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茶店にて/本書冒頭、天化独白

背中の壁一枚隔てたところで、王サマの町人服が鼻息荒く肩からずり落ちた音がした。
人に見られちゃうだとかなんとか女の甘えた声がして、──そりゃそうさ、だって、だからここは茶屋! まさか最初は連れ込み宿だったのに一瞬で茶屋に変わっちまうなんてことありっこねぇ。楊ゼンさんにだって出来っこねぇ芸当を、なんだって王サマなんかに期待してんだか。白樺と紫檀で区切られた小さい白い部屋は、貸し切りっつっても、暖簾と短い麻の戸で区切られたぐらいの、廊下に面した一番奥の角部屋で、その戸の隙間から花茶の甘い華やかな香りと香水の香りが混じって、鼻に閉じ込められて頭に響く。あの茉莉花茶も白樺の香水も、女のじゃなくて王サマのだって言うからおかしな話っしょ? 鼻の中がムズムズ痒い。

「ばーぁか、大丈夫だって、誰もこねぇよ」

馬鹿かあーた、俺っちがとっくに来てるっちゅーの!
相変わらずだらしねぇ鼻をフガフガ鳴らした王サマが、脱いでたベストを改めて椅子の下に落としたらしい。どさって音。あの服はけっこー厚手だかんなぁ……、なんて俺っちはぼんやり考えて、あーあ。こんな人を追いかけてやんなきゃならない自分の役割に、そっとため息をついてみた。

頭の芯が震える。いたい。
だからきつく目を瞑る。
あーそっか、煙草が吸えねぇさ──高く登った日が傾き始めて、俺っちの目に西日のオレンジが喧嘩売りっぱなし。   
早く終わんねぇかな。
突き刺さる女の声がだんだんデカく重なるから、腹の底の居心地が悪くって耳も塞いだ。
……あの人、何度か話したこともあるちっこくて細い人だから、王サマとこんなことするのが妙な感じでならなかった。王サマの好みってゆうのは、もっと背の高くって胸のデカい、そーゆー“イケイケ”って人だと思ってたし。少なくても、街で追っかける子はみんなそんな感じだった。俺っちにはそーゆーのどうでもいいんだけど、あの人があんな甘えた声で王サマを呼ぶのが信じらんねぇさ。女にしたらハッキリ喋る方かと思ってたのに。だから、俺っちと一緒に王サマをぶっ叩いて遊んだりもした人。

「発ちゃん、発ちゃん」
――王サマ、王サマ。
両手でこめかみと耳を覆って、女の声を身体から引き離す。離れろ! 離れるさ!
たまに王サマの声がして、……やっぱ鼻息あれーな王サマ。今度は王サマの声が耳から離れない。
「発ちゃん」
王サマ。
「発ちゃん」
王サマ。
違うさ、違う、違う! 発ちゃんじゃない!
“王サマ”さ、その人は。“発ちゃん”じゃねぇさ、あーたのじゃない!
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