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「つおいんだな! すげぇ強くてびっくりしたさ!」
「……そーかな。わかんねーや、師範とあんちゃんとしか手合わせしねーもん」
不思議なものだ。あの速さと重さで木刀を振るう足取りは、大人のように力強いものだったのに。今や涙をおさめて隣に並ぶ足は、三つか四つの子供の速度なのだ。発はその全身を何度も何度も見返して、薄い空色のデニムに出来た霜柱の染みに笑った。
「ね、じゃ、おれっちと手合わせするさっ!!」
「ヤダ、めんどくせ」
「いやさーぁっ! だめさっ!」
先程までの殊勝な様子は鳴りを潜めて、繰り返しながら脚にまとわりつく声に笑えば、発の指がその指を取る。てあわせ、てあわせ、新しい歌が二人の周りに積もっていった。
「な、俺お腹すいた。食べるものないかなっ」
「てあわせしてからさ」
「あと着替え! そっからオヤツ! 月餅ねぇの?」
「てわわせー!」
「……てあわせ? ん、もっかい言ってみ」
「てわわせ? んーっ、もっかい言ってみっ」
きょときょと揺れるまんまるい瞳に気が付いたのは、このときだ。頭半分ほどの差を埋めるようにしていた背伸びをやめると、この子はこんなにも小さい。発の首に届かない丸く黒い髪を撫でて、
「て・あ・わ・せ!」
「てーわーわぁーせっ! もっかいってみ!」
発の小さな笑い袋は弾け飛んだ。空いたはずの腹を抱えて濡れた芝を転がって、むっと頬を膨らすその子を木犀の木陰に引きずり込んで転がって、
「かわいいな」
朱い唇から転がり出した言葉は賛辞のものだ。甘ったるい飴細工を前にしたときのような、そんな甘ったるい声で賛辞は続く。
「かわいい」
発自身それに目を見開いて考える。ばーか、そう言ってやるつもりだったお得意の揶揄は、すっかり胸の奥に消えてしまっていた。
「かーいい」
「えへへ」
転がった腕の中でもじもじと首を竦めて笑うその子は、見上げた天に滲むようなあかぎれの頬とひび割れた桃色の唇で、胸を張って紡ぐ。
「あんがとーさ!」

とうちゃんも、かあちゃんも、みんな俺っちがかわいいって言うさ! ――そう笑ってまた胸を張り、
「だかんね、俺っちも大好き!」
くしゃっと、屈託ない顔を潰して括った。


こんなに素直な彼女なのだ。とくんと波打つ小さな心臓。──いつか貰う大事な妃は、器量の良しより素直で愛らしい方にしなさい。きっとみんなが好きになる――そう、嫡男は教えられているらしいこと。生意気盛りの幼子は盗み聞いて知っている。そう聞いた夜より早く心臓が走り出した。遥か西からやってきたという綺麗なきれいな飴細工のような宝石が並んだ卓を前にして、“あれはなんと言うのですか”と、その名を強請った兄の気持ちが、今ならわかるだろうか。

「なまえは?」

気付けばそう唇が形作った。
「君の名前。」
「……んーっと……」
年下の、身分の下の女の子なんて存在は、城に暮らす発にとって未知でしかない。
「お名前は?」


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