サンプルpage02



「俺も天化に酔ってるってことか……」

待ちわびた唇は絡む。ちゅ、ちゅ、ちゅ、何度も場にも感情にもそぐわない可愛らしい音を伴って、寝台に寝そべった発の上で、身を捩る天化がそれを贈る。乱暴にこじ開けて舌をねだったのも天化だった。
“最初はキスをするものなのだ”と、発の遊び人らしくもない甲斐性談義を思い出したらしい。ちぐはぐなそれを信じるあたり、こいつはホントに手に負えねぇ――そう形作った発の唇が、天化に唾液を分ける。

絡み合う甘い酒の残る雫が泡立って、二人の性を彩っていた。まるで、二人で果てた直後の、互いの快感に打ち震え、引けば白い泡が溢れ出るあの性器のように。それを目の当たりにしたときのような、罪悪と幸福の相反する光景を起草した発は、ついに大きく息を吐く。快感は粟立って白く糸を引く。
目の前に散らばる無数の快感も期待も、すべてを予期させながらそれ以上を赦さない口付けに、堪らなく煽られている。それはきっと互いにだろう。じゅぶ、ぐじゃ、――口付けにも性はあるのだ。舌先を噛まれた天化は、小さく首を振っていた。理性はいよいよ喰い潰される。
「……っはぁ……ぅ」
デニムを押し上げて膨れ上がった塊を、天化がそっと発に重ねて押し付けた。無意識的なそれが、いつの間にか意志を持つように、発の拍動も強くなる。互いに何度か軽く腰を揺すりながら、首を振って髪を散らばせて、挑むように拒むように、布越しの湿度を想像しては全身の脈が跳ねる。
「王サマ…すご、もうこんなデカいさ」
「だってそりゃー今日の天化すっげエロいんだもんよ。なんで? バレンタイン効果ってそんなにあるワケ?」
「……しかたないさ、だって……」
一体何が仕方ないなのか。そんな舌戦は好きだ。発が天化の背に回した手で、尾てい骨から続く筋肉質な背骨を撫で上げると、堪らず天化の吐息が漏れる。
「まぁ、男ってそうだよな。シカタナイってやつ。早めの三月ウサギってことにしといてやるよ」
もうとっくに知ったことの筈のそれが、押し殺せない嬌声に切迫していた。天化は背中に触れると膝を折る。いつだってそうだった。
「たまには酔わせてみるもんだよな。いーんーらーん」
目を細めた発は喉元で笑いながら、震える黒髪に指を差し入れる。
「……嫌さ?」
「いや? ぜんっぜん! 大歓迎だぜ」
情事らしく汗ばむ地肌の感触は、特別好きだった。発がそう告げずとも、恐らく天化も。
「感度もよさそうだし? 酔わせてぇとは散々思ったし?」
感嘆のため息と共に潤む赤い目元に口付けて、また腰に感じる圧力は増していた。

「おうさま…、すきさ。すっごく、すきさ」

唐突な声だった。それきりまた目は伏せられて、口付けに興じる舌は、縮こまるまいと必死に縋る。腰を跳ねさせるまいとしたのだろう。気を紛らわせるように、無骨な指が発の胸の合わせを解き始めていた。豆だらけの指先に発の胸が痛んで、ゾクリと肌が匂い立つ。汗の臭い。
「すき」
言葉に合わせてぽつぽつと縮こまらせられた天化の小さな全身の毛穴は、身震いして動きを止めた。
「……っは…ぁ、王サ…マ…」
「……天化?」
快感に動くことすらできない状況は、発にもわからなくもない。ただ決定的に違うのは、快感の始点だ。外と内、男同士。発の指が、デニムの上から双丘を割った。合図のようにして発の真紅と天化の漆黒が床に落ちる。
「――……ふ、うう…」
「こっちだろ」
重たく揺らめく天化の腰を、笑う発の手のひらが柔らかく捕まえて、デニムの上の中指が力強く会陰をなぞる。その度に天化の首がゆっくり左右に揺れていた。
「……っ…」
二人の体重にうっとり涙を流す生き物が、痛々しく愛おしくて堪らないのは、二人共なのだろうか。天化の声にならない嬌声を発の唇が奪って浚う。不思議なことに、あれほどのアルコールの匂いも麻痺も意識の端から消え失せて、何度も唇を吸い合った。
「……俺も天化に酔ってるってことか」
「んンッ…!!」
そんな決め台詞も口にし慣れた筈だった。ただ、目を伏せて眉を寄せるその相手が、
「……天化、いい声してんじゃん」
硬く薄い胸でしな垂れかかる少年だとは、互いに夢にも思わなかったろう。口も腰も塞いだまま、拍車がかかる快感に、発の絹の下履きも天化の硝煙の臭いのジーンズも、重ねたまま濡れた音がした。
「…っ、ふや、あ、あッ! 王サマ……だ、め」
「ンなこと言われて止まるかよ…!」
静止を振り切った確信犯は、いつもこうして与えるのだ。
快感も予感も、否定の興奮も、とろけ出しそうなものをすべてひきつれて。肩にすがるようにしながらも、天化は快感の糸口を離さない。
「すげ……。後ろ、動いてるだろ」
「あっ、う…!! やめ、だめさ! 揺すんな王サマっ……」
感じている、声だ。疑いようなく腫れた性器と、デニム越しにも蠢く秘部。発がいて、天化がいる。いつも通りの寝室は、別世界の臭いに満ちていた。
「で、あっ、あ、あっあ……」
「んじゃ王命令。な、もっと聞かせて、天化」
布越しの近くて遠いその戯れは、何故だか泣きたくなるような痛烈なみみずばれを胸に落として、軽々しい言葉の合間に舌が絡む。
「ん、っくしょ……ッ!」
発に合わせていつになく大きく跳ねまわる声に、二人の耳がすっかり方向の感覚を手放しかけたときだった。
「やぁぁ、だっ、うぁ……――!!」
甲高い静止の途中に静寂は訪れる。
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