見えなくならないで
もう何ヶ月、彼に会っていないだろう。
ソニック。えーと…音速の。
彼がある要人の護衛を初めて一ヶ月以上は経っている。
仕事は完璧にこなす主義。だからこそ、彼が仕事をしている際、わたしは彼に全然会えないのだ。
「…ソニックは、寂しくないのかな。」
わたしは、こんなにも…。
ただ部屋を静寂にしたくないがために点けていたテレビを消した。
気休めに飲んでいたコーヒーのカップを洗い、部屋の電気を消してベッドに潜り込んだ。
月明かりが、ベランダの柵を映し出す。
ああ、今にもその戸が開けられて、ひょっこりとソニックが顔を覗かせるんじゃないか。
何度そんなことを考えただろうか。
契約は確か、三ヶ月くらいだったか。
まだ先は長い。
寝返りを打ち、壁に向かい合う形で縮こまる。
ぬいぐるみを抱きしめると、幾らか安心感を覚えた。
目を閉じて眠ろう。
明日も朝早い。
しっかり働いて、やるべきことをこなすのだ。
そうでもしないと、気が狂ってしまいそうだ。
「なんだまだ寝ていないのか。」
「!」
低く艶のある声。夜の静寂にやけに響く声。
ずっと聞きたかった声。
勢いよく起き上がり、部屋とベランダを隔てるカーテンに目を向ける。
明らかに、さっきまでなかった影。
「ど、どうして…、」
わたしはベッドから降り、カーテンに駆け寄る。
するとふわりと風が舞い込み、カーテンが大きく揺れる。
わたしが反射的に目を瞑っただけで、カーテンのスクリーンにはベランダの柵と、なんとなく置いたプランターだけが映し出されていた。
「またお前は鍵をかけ忘れて…まったく、無用心だな。」
入ってきている?
あれ?
どこにいるの?
「ソニック…?」
「変な奴が入ってきたらどうする?」
後ろから声が…。
慌てて振り返る。
「いくらマンションの上層階でも、狙えば誰でも侵入できるんだぞ。」
今度は上?
見上げる。
素早く影が動いた。
「ま、待ってよ、どこにいるの?」
「お前が大丈夫だと思っていても、いつ誰から狙われるかわからないのだぞ。」
拡散する。
何処にいるかわからない。
声は聞こえるのに、姿が見えない。
今や彼を捉えている五感は聴覚のみ。
「…ソニック…、お願い、」
「ソヨカゼ。」
鼓膜が震える。
耳元に暖かい息が吹きかかる。
「ソニック!」
振り返る、
それを阻止する代わりに、背中に暖かい感覚。
久しく感じなかった、人のぬくもり。
涙が滲む。
「…速さでからかうのはやめて。」
「ソヨカゼは反応が面白いからな。」
ソニックは喉でくつくつと笑った。
「声だけで顔が見えないなんてさ、」
ずっと、会いたくても会えなかったのに、
「そんなの、生殺しもいいとこだよ。」
声が震える。
「そんな声出すな。」
短くそう返すと、ソニックは腕の中でわたしの向きをくるりと変えた。
見上げると、目が合った。
すぐに戻して顔をソニックの胸に押し当てた。
「おい。なんで目を逸らす。」
「…別に。」
「?なんだ。突然素っ気なくなったな。」
ソニックは子どもをあやすような声をする。
「悔しくなったか?」
図星。
簡単に言い当てられてしまうなんて、そんなのズルい。
「…どうした、黙って。言いたいことがあるなら、」
「…会いたかった。」
「!」
反撃してやる。
ソニックには出来ないやり方で。
「…フン。」
ぎゅう、と力強く抱き締められる。
寂しかった分を、ここで。
全てぶつけてやる。
「…適わないな。」
見つめ合い、視線が交わる。
触れた所から広がる熱。
ああ、ちゃんとここにいる。
唇を重ねると、熱い吐息にクラクラする。
「仕事は終わりだ。しばらくは一緒にいるぞ。」
「…うん!」
貴方のいる生活に、感謝して。
fin.
公開:2017/11/02/木
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