男の名は姫発。
「禁煙席となりますが」
「あたりめぇだろ。おめぇじゃねーし」
だから一番言いたくなかった。
「ご注文をお伺いします」
「うわ、ふつーにしゃべんのな、お前」
だから聞きたくなかった。来たくなかった。他に手の空いた者がいないのが心底恨めしい。
「ドリンクバーでイイヤツ!はいお手上げ!」
その場で全員の手が挙がるのはお決まりで、
「ご注文の方繰り返させていただきまさッ…」
サイアク、さ…
噛んだ。繰り返さなくて良かった程度の注文確認で。しかもコイツの前で。
小憎たらしい男の前で噛んだ。
いっそ笑い飛ばせばいい癖に。いつも馬鹿にする癖に。こういうときだけなにも言わない。