夢2 | ナノ


▼ 1.ほととぎす

じゃりじゃりと足元で石が鳴る。
前はひたすらに白い霧が漂っていて、なんだか空気が湿っているような気がした。肌にまとわりつくそれを不快に思いつつ、ひたすら変わらない景色に溜息を吐いた。


1.ほととぎす

もう歩くのも疲れた。一度足を止め、ぶらぶらと足を振ってみる。大分歩いたな、とくるりと今まで歩いてきた道を振り返ってもひたすらに霧。砂利道。そして僅かに聞こえる水の流れる音。
きっと近くに川があるんだろう。
少し先に探索してみたが、河を見つけた。そこは綺麗な水ではなく、濁っているような気がした。試しに手を付けてみたが、どこか生温い気がする。

気がついたら私はそこにいた。なんか最近、こんな話の始まり方しかしてない気がする。気のせいと思いたい。
どう見ても屋外。そしていつもの夢の通りに、私は着た覚えもない私服の一着を着ている。もはやツッコむ気力もないさ。
いつもの、丁君と会える夢の中かと思ったのだが、どうやら舞台がいつもと違う。いつもの木々が立ち並ぶ林か森の中というわけでもないし、真っ暗闇の夜でもない。
時間帯が分からない場所だった。どんよりと曇った視界のせいだろうか。

ここで目覚める前の記憶を辿る。
たしか、鬼灯さんと白澤さんが帰っちゃって、寂しくて、どうしようもなかった気がする。そのあとは、覚えてない。

「大切なとこが曖昧すぎるよ自分…」

思わず頭を抱えたくなるが、そんなことをしても思い出さないであろうことは自分でもわかっている。もう一度大きなため息をついて、仕方ないに一歩踏み出した。その時だ。
にゃあ、とか細い声が袖口から聞えた。思わず驚いて袖を大きく振り回せば、中からぽーんと白いそれが出てきた。

「あ、猫好好ちゃん」

重さを感じさせないように落下したそれに「ごめんね」と謝りつつ、しゃがみ込んで手を出せば素直に上ってくる。
どうやってかはしらないが、ここまでついてきたのかこの子は。今まで未知の場所にいるときは大抵一人だったので、顔見知り(?)がいるだけで心強い。
まぁ、まだ顔はあんまり直視したくないんだけど。あのブラックホールのような目にはまだ慣れない、慣れてたまるか。
念のために自分のほっぺを掴んでひっぱってみるが、ちゃんと痛みはある。前に見た丁君の夢のこともあるし、いまだにここは現実なのか夢なのか。曖昧な所だ。

「ここどこだろうねー」

なんて話しかけてみれば、相変わらずにゃあ、と答えてくれる。

「誰かいるのかな」

「にゃあ」

「もしいたら、話しかけてもいいかな」

「にゃあ」

「親切な人だといいね」

「にゃあ」

「だれかいませんかー」

「にゃあ」

だめだ、どんどんむなしくなってくる。この猫好好ちゃん、答えてくれるのはいいんだが、常に一定の言葉と音声でしか返ってこないので、どこか河原に響く自分の声がむなしい。あれだ、オウムの話しかけてるみたいな感じだ。
仲間がいるっていうのはありがたいが、なんともなぁ。もっと頼れる人がほしかった。というか、人型がほしかった。丁君出てきてくれないかな。

あの冷めた目を思い出すと、自然と鬼灯さんも思い出される。もう二十歳になるというのに、目の奥が熱くなった。思いっきり泣きたい衝動にかられるが、我慢だ我慢。
ふいに立ち止った私を不審に思ったのか、猫好好ちゃんが私の肩でしきりに鳴く。
うん、ここで泣いちゃだめだよね、流石に。我慢するよ。してみせます。あやすように肩へ手をやれば、嬉しそうに身を寄せてくる。これで可愛い容姿だったらどれだけ心安らいだだろうか。

待てよ。
以前白澤さんが私に退魔の術をかけてくれた時、白澤さん側からその術が切れた瞬間だけ、私の現在位置がわかると言っていた。
ならばこの猫好好ちゃんの現在位置もわかったりしないだろうか?もっと言えば、この猫好好ちゃんを通して白澤さんになにか伝えられないだろうか。
私は何の変哲もない(と思いたい)人間だが、相手は仮にも神獣だ。この猫好好ちゃんをうまく活用して、なんとか連絡をとるくらいのことは…できないだろうか。

「ぬおおおおおお猫好好ちゃんを通して繋がれ私の想い!!!」

猫好好ちゃんを天に掲げて叫んでみるが、猫好好ちゃんが驚いた声を上げてじたばたしただけで終わった。
神獣の姿の白澤さんが空から駆けてくるわけでもなく、ただただ私の馬鹿みたいな声が響いただけ。なにこれ悲しい。とりあえず猫好好ちゃんを解放してあげれば、慌てて私の肩へと駆け戻って来た。叩かれたり落とされたりしてる割には、わりと私になついているようで。

ていうか、ほんとどうしよう。行く当てがないというか、ここがどこだかわからない以上動きようがないのだ。嫌だなぁ、と顔をしかめた時だ。

「おーい、誰かいるのか?」

と、少し年をとっているだろう男の声が聞こえた。私は咄嗟に顔を上げ、辺りを勢いよく見渡した。しかし人影は見えないので、思い切って声を上げることにする。

「あっ、あの!!ここにいます!!」

見えないだろうとは思いつつも、手を大きく振ってみる。どうやら相手にも私の声が聞こえたらしい。なにかしら答えてくれた声が聞こえ、久々に聞いた自分と猫以外の声に感動しつつ私はここにきて初めて、安堵の溜息を吐いた。今まで不安とか諦めとかそんなんばっかだったからな。
よく見ると、目の前の霧の中からゆらゆらと黒い影が見えてきた。その陰から、男の声が聞こえてきた。

「あ、オーイアンタ。どうしたんだ?」

霧の中から出てきたのは、日本人の平均的な高さの男の人だ。まず違和感を感じたのは、その男の人の服装であった。洋服ではない。おそらく、甚平という物だろう。
その甚平も気になるが、何より目を引いたのはその男の頭についているそれ。

骨のような形に見える、硬質なそれ。
見覚えがある。あれは、多分、角だ。
私が思わず二度見をしたのがわかったのか、男の人(?)は不可思議そうに私を凝視し返した。角を頭に生やしたその人…てことは、

「…鬼?」

「あ?あぁ、俺は鬼だけど」

まじか。ていうか、こんなに淡々と答えてくれるんだな。桃太郎とかに出てくる鬼のイメージとはかけ離れている。鬼灯さんといい、この世界の鬼は以外と親しみやすいのかもしれない。
鬼も鬼で、なんだかやたらと私をじろじろ見ているのが気になるが。そんなに私の顔になんかスルーできない何かがついていますか。

鬼はすこし戸惑ったように口ごもると、意を決したように私を指差して言った。

「なぁ、アンタ、どこからきたんだ?」

「え?」

「いや、アンタ白装束じゃねぇからよぉ。もしかして、亡者じゃないのかと思ったりしちまって」

まさか生きてるなんてこたぁねぇよな!ちゃんと死んでるよな!と言って無理やり笑ってみせる鬼。いや、待って。
私、この鬼さんの言ってることがわからないぞ。

「…、スイマセン。私、自分が死んだ記憶とかないんですけど」

と言えば、まるで一時停止を押したように鬼さんの笑顔が固まった。ついでに動きも。少し間の空いた後、ギギギ、と音がたつような動きで私を見つめ、

「………いま、なんて?」

と聞き返した。それはやはり、鬼さんの聞きたくなかった言葉のようで。鬼さんの額からたらりと一筋汗が垂れた。なんか話の流れが不穏になりつつある、と思いながらも私は続ける。

「いや、だから。私死んでませんよ、まだ生きて―――」

「うわぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」

言い終わる前に、お兄さんは大声をあげてその場でUターンし、走って行ってしまった。ついでに「臨死体験してやがった!!!」とも叫んでいた。もうその声も遠く、走っても追いつけないことは理解できる。
ぽつんとその場に取り残された私と猫好好ちゃん。どうしよう、これ。
あの逃げて行った鬼さんは、私が生きていると知った途端ランアウェイしてしまった。まるで幽霊でも見たかのような反応だったが…。

そして、亡者であってほしいとくみ取れる言葉。鬼。白装束。ひたすらな砂利道。河原。

流石に私でも察しはつく。ここは、私の立っているこの世界は、もしかして、

「……あの世…?」

としか考えられない。そして多分、あの生温い水が流れている川は三途の川だ。となると、ここは賽の河原か?

「……………。」

なんか、私も化け物じみてきなぁ、と他人事のように考えた。
ついにあの世に幽体離脱ってか。私もう人間名乗るの止めた方がいいんじゃないかな。いやだね!名乗り続けるね!私はれっきとした人間だ!と声高に叫びつづける!

まぁ、そんなこと言っても誰も聞いてないんですけどね。

「私、死んだ記憶なんて…ないけどな」

そりゃあ、一回くらい鬼灯さんと白澤さんとずっと一緒なら死んでもいいかなとか思ったよ。比較的今でも思ってるけど。でもそんなことしても、あの二人は多分喜んでくれないだろうし。それどころかめっちゃ怒る気がするし。
今私がいるこの場所があの世なのだとしたら、ちょっとでいいから二人の顔を見てから帰りたいな。結局マトモなお別れの言葉言わせてもらえなかったことだし。
きっと丁君の時みたいにこの世界からも時間がたてば、私はスッと消えていなくなるんだろうしなぁ。

そうと決まれば、さっきの鬼の人でも誰でもいい。とにかく鬼灯さんか白澤さんがいる場所を聞ける人物を探そう。

目標が定まれば人は動けるものだ。さっきまで重だるかった身体は力を取り戻し、私は「よしっ」と声を上げて一歩踏み出した。
その一歩踏み出した足裏で、鈍い金属音が鳴った。

「……?あれ?」

ぢゃり、というそれはどうやらいくつかあるらしい。足を退けて見てみれば、それはどうやら小銭のようだ。しゃがみ込んでつまんでみてみると、どうやら五円玉のようだった。

(五円玉…)

たしか死者とも関係があるよね、五円玉。無事に三途の川を渡れるようにとか言って持たせるんだっけ。
本格的にここはあの世な可能性が高くなってきたなぁ、と思っていた矢先だ。

「おい、アンタ」

私の足を止めたのは、しわがれた声だ。
思わずその場で立ち止まり、慌てて周りを見渡した。人影はないはずだが。
声の主の姿が見えず、暫くキョロキョロとしていた私をどこからか見ているかのように、またもどこからかしわがれた声が聞こえてきた。呆れたような声音のそれは、

「こっちだよ、こっち」

その声が聞こえた方へ、おそるおそる歩き出す。このあたりに来てから常に足元でじゃりじゃり音がするのだが、やはりそれは小銭が落ちているからのようで。時折眼鏡や腕時計も散乱している。荒川の河川敷と変わらないんじゃないかと思いつつ歩いていれば、人の高さを越す大きい影。
その大きさにビビりはしたが、近づいてもなんの反応もない。一歩一歩踏みしめて近づけば、その大きな影は枯れ木であった。
そしてその木の幹に、一人の老婆が座り込んでいた。どうやら声の主はこの人らしい。

…まともな人間の形をした生き物に会えてよかった。異常に肌蹴ていることをのぞけば、この人はマトモな人間に見える。

その老婆は煙管を吸っていて、私を見ると煙を吐き出し、じろりと視線を私の上から下までやった後、

「ふぅん、亡者じゃないんだね」

さっき逃げ出した鬼とは違い、このお婆さんは落ち着いていた。目を細め、

「アンタ、どっから来たんだい」

「え、えーと…気がついたらいたんですけど」

「自分で三途の川を渡って来た記憶は?」

「ないです」

「脱精鬼に迎えられたことは?」

「…ないんじゃないんですかね?」

まず脱精鬼てなに、という話だ。やっぱりあの川は三途の川なんだなぁ、と思いながら私は質問してきたお婆さんに逆に聞き返す。

「ここって、あの世なんですか?」

「そうさ。そんな質問するって事は、アンタやっぱ死んだ訳じゃあないみたいだね」

そう言ってまたも煙管を吸い、煙を吐き出すお婆さん。そしてまたも私を見ると、

「生憎だが、あたしはアンタを現世に返してはやれないよ。他をあたっとくれ」

「あ、はい。ありがとうございました」

淡々と返って来た言葉に思わずそう返したのだが、逆にお婆さんが僅かに驚いた顔をした。まだ何か助言をくれるのだろうかと思って、そのまま歩き出そうとしていた足を止めれば、溜息のようにお婆さんは続けた。

「…随分諦めの良い娘だね、現世に帰りたくはないのかい」

「え?あー…どっちでもいいですね」

正直に答えれば、ますます不可解そうな顔をされてしまった。まぁするわな。そして私のどんな言葉に興味を持ったのか、しっかりとこちらを向いて座り直して口火を切った。

「どっちでもいい?このままあの世で暮らすことになるよ」

「うーん、それはそれで思い残すこともありますけど。でもあの世はあの世で、ちょっと知り合いがいるので、少し顔を見ておきたくって」

「それはアンタの両親か」

「いやまだ健在ですよ二人とも。鬼灯さんと白澤さんって人なんですけど、お婆さんどこにいるかご存知ですか?」

ちょうどいい、この人に聞いてみようと切り出したのだが、二人の名前が出てきた瞬間、お婆さんの動きが止まり、瞠目したまま私を見返して聞いてきた。その驚きっぷりに逆に私が驚いてしまう。
お婆さんは暫く私を見つめたまま、煙管を下して呟いた。

「アンタ、なんであの二人を知ってんだい?」

それはたいそう不可解そうで、どこか胡散臭そうな視線もはらんでいる気がした。

「…私が現世にいた時、あの二人にお世話になりまして」

いや、お世話してたの間違いかもしれない。
そう言えばお婆さんは少し押し黙り、おろしていた煙管をもう一度吸い、煙を吐き出した。
そしてそのまま聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、「珍しい事もあったもんだ」と呟き、ゆるりとした動作で私を見上げた。その視線はどこか興味を含んでいたような気もする。

「神獣白澤は天国にいるだろうねぇ。補佐官様なら閻魔殿さね。まぁ天国に行くにも閻魔殿を通るから、とりあえずそっちから行けばいいだろうさ」

あぁちょうどいいのも来た、と付け加えたお婆さんは、顎で霧の向こうを指示した。
それに従い、霧の先を見つめていればわずかに話し声が聞こえてきた。それは幼い子供の声で、眉根を顰める私の前に、ゆらゆらと黒い人影が近づいてくる。
私より少し背は低い。二人組らしいその子供達の姿が段々とはっきり見えてきた。

「あっ、脱衣婆だ」

「またお前はそうやってすぐ話を変える…」

「ねぇ、脱衣婆の隣にも誰かいる!なぁ唐瓜!」

…小学生ぐらいだろうか。一人は白髪に三本の角、一人は黒髪に二本の角。どちらも鬼だ。おそらく。そして二人の両手には竹箒とちりとり。竹箒とか懐かしい。
先に白髪の鬼が私を指差し、それにつられて黒髪の鬼も私と目があった。少し驚いた様に目を丸くするそれは、角が無ければ普通に現世にいそうな小学生だ。
一応目があったので、咄嗟にスマイルを貼り付けてみたものの、二人は戸惑ったようにお互いに目をあわせたり私をみたりと慌てていた。
なにこれ、可愛い。基本小さい子とは関わりがないからか得意ではないものの、こういう無垢な行動には少しときめきを覚える。

お婆さんはその二人へ、

「新卒二人。三途の川の掃除はいいから、この娘を閻魔殿までつれていきな」

「えっ、掃除しなくていいの!?やった!」

「そうじゃないだろ!…えっと、この人は?」

飛び跳ねて喜んだ白髪の鬼にツッコんで、黒髪の子が私のことをちらりと見つつそういった。しっかりものとお気楽さん、というイメージが固定しつつある私を他所に、お婆さんは説明を続ける。

「珍しいことに、現世からの迷い人だとさ」

「えええええ!?」

「じゃあ亡者じゃないの!?」

「臨死体験者!?」

「本物!?」

なんかお婆さんがカミングアウトした後、急に距離を開けてお互いの肩を抱き出す二人組。さっきの人と言い、なんでこうまであの世の人たちは臨死体験者を幽霊のごとく怖がるのさ。このお婆さんは除いて。

「なんでも補佐官殿と会いたいんだとさ」

「鬼灯様と!?」

「えっ鬼灯様と知り合いなの!?現世の人なのに?!」

いきなり私に向かって質問が飛んできたので、慌てて頷いておく。

「う、うんまぁ」

「ほらいいからさっさと連れてっておやりよ。いつ消えて現世に帰っちまうかわからないんだから」

しっしっと手を払うお婆さんを見て、二人は興奮状態のまま私を連れて歩き始めた。慌てて振り返り、霧の向こうにお婆さんが消えてしまう前に声を張り上げた。

「あの!ありがとうございました!!」

あのお婆さんに会ってなければ、きっと私はこのまま三途の川をさまよい続けていただろう。返事は聞こえなかったが。また、両隣を歩く鬼の子二人が「珍しくあのばーさん優しそうだったな」とか言っているのを聞いて、どうやら今日はあのお婆さんがご機嫌な日だったらしいと判明した。

「あ、お姉さん…えっーと、」

「あ、由夜。橘由夜です」

と名乗れば、さっきおびえていた二人はどこへやら。人懐っこい笑顔を浮かべて答えてくれた。

「おれ茄子。あっちが唐瓜だよ」

名前に激しくツッコミたいけど押し黙り、よろしくねと続ける。この二人の親御さんはどんな思いを託してこんな名前を子供につけたのか…問いただしたい気持ちだ。

「それで、なんで鬼灯様に?」

しっかり者のの唐瓜君がそう言ったので、素直に今までの経緯を道中話した。二人ともやたらと興味津々で、白澤さんとも一緒だったと言えば更に驚かれた。
やっぱり相当偉い人なんだな、あの二人。鬼灯様、白澤様、と呼ばれていることに違和感を覚えるのは私ぐらいで、むしろさん付けしてた自分がどれだけ無礼者だったのかが赤裸々となったわけでして。

「あー…でも鬼灯様ここのところ寝てなかったし、元気なかったからなぁ」

そんな会話の中、困ったように呟いた茄子君の言葉が気にかかる。

「おれも昨日白澤様と作品作ったりしたけど、テンション低かったよ」

「えっ、マジで?」

「……二人とも大丈夫そうだった?」

そう聞けば、神妙な顔した二人から返事が返ってくる。

「白澤様はともかく、鬼灯様は現世に帰ってからずっと仕事してるみたいだな…まぁ仕事も溜まってたし」

「…睡眠とれてた?」

「いやほとんど不眠不休な気がするけど…」

なんでだよ休んで少しは!!とシャウトしたい気持ちを押さえつけ、私は溜息を吐いた。たしかに、帰ったらどれだけ仕事が溜まってるかと思うだけでも憂鬱とか言ってた気がする。
どうやら鬼灯さんは相当多忙らしいが、会いに行っていいのかな、これ。会った途端殴られたりしないよね、うわぁありえそう。自分でフラグたててしまったよ。

「……体調崩してたりしないよね」

「まぁ、大丈夫な気がするよな」

「まぁ、鬼灯様だしな」

弱ってる鬼灯様とか全然考えられないよなーと意気投合する私たち。確かに想像できないわな。白澤さんはともかく。
どうやら話を聞く限り、鬼灯さんは今閻魔大王の傍で亡者の裁判に立ち会っているとか。うわ、閻魔大王だよ閻魔大王。かの有名な閻魔大王と会えるのか私は。楽しみだなぁ…。

「でも、あんまり期待しない方がいいかも」

「え?なんで?」

「実際閻魔大王は…なぁ?」

「ねー…」

ちょっとなんでこんなに閻魔大王の評価が低いの。現世でも有名な閻魔大王は、どうやら優しすぎてダメだと二人から教えてもらった。え、閻魔大王が優しいだと。ほんと現代地獄は私が想像する地獄と真逆をいってくれる。
しばらく歩きながら、私は二人から地獄のお話を聞いていた。特に、鬼灯さんと白澤さんが私のいる現世で迷子状態だった時の話になったが。

「いきなり鬼灯様が現世に行ったきり音信不通になってから、地獄も大変だったんだ」

「ああ、やっぱりそうなんだ」

「閻魔大王も珍しく切羽詰ってたよな。烏天狗とか龍とか、とにかく現世に派遣して大捜索だったんだ」

そんな彼を引き止めてごめんなさい、と心の内で謝っておく。憔悴した顔で語る二人を見るに、どうやら鬼灯さんがいない間は本当に忙しかったらしい。それは二人も例にもれず。

「しょうがないから、現世とあの世を手っ取り早く行き来できる白澤様に現世に行ってもらったら、白澤さんも帰ってこないし。中国も巻き込んで大捜索だよ」

あの世で働いてる方々、本当にごめんなさい。死んでまたあの世に来た時は切腹しますんで許して下さい。

「でも帰ってきたら、二人ともほんとに元気なかったからな」

そう呟いた唐瓜君の言葉に、僅かに思考が止まる。
二人にとって私は「数千年生きているに人生の中で、たまたま出会った人間」に過ぎないんだろうな。とか思ってたのだが。
そんな話を聞いたら勘違いしちゃうじゃないか。

霧がはれ、途端に視界がきく。茄子君が「あれが閻魔殿だよ」と言って指差した建物。それはとてつもなく大きく、朱色の瓦で彩られた屋根が周りの風景に映えていた。
大きい、とにかく大きいの一言に尽きる。縦に大木のではなく、古来日本の建物のようで、高さはないものの横に広いのだ。
そこを何人もの鬼(?)と思われる人々――みんな揃って和装だ――が忙しそうに行き来している。中には何に使うのか予測のつかない武器を持っている人もいた。

「…ここに、鬼灯さんが…」

「でもあれだね、由夜ちゃん洋服だからめだっちゃうね」

茄子君の一言で我に返った。そういやさっきからじろじろ見られてるなとは思ってたんだよ!行きかう鬼の人々は、皆コンクリートジャングルに紛れ込んできた野生動物を見るような目をしている。
あぁ、なんか一回気にしちゃうといたたまれない。できるだけ身を低めつつ、二人に小声で聞いた。

「ね、地獄って洋服ないの?」

「いやまぁ、あるにはあるな」

「みんな着ないだけだよね」

「洋服ってどうも抵抗あるんだよなぁ」

あれだ、みんな制服できてる模擬試験会場の中、一人私服で来てしまってとにかく逃げたい気持ちと似ている。そんなことを思いつつ、私は二人を急かして閻魔殿の中へ案内してもらった。建物の中も和風で、所々の装飾がこじゃれている。
時折廊下ですれ違う人々も様々で、背の高い鬼が一人、白装束で泣き喚いているおじさんを引きずりながら歩いていたりした。
それは日常茶飯事のようで、廊下を歩いている人々は見向きもしていない。

「……あれ、いつものことなの?」

「あ、あいつさっき大王の裁判受けてた亡者だ…うん、日常だな」

「結局どこの地獄に行くことになったんだろうな」

転勤先みたいなノリで地獄の行先話さないで!とツッコみたくなる。ダメだよ、自分。郷に入っては郷に従え、まだ片足くらいしか突っ込んでないけど、早くここの常識に順応するんだ。頑張れ自分。我慢だ自分。
そんなことを悶々と考えていれば、茄子君に袖を引っ張られた。

「ほら、ここをずっとまっすぐ行けば、大王と鬼灯様がいる裁判所だよ!」

ハッとして顔を上げれば、確かにまっすぐな廊下の先、重たそうな扉が開かれている。その左右には見張りらしい鬼が立っていたのだが、私は意識せずに走り出してしまっていた。
茄子君と唐瓜君の焦った声が聞こえたが、止まろうとは思わなかった。いきなり走り出した私を見て、廊下を歩いていた人々がぎょっとするような視線うを送ってきたが、気にしない。

やっと会えるのだ。
日数で考えれば、数日かそこらだ。会っていないのは。
だけど、こんなにも早く会いたい。
会いたい、鬼灯さん。

見張り番の鬼が驚いたように制止の言葉を叫んだのも聞こえた。私はそれを勢い着けてかいくぐり、裁判所の中へ文字通り飛び込む。

見えたのは。まず白装束の男。床に這いつくばっていて、どうやら裁判を受けている亡者のようだ。
次に目に飛び込んできたのは、今までに見たことがないほど大きいおじいさん。軽く2mはあるかと思える。おそらく、この人が、閻魔大王か。
周りには、その裁判を見ているらしい鬼たち。
皆、一様に、いきなりの乱入者を見て瞠目している。
その中で、閻魔大王に付き従う形で巻物を手にしている男の人。いつも見ていた洋服とは違う、和服を着ている見慣れた顔。
それを視認したと同時に、私は迷わず飛び込んだ。

「…――鬼灯さん!!」

やっと会えた。私が躊躇なく飛び込めば、いつしか感じた、人肌の温もりが受け止めてくれた。
足元に、鬼灯さんの持っていた巻物が落下する。

何度も名前を繰り返し、私は目の前の黒にひたすら縋りついた。


***
アトガキ

今度はトリップ

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